【2回の裏】フォトデイと2年目のジンクス

2月23日(水)フロリダ州シャーロット。(小原由香=ダルトン)


 この街は「彼」が所属するMLB球団タンパベイ・レイザース傘下にあるシングルA球団、シャーロット・ローバークラブスの本拠地グラウンドである。


 MLBの30球団はフロリダ州とアリゾナ州の二手に分かれて「キャンプ」を張るのだ。全球団傘下のルーキーリーグもこの2州に集中していて、各球団がその本拠地を兼ねたトレーニング(キャンプ)施設を自前で持っていることが多い。もちろんこの時期でも気候が温暖で穏やかなこともあるが、近くに集中しているからこそ「オープン戦」を組みやすいという利点がある。


 ちなみにここには観客席スタンド付き球場1面、練習場球場5面、守備連携練習用の内野だけのグラウンドが1面、一度に15人が投げられるブルペン、巨大屋内練習場とそうそうたるもの。MLBでは「貧乏球団」に分類カテゴライズされるレイザースでさえこの程度には整っている。アメリカのインフラはまさにダイナミックである。


  周りを見回せばほとんど日本からの報道陣。テレビクルーも数局来ている。

私たち全員のお目当ての選手は決まっている。


 「彼」の名は沢村健さわむらけん。20歳。昨季新人最多記録の50本塁打を放ち、先発ローテーションの一角を担って11勝を挙げ、ア・リーグの新人王に輝いた、今季の日本人メジャー選手の中で国民の耳目をもっとも集めていると言っていい。


 その彼が室内練習場から姿を現す。公称の身長は195cmという日本人離れした恵まれた体躯。オフに徹底的に鍛え上げた成果か昨年より身体が一回り大きくなっている。


 そしてなによりも「イケメン」。小中学生ローティーンの女子から圧倒的な人気を得ている「男臭さ」を感じられない綺麗な顔立ち、ようは童顔なのだ。(ただそれが原因で「マッチョ」こそ正義なアメリカであまり人気が出ないのが本人の悩みの種だったりする)。


 そしてスタイルの良さから某「美少年事務所」からTV番組での「共演NG」を出されたとも言われている。同じ美形で同じ顔の大きさで身長だけ30cmも違ったらカメラの前で並んだ時点で「放送事故」が確定だ。画像処理フォトショならまだしも動画ではごまかしようもない。


  時間はまだ朝8時だというのに額にうっすらと汗をかいている。朝6時からトレーニングを開始しているという。アメリカ社会は「朝型社会」なのだ。陽の光のない夜はあまりにも治安が悪いのでどうしてもそうなってしまう。


  どうやら今は休憩時間のようなので即席の囲みの記者会見が始まる。


 彼は取材側から「健ちゃん」と呼ばれることが多い。高校時代から珍しい「両投げ投手」として知られていたし、甲子園で3回、五輪やWBCで優勝を経験するなど華々しい実績を挙げながらもその「童顔」具合が「ちゃん」付けさせる原因だろう。本人も内心はともかく嫌がる素振りを見せないので取材側にも定着してしまっている。


 「『2年目のジンクス』とか言われてますけど、今年は対戦相手から徹底的にマークされると思いますが対策とか考えてますか?」

「健くん」―私は彼をそう呼んでいる―は少し考えてから

「勝負を避けての四球は増えると思いますし、内角への攻めも相当厳しくなるとは思います。あとは打順ですかね。ドンゴリアみたいな良い打者の前に置いてもらえばそうそう勝負を避けられることもないとは思いますが。」

 すでに調子の悪化ではなく、勝負を「避けられる」方を心配しているところがなんとも。


「ただいちばんの問題は(GMの)アンディですね。なんとか僕をマイナーに置いておきたいのが見え見えなんですよ。」

 MLB選手は在籍3シーズンで年俸調停権を、6シーズンでFA権を獲得する。それまでは「最低年俸」でこき使えるわけだが、それを1シーズン伸ばすためにいろいろと小細工を弄オペレーションしているのだ。とは言え開幕ロースター入りに自信をみなぎらせているのは頼もしい限りだ。


 午後からは「フォトデイ」である。これはメジャー契約選手は全員参加が義務付けられている大事な行事でもある。MLB選手の「肖像権(ユニフォーム姿)」は球団ではなくMLB選手会が持っていて、有力な資金源となっているためだ。昨年までは開幕直前に開催する球団もあったりとまちまちだったが、今年は全球団でキャンプ初日に統一したようだ。


 「フォトデイ」はいわゆる「宣材写真」を撮影する機会である。真新しいユニフォーム姿の選手たちがバットやグローブを手にポーズをとり、「野球ベースボールカード」や「選手名鑑」などの元となる写真を撮られる。なので我々メディアは参加費用も徴収されるし、商用利用する際にも権利費用が発生するのだ。


 さらには野球の中継放送などのCM撮りなども行われる。チームでも一二の人気を誇る彼はまさに引っ張りだこなのである。MLB中継を一手に引き受ける日本公共放送のJHKの衛星放送の番宣映像にも引っ張りだされていた。女子アナがとろけ切った笑顔で健くんの腕に顔を寄せていた。さすがにそれではNGだろう。きちんと撮りなおされていたが女子アナさんたちも浮かれすぎである。

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