第29話 黒い森での神隠し
愛らしい神獣の姿にもどって、ちゃっかりミケの部屋にお邪魔している神獣。
(でも、あの美しい人なんだよね)
ころん、ころん、寝台に転がりながら、
落ちた!
かと思いきや華麗に床に着地!
「ふっ!甘い!もうかつての文机にも登れぬわしではないわ!」
と一人で自信満々でした、はい。
どうやらミケの使っていた部屋はもとはトキ様のお部屋らしいので、村に帰ると言うと。
城の現当主と戻ったクロキがそのまま使って良いと言う。
トキ様も真っ赤なになった顔をして。
「その、嫌じゃなければ使ってください。あ、でも、他のお部屋の方が戸があって安心かも。わざわざ帰ることはないわ。息子の、その、大事な人ですし」
しかし、いや。
そして。
クロキ様とトキ様は、同じ部屋へ。
「……」
運命の恋をした二人、熱い。あれが良縁。
会った瞬間から互いに意識してしまった二人。
なんだか、恥ずかしくて、愛らしくて、こそばゆくて、それでいて。
どうして世の中の夫婦は最初からああじゃないの?
「わるいなあ、それは本当にわしの怠慢じゃ。でも、酷い仕打ちを受けて亡くなる子どもや、痴情のもつれから殺し合いになる夫婦が減ったのだぞ」
心が読まれて心臓に悪い。
「心臓に、悪い。ふむ、ミケ、コクヨウに生きてもらいたいか?」
……。
誰かに生きていて欲しい、なんて思ったことがない。
生きていてくれていたら、ならある。
「愛か。恋よりもまずは、愛がその美しい器に注がれないと、誰かに注げない。ミケ。愛は何度でも沸くものだ。覚えておけ」
「コクヨウさまが、私を、欲しいと言いました。でも、それは物に対するものに近い」
「そんなことはない。友達が欲しい、というのと感覚は似ている。けして、お前と交わりたいわけではないと思うが」
「神獣様はそんな話ばかり。欲求不満なんですね」
「……ここで何もかも知った気になっている一人の乙女を鳴かせてみせようか?」
「すみません」
「よろしい、じゃなくて!ああっ、いまのはチャンスではないか」
前足でシーツを搔き掻きしながら悶えている。
「なあ、ミケ。コクヨウは魔王になる。ミケに愛されなければ」
「死ぬらしいとか、魔王とか、呪が命を削ってるとか守ってるとか、コクヨウ様にはどうも噂がつきものです」
「己を偽り、魔に近づけば、心の臓に痛みが走る。魔王となって孤独に堕ちぬよう、生命の痛みが人間に近づけているのだ」
あれの呪はそう。なぜ魔王になるかは時渡りをしてきた両親の影響だ。いろんな世界や国、時の瘴気からクロキとトキを守ってきたが、新しい命の誕生には気づくのが遅れた。魂は蝕まれていないが、妖精、妖怪、天使、悪魔、神獣、この世の神秘。それらを感じやすい魂になったのだ。
クロキとトキの元いたこの世界、もう二人が時渡りをして、ここも変化してしまった世界線かも知れない。
ここが一番、安全ないくつもの世界のたった一つ。「本来なら、ミケ、そなたには酷だがその呪ではなく違う呪を持って生まれた『ミケ』であったなら、互いの呪いは簡単に解けるほどの恋だった」
よくわかるような気もするが。
「魔王になるとどうなるんです」
「まずミケの呪は解けない。他の誰かと結ばれることはあっても心に必ずコクヨウが影を落とす。人生が縛り付けられる。二人はもう運命の恋ルートに入っているのだ」
そして、コクヨウは、人々の心を瓦解させる。侵蝕する、最悪の魔王となり、この世の愛も恋も枯れ果てる。人々は互いを愛さない。赤子にすら情を抱かず育てる。しかし、そんな世で人が生き抜けるはずがない。屍の国、死者の帝国。そんな魔が、この世界を覆う
「それが、ただ愛するだけで止まりますか?」
「ただ愛する。その言葉、軽薄なようで、父母からの愛情が希薄だったお前からだと重量があるようだ」
ふう、と一息。
「心の白さと、思いの逡巡と、心を重くしたその髪色。デュラハンの真実を知るべきかもしれん」
神獣が光に包まれ銀髪の美青年の姿を取る。やっぱり手足を伸ばすのは、気持ちいい、と。
「知りたいです」
「あれは本来、タライの中の血を人に被せる妖精だ。だが、コクヨウが五歳の頃」
「……私が六歳ですね」
「うん、あの日だな。コクヨウがデュラハンに出会ったのは。ちなみに教えてやる、ミケ。コクヨウはずっと城に籠りきりで人の髪色なんて気にしない。あの時は心臓の痛みで顔が歪み、お前を見下したようになってしまったのだ、ほら、初めて会った日」
村で馬車に轢かれかけた、あの最悪の初対面。
「馬を盗んだのは、コーラルだ」
「え……」
そんなこと。
「コーラルは村のために戦い、片腕まで失ったのですよ」
「それ以前に、西の国でコーラルは戦場でも、家庭でも、失うべきものは全て失ったと語った。唯一自分の未来を変える為の戦いでは、デュラハンに戦果を持っていかれた。コーラルには命のあとがなかった。心に一筋の希望が必要だった」
なぜか神獣から、男性の姿へと変えたモノはその美麗な肢体を寝台の上に投げ出す。男性なのに妙に艶めいて目が離せない。
しかし、世界達も、この世界に時の申し子。コクヨウが生まれることを勘付いていたんだな。
ミケを抱き寄せ、自分が下へ、ミケを軽々しく自分の体の上へと乗せる。どうしてこんな体勢に。
「魔がコーラルに囁いた。子供が欲しくないかと。そして、水辺で休んでいたデュラハンの情報を受け取り、コーラルは馬を盗んでとりあえず城の黒い森の門へ繋いだ」
ミケの髪をいたわるように撫でる美の化身。
そこへ、黒い森で時を超えてしまったあの日出会ったコクヨウが首無し馬と接触。コクヨウの不思議な気にあてられてデュラハンの騎士は自分の馬の居場所がわからなかった。
挙句、まず、馬の沢山いる村を襲撃した。かつての仇敵というほどではないがそれに魔の声に従ったコーラルが、いの一番に気づく。
妖精の妙技や膂力に敵わずに敗北。
デュラハンは、産屋へ、そして町へ。そして最後は城へ。
しかし、幼いコクヨウは、首なし馬を恐れなかった。生まれた時からその類に触れてきたので、むしろ首の無いのを可哀想な馬の幽霊と思い、森の門から、城の馬小屋へと連れて行く。そこで、あのデュラハンに雨の中遭遇する。暗くてなんだかよく分からない中、首なし騎士と首なし馬が一体の妖精へと戻り、城の塀や門まで荒々しく跳び回り、帰るまで、恐ろしい気持ちで見ていただろう。
そこで時渡りは終わる。森の神隠しだな。これもコクヨウが五歳になるまで森で時空を曲げて会っていた落ち度と言ってもいい。
「いまでも、コクヨウは聖人と仙女の子であり、違う世界で発生し、この世界で生まれた迷える子羊だ。心のバランスを崩せば、また時渡りをしてこの城の黒い森で迷子になる。あれだけの恐怖に遭っても馬が好きなのはそれだけ優しいのと、恐ろしい夢を見るのは過去のこの村の記録と、己の中の騎士の記憶がごちゃ混ぜになるから」
今度はミケを抱きしめた神獣様が寝返りを打ち、ミケ下にする。
「あの丸太小屋で、思ったはずだ。ミケ。二人は近づける。互いに意識し合うまで、葛藤があるだろうが」
額にキスをされた。
「お守りだ。コクヨウに悪さをされそうになったらわしを思え。クロキとトキの危機でない限りは飛んでいける。まあ、代わりに激強の元魔術師を派遣できないこともないが。どいつも曲者揃いだからなあ」
「なにしてる……」
繊細そうな少年の声が広い部屋に響く。
入り口で裏切られたような表情で。
「あー……、何しているように見える?」
「神獣様が、いわゆる、ミケを押し倒している状態で」
「こらからどうなると思う?」
「俺にはわかりません!」とまるで怒気を孕むかのような悲痛な叫び。
「あー、やらん、やらん。お前の女だ、手は出さん。落ち着け。それにお前の純情さはよーく、わかる」
「意味がわかりません!」
身を守るかのように体を抱くコクヨウは何を見透かされいるのか、わからなくてとにかく身を庇うような姿勢をとるしかないのだ。
(ちょっとかわいい)
「お、いいぞ、ミケ。存分に可愛がってやれ。クロキとトキも最初はクロキが優勢だったが、トキも愛られるだけではなく、攻めに転じたことがあった!」
と言い出すと、大人の姿のまま、ミケの上からころん、転がり、片腕を目の辺りに乗せ、綺麗なラインの鼻筋と、形の良い唇だけさらし、
「なぜ、愛しいものはいつも手に入らない。どうしていつも先に誰かに愛されている、取られている、この腕に抱けない……」
片足を折り曲げて、よりスタイルの良さが際立つ魅惑のエルフ様。
「エルフ様。わたし、エルフ様になら……」
「火遊びか、ミケ。お前も女だな。だが、先に刻まれている者をわしは、わたしは知っている。コクヨウ、ミケになんの用だ」
「……夜這いですよ」
「やりかたもわからないのにか」
目元を腕で隠したまま神獣がいじめる。
ミケは呆気に取られて声が出ない。
「どちらかというと、抱かれるのはお前のほうかもな、コクヨウ」
「?!、神獣様、ミケは女です!」
「女でも、お前よりおとなだぞ、ミケは」
「なっ、それは……!」
「いや、ミケ自体は、まあ、いい、手は出しとらん。はあ、そういえばメアリーとかいう勝気な可愛い嫉妬をするメイドもいたな。そっちに行くか。ミケよ、じゃあな」
軽く起き上がって、唇にいたずらにキスをして、神獣はケモノの姿になり、とことこ歩いて行く。
コクヨウは、そんな、神獣様を、眺めて。
「今のはなんだ?!」
「ファーストキスだったのに……」
すべてがみえている神獣様には敵わない。
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