第21話 あの日の事と夢
先に起きたのは、コクヨウだった。
熱っぽい。それ以外に大変なことだ。
三毛猫模様の髪をした少女をこの腕に抱いて眠っていた。ご丁寧に自分は、ミケに腕枕さえしている。
「どうしてこうなった?」
どうしてこうなっている?教えてください、父上、母上。自分は、ミケを抱いてしまったのか?
……抱くって、たしか、まぐわう、というやつでは。
熱を出している上に更に、顔が熱くなる。
女の抱き方なんて知らない。そもそも抱きたい、という気持ちがわからない。
「化粧も落とせずにさいあくだわ」
腕の中で目を閉じたままミケが呟く。
どうしよう、寝ているふりをしようか。ミケが、朝日の中、まぶたを、開く。
胸が熱くなった。
「あ……」
自分の腕の中で女の子とやらが目覚めるのはこんな、こんな。
気持ちの悪いことではなかったし、むしろ、最高の瞬間だった。なにを考えているんだろう。自分は。
それにしても、ミケは、小さく見える。が、身長は変わらない。か細い、か弱い。少女という生き物は、こんなにもあらゆる気持ちを与えてくれるものなのか。今なら十六歳で自分をこさえた父上と少し語り合えそうな気がする。まあ、世界と時を渡っている両親はすでにこの世の生物から少し遠ざかった存在らしい。
とりあえず、このままにしておく。
「うん?」
全身の硬直にミケが反応する。
抱きしめたまま、目が合う。
「……起きてたなら、言ってよ……」
「状況が、よくわからなかったので、整理していたが、やっぱりよくわからなかった」
二人して体を起こす。コクヨウは相変わらず熱で起き上がるのが辛い。
「昨日は、寒そうだったけど、その、いいわ。ハーブティーとか水分補給が効いたみたいね、コクヨウ、様」
なぜか、よそよそしい。と思ったら、ばっと顔を近づけてくる。
「ねえ、コクヨウ様」
「同衾までしたんだ、様はいい。なんだ」
「同衾?!そ、そこまでのことしてないでしょう?!私達は、その、暖をとりあっただけ!決して!そんな!そんなことになるまでになっていたら私の呪は解けてるわよ」と長い三毛猫模様の髪を眺めてみてから、顔を熱くする。
それではまるで、二人が交わることが、お互いの呪の解き方のようではないか。コクヨウは、コクヨウで、男女が夜を共にしたのだからと腹を括っていた。
「で、なんだ?」
「コクヨウ、あなた、十五歳なの?」
「……だったらなんだ」
夢の中で誰かに語ってしまった気がするが、ミケだったか。
「それじゃあ、十六年前私の、母の命を奪ったようなもののデュラハンの首なし馬を盗んだのは、誰よ」
「?」
「ねえ、本当に十五、歳よね。見た目はそうだし、初めて会った時も幼かったもの。古城の王子様が首無し騎士のデュラハンの首無し馬を盗んだなんてデマなのかしら」
デュラハン自体は確実にいた。幼い頃よくしてくれたコーラルは西の国から来た珍しい女剣士で、その時片腕を失ったのだから。ん?こーらる?自分が意識していないだけで西の国のものは近くにいたのだな。メアリーの名前以外にも自分は幼い頃から西の国の者に触れていたことになる。しかも、どちらも自分を認めてくれているありがたい話だ。
「……よく、夢をみる」
「なに、急に」
「俺がデュラハンだ」
窓から漏れる陽光が、暖炉の前の自分に降り注ぎ、温める。
「雨が降っていて、馬を盗まれて、魂がすり減る。そんな夢。全部は覚えていない。でも、最後に女に叫ばれるんだ。そして、デュラハンの持つ首はいつも……」
「怖い話はやめてよ。それで、本当に十五歳?」
「こればかりは父上と母上と、神獣エルフ様しか知らない。生まれる時に時空が歪んでしまったらしい」
「そう。いろんな魔法がこの世にある中で、時の魔法なんてゾッとするけれど、信じるわ、それより城の人、来てくれたみたいね」
外が騒がしい。
が、中に入るのを躊躇している。
二人が外に出ると、コクヨウが上半身裸なので盛大に勘違いされて、「おめでとうございます」とまで言ってくる使用人がいた。運が良いことにメアリーは朝の城の仕事があっていなかった。
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