あなたの呪いがわたしの命

明鏡止水

第1話 三毛猫の御使い

「……」

小雪の降る石畳の村と町。

「おや、ミケちゃん。御使いかい?」

「そう、オレンジが足りなくなっちゃったの。それに胡桃」

「そうか、ジャムとパンかな?気をつけてお帰り」

ミケは別れの挨拶も分からず、とりあえず目を二回瞬きして、とことこと歩きはじめる。木靴が愛らしい音を立てる。

主婦仲間と、ミケに話しかけた隻腕のコーラルというガタイのいい女はミケが遠ざかるまで待つ。

「まだミケの呪(しゅ)は解けないのかい」

主婦たちもバツが悪そうにする。

「王子様の一人や二人、現れてもいいのに」

「でも、あの、光の灯さない瞳。なんだか、私たちより年寄りに感じるの。一生、パン屋さんで手伝う気かしら」

「ダメだろう」

無理だろう、ではなかった。歴戦の勇者コーラルが言う。かつて首無し騎士との戦いで失った腕の幻肢痛を感じだし呻く。

「あの子には、幸せになってもらわないと……!」


「ただいま戻りました。お父さん」

無口でこちらのことなんて見てくれないパン職人の父親が、白、茶、チョコを混ぜた薔薇のようなパンの生地を発酵させていた。

……そんなの、買ってくれるのは、二、三人……。

「きちんと買ってきたか」

「オレンジと胡桃です」

見せた方が早い。仕事の邪魔になるが紙袋の中を改めさせる。

「ならオレンジは皮を剥け」

「はい」

御使いを果たしたミケはまだ幼い。しかし、定期的に外に出る必要がある。

パン屋の窓から外を見る。みなそそくさと去っていく気がしている。

「わたしの呪(しゅ)がいけないの?」

父親でもなく、空中に寂しく疑問が上る。

「いいから!オレンジを剥け!」

怒鳴り声にもミケは反応しない。慣れてしまっている。

こんな時、お母さんがいたら、お父さんと私になんて言うの?

あるいは、

村の人たち、町の人たちは、何も教えてくれない……。


この世には運命を変える恋がある。

その恋のおかげで、自分たち自身にかけられた呪はお互いに解呪される。

なぜ、呪なんてものがあるのか。それは、この世界で悲鳴を上げる太古からの生物と、妖精、幻獣による嘆きだとも言われている。

もしくは、怪しい貴族の黒魔術の領民への処分。

勤労、勤勉、そして税を納めること。

違うかもしれない。

ミケの呪は、

髪が白、茶、黒の、まるで三毛猫模様であることだ。

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