第17話 鹿山百人がそれを全てぶち壊した



 宙越学園男子寮の一室にて、織島綾一の専用オーバーヘブン・アトラスを発見しためぐると悠希。

 が、ひとしきり自由を喜びきったアトラスは、何故かめぐる達の生徒ID偽造を一瞬で見抜いて通報しようとしてきやがった。コレはまずいと思っためぐるは、ひとまず話せる範囲で事情を説明し――という経緯で、今に至る。


「かくかくしかじか…………」

『えーっと、つまり貴女達は行方不明になったお仲間を探すためにこの学園に潜入している、と。どうやら訳ありの様ですし、通報はやめてさしあげましょう』

「ったく、AMOREの偽造IDを一瞬で見破りやがって……おかげで色々と話さなきゃならんくなっただろーが」

『なんせワタシ、優秀なAIですので』


 ふふんっ、と自慢げに胸を張るアトラス。

 コレが立体映像じゃなかったらデコピンで転かしてやりたいところだ。


「ねーねー、オーバーヘブンってさー、パワードスーツ的なやつじゃなかったっけ? どうみてもスマートウォッチなんだけど……」

『これは待機状態ですね。装着時は瞬時に展開ますのでノープロブレム。この方が持ち運びに便利ですし、何より変身ヒーロー感出るじゃないですか』

「分かる〜っ! ピカーッて光って装着っ! とかオレもやってみたいんだよねー。あー羨ましい」

「何言ってるのかわかんない…………」


 目の前で繰り広げられるオトコノコトークに置いてけぼりにされ、しょんぼりとする悠希。好きな人の話している話題についていけないのが辛い。彼女は自らの無知に拳を突き立てたくて仕方がなかい気分になっていた。

 そうしてしばらくの間、アトラスの性能紹介じまんばなしに花を咲かせていためぐるだったが、ここでふと、ずっと気になっていたことを口にする。


「――アトラス」

『なんでしょう』

「どうしてお前はダンボール箱の中に閉じ込められていたんだ? 持ち主に捨てられでもしたのか? 」

『んな訳ないです! 』

「おおぅっ⁉︎ 」


 突然声を荒げたアトラスに、めぐるはびっくりして尻餅をついてしまう。悠希に至っては壁に後頭部をぶつけてふらふらする始末。何やってんだお前。

 アトラスは小さな身体をプルプルと震わせながら、ポロポロと電子の涙を溢す。


『アイツが…………綾一が、ワタシを捨てる訳がないっ…………‼︎ ワタシは綾一から取り上げられたんですよ……決闘の戦利品として! 』

「取り上げられた……? 誰に? 」

鹿

「! 」


 鹿山百人。

 その名を耳にしためぐると悠希の顔が一気に曇る。

 アトラスが壁に手をかざすと、壁に一枚の画像が映し出される。どうやら機体に内臓されている画像データを投影しているようだ。

 壁に投影されているのは、一人の青年の顔写真。その青年を、めぐる達は知っている。

 鹿山百人だ。


『鹿山百人……彼が転校してきてから、全ては狂いました』

「………………」

『ワタシも綾一も、ヤツが来る前までは、時に事件やトラブルが起きながらも、和気藹々とした学園生活を送れていました。綾一は未熟なところがあったけど、諦めない心と強い正義感で幾多の困難を乗り切り、皆の心を掴んできました。ワタシだってそのひとりでした』


 戻らない日々を懐かしむ様に。

 孫に思い出話を聞かせる老人の様に。

 言葉の一つ一つを噛み締めながら、アトラスは語ってゆく。

 が。


『――しかし、鹿山百人がそれを全てぶち壊した』


 ぞくり、と。

 それを聞いた悠希の全身に悪寒が走る。

 空気が一気に冷え込み、緊張がこの場を支配するようになる。


『彼の圧倒的な強さでワタシと綾一の活躍の機会は完全なまでに失われた。それだけならばよかった。アイツはどんな手段を使ったかは知らないけど、この学園中の皆を自分の意のままに操れる様にしてしまい、綾一を虐めるようになった。これまで苦楽を共にしてきた学友達が、一斉に鹿山百人に味方し、綾一を排斥するようになったんです。皆が綾一を心身共に痛めつける中、ワタシは必死に味方であり続けましたが、先月の決闘――という名の蹂躙リンチで綾一から引き離され、こうして監禁されてしまいました』


 淡々と、ただひたすら事実を述べてゆくアトラス。

 本当は憎くて、悔しくて仕方がない筈なのに、あまりにもその感情が大き過ぎて、言葉に乗せようにも乗り切らないのだ。

 いつの間にか、アトラスの声には嗚咽が混じっていた。本人はそれに気付くことなく、ひたすらに怨嗟を言葉にしてぶちまけまくる。


『彼がちょっと活躍するだけで、周りの人達はまるで神かなんかのように崇拝し始める。鹿山百人の一挙一動が針小棒大に褒めちぎられ、彼の意見はどんなものでも正しいものとして扱われる。それに違和感を感じる者はいないし、異を唱えようものなら――』

「悪役に落とし込んで身も心も徹底的に踏み躙る、だろ? 」


 アトラスの言葉を遮り、その続きを口にしたのはめぐるだった。


「いるんだよ。転生特典や前世知識で好き勝手やって、その世界の誰も自分に敵わないからと王様気取りで欲望の限りを尽くすクソ野郎ってのがな。転生して思い上がりまくった奴の究極系さ。オレ達AMOREが戦うべき、吐き気の催す邪悪って奴だ」

「………………そんな人間、本当にいるんですか? 」

「ああ。最近は減ったと思ったんだがな」


 めぐるはそう呟くと、頭を掻きながらおもむろに立ち上がる。

 

「…………行くぞ」

「え、どこに? 」

「決まってんだろ、鹿山百人をぶっ倒すのさ」


 あっさりと、めぐるはそう口にした。

 鹿山百人をぶっ倒す。

 その言葉に、アトラスは目を丸くしながら反論する。

 

『ほっ……本気ですか⁉︎ 無茶ですよ⁉︎ アイツは、専用のオーバーヘブンもアイツ自身も含めてめちゃくちゃ強いんですよ⁉︎ 叶うわけがない……ッ‼︎ 」

「だからどうした。強いだけのクソカス野朗なんか大したことねーよ。てか、お前だってアイツをぶちのめしたくて仕方がないんだろ? 大事な人から何もかも奪ったクソ野郎の無様な面、一緒に嗤おうぜ」

『っ…………それは』


 どこかで思いながら諦めていた願い。

 それをめぐるに言語化されて突きつけられたアトラスは、目に見えて狼狽える。

 沈黙したアトラスに代わって、恐る恐る訊ねてきたのは悠希だった。

 

「本気でやるつもりなんですか、めぐるちゃん」

「どうやらうちの隊員連れ戻すには避けて通れない道みたいだし……何より、アトラスの話を聞いて無茶苦茶腹が立ってるからな。元凶ぶちのめしてスッキリしようぜ。お前だって同じ気持ちだろ? 」

「……………………うん」


 コクリと頷きながら、悠希は立ち上がる。

 めぐるは待機状態のアトラスを左手首に装着すると、拳をぐっと握り締める。


「じゃあ行くか、最低最悪の暴君を引きずり下ろしに」


 嘆きを聞き届けた。

 それだけで、挑む理由は十分だった。



    ◇    ◇    ◇



 宙越学園・第2演習場アリーナ


「遅刻だぞ織島ァッ‼︎ 」

「かっ…………⁉︎ 」


 演習場に到着するなり、織島綾一の脳天に女教師の拳骨が直撃した。

 ミシミシミシッ‼︎‼︎‼︎ と、冗談抜きに綾一の頭蓋骨が悲鳴をあげる。その辺の女子中学生よりも小柄な筈な女教師が、どうしてそんな剛腕を振えているのだろうか。

 地面に膝をついて痛みを堪えている綾一の元に、間髪入れずに冷ややかな声がぶっかけられる。

 鹿山百人だ。

 

「実技の宵橋先生は元自衛隊所属のオーバーヘブンの装者。その恐ろしさを知らない君じゃあるまいに、よくもまあ堂々と遅刻するもんだよ。度胸あるねぇ……」

「……………………知ってるよ」

「俺が求めてないのに返事するなよ耳が穢れるだろッ‼︎ 」

「ぐはっ‼︎⁉︎ 」


 不必要な返事をした綾一を、百人は容赦なく蹴り飛ばす。

 多数の生徒達に加えて教師まで居る場だと7いうのに、百人は綾一虐めをやめない。

 否。

 この場の全員が、蹴り飛ばされた綾一を嘲笑している。生徒も教師も誰もかもが、だ。

 先程綾一に体罰を喰らわせた実技教師・宵橋すらも、綾一を見て嗤っている。本来生徒を正しく導くべき教師すらもコレなのだ。

 宙越学園は、完膚なきまでに“終わっていた”。


「………………」


 全身をくまなく駆け巡る痛みを無理やり堪え、綾一は起き上がろうとする。

 が、そこに間髪入れず、百人が綾一の胸ぐらを掴み、綾一を強引に引っ張って立ち上がらせる。

 

「立て、模擬戦だ」

「ッ………………俺じゃ相手にならないのはわかってるはずだろ」

「だからこそいいんじゃないか。お前の無様な負けっぷりを拝めて皆が笑顔になる。喜ばしいだろ道化師もとしゅじんこうサマよぉっ! 」

「ばぐぇっ‼︎⁉︎ 」


 百人に笑顔でぶん殴られ、綾一は再びアリーナの床に倒れる。

 先程更衣室で殴られた時の傷が開き、血がダラダラと流れ出す。それを目にしたクラスメイト達が、汚いものを見るかのような視線を綾一に向ける。

 血を拭いながら再び起き上がる綾一。

 そこに、見下ろすように。

 宵橋先生が立っていた。


「何をしている織島。早く模擬戦の準備をしろ」

「…………はい」


 小さな彼女の全身から放たれる威圧感と、クラスメイト達からの冷ややかな目に、綾一は逆らう術がなかった。

 綾一は宵橋先生から黒いバングルを受け取ると、それを腕につける。訓練用に学校が所有している量産型オーバーヘブンだ。彼には、こうするしかないのだ。


「…………かかってこいよ織島。ま、どーせお前は俺に勝てないんだけどな」


 百人やクラスメイトからの嘲笑を黙って背中で受け止める。

 反抗する、それだけの気力が、今の綾一にはあるはずがなかった。




 

 そうして、準備時間に5分が費やされた。

 他のクラスメイト達は、皆アリーナの観客席に座っている。


「…………待たせたね皆」

 

 そう言いながら姿を現したのは、自身のオーバーヘブンを装着した鹿山百人だった。

 幾何学模様に覆われた真紅の装甲。

 両肩には黄金に輝く4つの砲身。両腕部には伸縮自在の鋭い刃。

 背面には真紅に輝くエナジーウィングに加え、三叉槍を携えた一対のサブアーム。脚部には炎を模ったスラスター。

 機械的ながらも、全体的な印象はインド神話を思わせる。

 これが、鹿山百人の専用オーバーヘブン“烈火百武ブラフマーストラ”。

 織島綾一きにいらないにんげんを蹂躙し、主人公おうざに君臨し続けるためだけに存在する、暴君の鎧。


「出たっ! 百人の“烈火百武ブラフマーストラ”っ! 」

「きゃーっ! さっすが百人様っ、いつ見ても神々しいですわ〜〜〜ッ‼︎ 」

「あれこそまさに…………眩しいアル。太陽光の反射と機体の発光のダブルパンチで失明しそうアル」

「完璧で究極、とはまさに彼のことか」

「いっちゃえ百人くん! 」


 草楽風椰くさらふうや、キリル・ノクトシア、絆黄燐フォン・コーリン、テトラ・デミ・アーノウン、御蔭通みかげかよい

 試合の前から百人の勝利を確信している少女達は、百人が来る前までは綾一の良き友人達――メタ的には“無限軌道機界オーバーヘブン”のヒロイン達――であった。

 しかし今は違う。

 百人の反対側。

 ふらふらとした足取りで百人の前に現れたひとりの少年を目にした途端、少女達の顔から笑みが消え、代わりに苦虫を1万匹噛み潰したようかのような嫌悪の表情が浮かび上がった。


「うわっ、あの綾一クズまだこの学校いたんですの……ホント吐き気がしますわ」

「見てよあの綾一ゴミ。あんな量産型で百人と模擬戦とか恥ずかしくないのかしら」

「仕方ないアルよ、だって先月の模擬戦で“負けたら専用機没収”って言ってたし」

「あーそっかあ、忘れてたわー! 今じゃ頼みの綱のアトラスちゃんも百人くんのモノだもんねー! あははははははははははっ! 」

「まさかその機体で百人に勝てると思っているのか? この期に及んで尚も己の実力を理解しておらぬとは…………やはり貴様は弱者だ。見るだけで虫唾が走るレベルのな」


 対して綾一が駆るのは、学園保有の量産機。

 武装や装甲、性能を見ても、特にコレといった特徴のない、ぱっとしない見た目のオーバーヘブンだ。

 専用機は誰でも持っているわけではなく、学園や国家・企業に認められた者か、自作した者に限られている。

 それに該当しない生徒達は、実習の際は学園保有の量産機を借りるのが普通だ。なので、専用機と量産機が共に実習を行うのは至極当然――なのだが、百人の傀儡と成り下がっている彼女達にはその理屈は通じない。

 彼女達は綾一の一挙一動全てが気に食わなくて仕方がないのだ。


「とっととはじめてくれ。どうせ負け戦なんだ、早く終わらせて俺を好き勝手に甚振れよ」

「テメーは喋るんじゃねえ、空気が汚れるだろ。黙って俺に倒されてろサンドバッグ野朗」


 ハナから勝負は見えている。

 綾一からは戦う意味が見出せない。

 それでも、鹿山百人は戦う。

 ――綾一を踏みつける為だけに。




    ◇    ◇    ◇


 

 南氷牙は走っていた。

 あの後、氷牙は一心不乱に綾一の元へと向かっていた。

 正気を失っていたAMOREエージェント・リネットの長話に付き合わされたせいで大きく出遅れてしまった。

 既に綾一はアリーナの方に向かっている。

 更衣室で見た光景が最悪の想像を生み出し、氷牙を急かしてゆく。

 そうして栄華を置き去りにして――氷牙はアリーナにたどり着いた。

 観客席の扉を勢いよく開け放ち、クラスメイト達の元へと駆け込んでゆく。

 しかし。

 遅かった。


「ッ………………‼︎ 」

「あれ、転校生ちゃん? なんで着替えてないの? 」


 クラスメイト達から、未だに制服姿であることに疑問を持たれるが、そんなことはどうでもよかった。

 氷牙の視線は、一点に向けられている。

 アリーナの中央付近で対峙する2人の少年、その片割れ。

 織島綾一。

 量産型オーバーヘブンに身を包んだその顔には、微塵も生気が感じられない。あれをゾンビと言わずしてなんというのか。そもそも、何をしたら15の少年があんな表情になってしまうのか。考えるだけでも恐ろしくて仕方がない。


「いけー百人っ、織島綾一なんかぶっ殺せーっ! 」

「しーねっ! しーねっ! 織島綾一死んじまえっ! 」

「お前如きがオーバーヘブンに乗ってんじゃねぇ生意気なんだよ! 」

「なんだよコレ……なんなんだよ‼︎ 」


 クラスメイト全員どころか、教師すらも一緒になって織島綾一に暴言をぶつけている。

 その全員が、一様に笑顔を浮かべている。

 アリーナ中に広がる常軌を逸した光景に、氷牙は心の底から恐怖した。

 ――こんなの、耐えられない。


 

 しかし。

 いくら嘆いたところで、この喜劇は止まらない。

 


 織島綾一対鹿山百人。

 蹂躙劇未満の悍ましいナニカが、幕を開ける。

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