/// 15.ノーマン・コネイル

いつも通りダラダラしつつも充実した週末を送った僕。


月の日となる今日、午前中の魔法学の授業も滞りなく終わった。相変わらず僕に魔法が発動する気配はない。ただただノートに意味の分からない理論を書き連ねる毎日だ。


多少虚しくはなるが前の世界でだって方程式とか因数分解とか、一体何に使うのやらという数式を覚えたものだ。ああそうか、テストの為と言うやつかな?そう考えると学校なんだなーと当たり前のことを思い出した。


そしていつもの様に収納からドカ弁を取り出し昼食の時間となる。

今日からエアロも一緒にやってきて和気あいあいなランチタイムとなった。時折エアロがチラチラこちらを見るのは、きっとドカ弁が羨ましかったに違いない。僕は決して惚れられたとかそんな変な勘違いはしない。


そんなランチタイムが始まってすぐ、廊下で誰かが騒ぎ出した声を聞く。そして教室のドアがバンと大きな音を立てガタイの良い上裸の大男が入ってきた。クラスメートたちの悲鳴が聞こえる。

ドカドカと足音を鳴らし中へ入ってくるその大男の後ろから仮面の白髪男が、さらに続いて如何にも雑魚っぽい盗賊風の男たちが3名入ってきた。


「な、なんなんですかあなた達は!」

サラ(サフィ)さんの腕をちょんと掴みながらも勇気を出して声をかけるルーナ。さすがクラス委員である。だが僕はみんなを後ろに下がってもらうようにサラ(サフィ)さんに小声で話しかけた。


「ちょっと下がってろってよ」

サラ(サフィ)さんがルーナに一声かけると「わかった」とすぐに返すルーナにより、他のクラスメートたちは後ろへ集められた。そして僕はルーナに小声で話しかける。


「前の男だけ要注意。レベル100超えてる。僕たちも援護するからフランソワたちとなんとか制圧してほしい……」

僕の言葉に緊張した顔でコクリとうなずくルーナ。


すぐにフランソワとエアロが集まり少し話をしたと思ったら三人とも前へ出た。

それに合わせて僕たちも三人前に出る。


「サラ(サフィ)さんは後ろで何かあったらお願い。カルラ(加奈)はさりげなく援護してね」

二人がうなずきサラ(サフィ)さんは後ろへ下がり他のクラスメートも前へ、カルラ(加奈)はルーナたちの横に付き僕はその反対側に待機した。後ろの奴らはともかく前の男はルーナたちには少し危険だ。


ルーナたちはまだレベル30ちょっと。前の大男はレベル112で闘士のジョブ。どっかの盗賊の頭かな?とも思ったけど隷属状態になってる。そして後ろの仮面の白髪男は見知った男、ノーマン・コネイルだった。

かつてメテルを保護する際に、僕の心を無慈悲に踏みつけたにっくき奴隷商の男だ。なんでこんなところにいるんだ……後ろの雑魚い男たちは30以下のレベルなので特に気にしなくても大丈夫だろう。


さて、ノーマンには色々聞きたいけれど早々に帰ってもらいたい。

僕の学園生活を邪魔しないでほしいから。


「あなた達はなんなんですか?多分その白髪のおじさん、ノーマン・コネイルさんがボスかなんかなんでしょうけど……」

僕の言葉に口をあんぐり開けて固まるノーマン。


「な、なんで私の名前を!さては鑑定か!この、忌々しいクソガキ!」

そしてノーマンが僕をじろじろと視る。


「コガワ・タク(タケル)?お前も鑑定持ちだな?いや、持ってないな……どういうことだ!あっ……くっそ金持ち貴族め!鑑定の魔道具でも持ってやがるんだな!この卑怯者め!」

僕に向かって唾を飛ばす勢いで怒鳴り散らすノーマン。


残念。僕は当然の様に鑑定阻害の魔道具つけてるからね。ちゃんと名前もスキルも変更済みだ。というかこのクラスに鑑定持ちは3人いるんだよ?学園を舐め過ぎでだよ。絶対身バレするのに……


「だが覚えておけ!ぶっ殺されなくなければ大人しくすることだ!抵抗しなければ何も危害を加える気はないんだからな!」

「はあ、じゃあノーマンさんの要求はなんなのさ。こんなことして……すぐに捕まっちゃうよ?」

僕の言葉にいかれるノーマンは仮面を外し床に叩きつけた。


「何度も名前を連呼しやがって!黙れよクソガキ!俺はどうせ破産する身だ!お前たちの親から金をふんだくったら共和国に亡命する!だから黙ってろよ!」

足で何度も床を鳴らしイライラマックスのノーマン。


「くっそー!あれもこれも全てタケルのクソ野郎のせいだ!」

その言葉にビクっとしてしまう。なんで僕のせいなんだ?ルーナとフランソワがこちらをチラリと窺う。いや僕、悪くない!と思うよ?


「あの野郎が浮浪者のガキを保護するもんだから……犯罪奴隷しか集まらねー!貴族好みの幼女じゃねーと儲からねーのにあの野郎……」

やっぱり逆恨みだったことを確信した。


「気持ち悪いわよあんた!」

ルーナは本気で嫌そうな顔をして怒っていた。


「うるさい!お前も隷属させて売りさばいてやろうか!……いや、計画通りにいくか……ちょうど目的のやつもいるしな……」

そう言ってノーマンが見ているのは……エアロである。


このクラスで一番高い爵位、伯爵家であるエアロが目的のようだ。そのエアロは顔を真っ赤にしてルーナの後ろに下がった。ルーナがそのエアロを庇うように身構えている。まずいな……まともに戦えそうにないかも。

そんな中、大男、ことヘインズがジリジリと三人の元に歩み寄る。


「ル、ルーナひゃんに何する!」

突然後ろから我が親友、アデルくんが抜刀して駆け出してきた。大男に切りかかるがそれを難なくナックルを装備している拳で弾き飛ばす。そして尻餅をつくアデルくん。


「うるさいクソガキだ!すりつぶしてやる!バーストナックル!」

「バカ!やめろ殺すんじゃない!」

スキルを乗せた大男の拳がアデルくんに向かってゆく。ノーマンが声をかけるがどうやら止まる気は無いようだ。きっと簡易な隷属しかしてないのだろう。クラスメートたちが悲鳴を上げる。


「アデルくんに何をする!」

思わず体が動いたんだ。多分そのままでもサラ(サフィ)さんが【竜鱗の障壁】で守ってくれるだろう。でも万が一があってはいけないんだ……アデルくんは僕の大親友だからね!


そして僕の右肩から下がスキルで吹き飛んだ。合わせてその大男の腕の力を奪い破壊した。大男ヘインズは腕から先が無くなった右腕を押さえて大きな悲鳴を上げてうずくまった。

クラス中が大きな悲鳴であふれていた。


僕は……どう考えても即死であろう破損具合だ。右肩から胸にかけてえぐれているからね……まあ当然のごとく何事もなかったかのように受肉してゆく。その光景に教室中の音が消える。


「タケル……様……」

背後で誰かが僕の名前を呼ぶ。


僕は深いため息をついた。


「お、お、おおおおおお……お前ー!こんなところに変装して潜り込んで!やっぱりロリコンクソ野郎じゃねーか!」

僕は全力の肉体操作系スキルを駆使してノーマンに近づくと、その四肢から力を奪った。ギャーギャーと悲鳴を上げて倒れ込んだノーマンを僕は上から見下ろしていた。きっと能面のような顔をしているのだろう。


こいつのせいで……僕の平穏な学園生活は終わりを告げたのだ……


ふと横を見ると後ろにいたチンピラ風の冒険者たちは、逃げようとしたのかサフィさんにより取り押さえられていた。加奈はすでに悲鳴すら上げなくなっていた大男ヘインズを横に転ばし、魔法の袋から取り出した拘束用のロープを使って捕縛していた。

なぜそんなものを持っているのかは聞かなかった。多分メイドの嗜みとでも言うのだろう。


その後、騒ぎを聞きつけた教員たちが警護の面々を連れてきて、それぞれを捕縛してどこかへ連れていった。


とりあえずは落ち着きを取り戻したであろう教室……いや全然落ち着いていないな。事情を知っているルーナとフランソワ、そしてモジモジしているエアロは別として、みんな遠巻きにこちらを見ていた。

僕の強化した聴力が「タケル様」と僕の名前を呼ぶ声や「じゃーあの二人はお嫁さんの誰か?講師をされていないサファ様と加奈様かしら?それとも新しい候補……」なんて事も言っている。


どうしたら収拾がつくのだろうか?


僕は自分の席に力なく座った。サフィさんと加奈の二人もそれにならって自分の席に座る。ルーナとフランソワは僕の肩を手でポンとひと叩きして席へと戻っていった。どんまい!ってことかな?

エアロは相変わらず顔を赤くして、僕の前でぺこりとお辞儀をしてから席へと戻ってゆく。そして……


まだ床にぺたりと座り込んでいたアベルくん……

こちらに熱い視線を向けている。でも、口はしっかり閉じてほしいな……ずっと開きっぱなしだ。


「お、おま……あ、あの……あなた様は、タケル様なのでしょう、か……」

なんとか声をしぼりだしたアデルくん。


「騙しててごめんね……僕も、少しだけ楽しい学園生活を送りたかっただけなんだけどね……」

僕の言葉に首をブンブン横にふるアデルくん。


その後、エアロと同じように真っ赤な顔で僕の正面に立ち、深くお辞儀をして席まで戻ったアデルくんを少し悲しい気持ちで見送って、午後の授業が始まるのを待った。待ったのだが結局すぐに帰宅することになった。

クラスメートの親たちには早急に話が伝わり、従者たちがすぐに迎えにきていたのだ。全員が各自の屋敷へ帰るという。ごく一部の王都内に屋敷を持たない地方貴族の子供たちは懇意にしている他の貴族の屋敷へ保護されるらしい。


それでも何名か寮に残る者もいるようだが……


数日後、どうやら僕たちが嘘をついていたことについてはクラスメートも何も言っていないようだが、それよりも僕になんとか取り入ろうとする家庭が多く、ものすごい数の書簡が孤児院の方に届いてしまった。

これを機会に良いお付き合いを……というやつだ。


きっとこのまま学園に通っても騒がしくなってしまうだろう。


こうして僕は、学園生活を強制終了することになったのだ。もう少ししたらきっとアデルくんとの楽しい親友イベントが始まったのに……僕の心の中にノーマンに対する怒りの炎が燻ぶっていたのは確かであった。

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