/// 27.アウターからの手紙

エルザード大国・バー『癒しの飲み屋・募通宅理(ぼったくり)』の一室。アウターのアジトとなっているこの部屋では、今、一人の男が副長を務めるアルシドンに殴られていた。もちろんそのように指示を出し、ソファにドカリと座って観察するのは元勇者パーティの男、ドライヤンであった。

その、殴られている男、井上紘(いのうえひろ)に向かい、ドライヤンは怒鳴りつけるように質問を投げかける。


「お前があの前川と稲賀とかいう転移者の監視をしていたと聞いた!ナイフは取られたが指輪は回収したと報告されたようだが・・・なんでねーんだ?しかも他にもいくつか無くなっているものがあった。お前は敵か?」

「ひぃ!」


その眼力に充てられ悲鳴は出るが、答えは出ない井上は恐怖にガチガチと震えるだけであった。


「おい!聞いてるのか!ボスの質問に無視するなんてな!偉いもんだ。さすがは転移者様ってこった!だから裏切ったのか?」

「ひっち、違います!脅されて!大川の知り合いの秋川って女に、その・・・無理やり指輪と、あと金剛石の魔刀を・・・ひぐっ!」


アルシドンに殴られ、意識を失い転がされた井上は、呼ばれて入ってきた猫獣人の女によって治療のため抱え上げられ、別の部屋へと連れられて行った。


「おい!その秋川って女や大川の居場所はもう調査済みなんだろうな!」

「へい!もちろんです。どういたしましょう」

「とりあえず、井上を預かったと指の一本でも送ってやれ・・・あの男は・・・定期的に痛めつておけ!二度と逆らえないようにな・・・」

「さすが親方!早速手紙を送ってビビらせてやりますよ!持っていった武具と追加で色々搾り取ってもいいかもしれやせんね!」

「まあそこらへんは好きにしろ。まあ失敗は許さんがな!」


こうして、井上の指とともに孤児院に届けられた一通の封書により、珍しく怒りを感じたタケルによりアウターとの対決が始まるのであった。


◆◇◆◇◆


「ご、ごめんなさい!私のせいです!」

「どういうことがまず話してくれるかな?ね、怒ってないから。泣かないで」


孤児院の一室で涙を浮かべて誤っているのは真理である。今朝がた届けられた手紙。中には作り物のような見た目ではあるが一本の切断された指・・・内容はアウターから盗んだものを返せということと、井上は預かったということ、誠意ある対応を求む、と描かれていた。

真理の話では、元クラスメートの井上紘は真理にアウターから拝借した例の魔刀と指輪を貸していたとのこと。そしてそれを真理が借りパクしている事実。そのことがバレたために報復として井上は指を失ったのでは、ということのようだ。


「それでも、こんなことをするなんて許せないよ!」

「アウターの根城なら把握しています。私が、全て抹殺してきます!」


タケルは真理に「大丈夫」と優しく囁き抱きしめた。そしてサフィさんが一緒に抱きしめるのを皮切りに、佳苗が、加奈が、悠衣子に康代が抱き着いてくる。タケルは女性特有な柔らかな肌と温かみに包まれながら「なんだこれ・・・」とつぶやいた。


◆◇◆◇◆


「ここです」


真理の案内でやってきたのは町はずれのバー『癒しの飲み屋・募通宅理(ぼったくり)』。


店内に入ると、少ないながらも冒険者と思われるガラの悪い男たちが酒に女におぼれているようだ。タケルはカウンターにいるバニーガールの女性に「ここのボスに会いに来た」と声をかけた。

首を傾げながら奥の部屋へと入っていったそのバニーちゃんは、すぐに戻ってくると、タケルにその部屋までと案内を始めた。当然ながら女性陣も続くように部屋へと吸い込まれて・・・はいかなかった。さすがに部屋が狭かったのでサフィさんと真理が続き、残りは待機となった。

酒場に戻った女性陣は酔っ払い冒険者たちに絡まれそうになるのだが、全員200オーバーの4人組。睨みつけるだけでけん制できそうだ。


狭い部屋へと通されたタケルたち。目の前には約一年ぶりのドライヤンのニヤついた顔が待っていた。


「久しぶりだな!随分とべっぴんさんを連れて・・・俺に貢物として連れてきたということでいいんだよな」

「相変わらずなんですね・・・」


その横柄な態度に少しだけ腹が立つ。大事な僕のお嫁さん達を汚い目で見てほしくない。でもとりあえず言うことは言わないと、隣のサフィさんがブチ切れてしまうかもしれない。と思ったのだが、真理の方が先に切れていたようだ。


「誰がお前のようなものに私たちが触れさせると?」

「ぐっ!」


油断していたとはいえ、元勇者パーティの猛者。真理の首筋への攻撃は腕の小楯で防がれ、部屋の隅へと移動したドライヤンはこちらを睨みつけるように身構えた。


「おい!男連れてこい!」


その言葉で奥の扉が開き、傷だらけでぐったっりとしている井上を黒装束の女性が連れてきた。その左手には痛々しい包帯が巻きつけられていた。そしてその女性の手に握られていた無骨なナイフは、井上の喉元に当てられていた。


「サフィさん・・・お願いします」

「おう!」


タケルのお願いに元気よく動き出したサフィさん。すぐに女性は反応して首筋に置いたナイフに力を籠める。次の瞬間、首筋にズブリと刺さる、ことはなく光の障壁に阻まれ止まる。

「えっ?なんで?」と繰り返しながらナイフを2度3度と【竜鱗の障壁】で作り出した光の壁にぶつけているが、次の瞬間にはサフィさんに頭を押さえつけられ、床に叩きつけられていた。

そして支えを失った井上は床へドタリと倒れ込んだ。


「な!何をやってる!この役立たずが!おい!おまえもぼさっとしてるんじゃねー!」

「は、はい!」


ドライヤンの叱責にアルシドンが慌ててサフィさんの方へと殴りかかろうと迫るが、サフィさんはひょいと躱してタケルの元へ戻ってきた。井上を肩に担いでである。そして裏から3名ほどの仲間と思われる男たちが入ってきた。

警戒してこちらに飛び掛かってくることはなかったが、その間にタケルが【超回復】で井上を治していく。井上からも暴力を受けていたのだが、タケルの頭にはそんなこととうの昔に忘れていたのだ。そもそもそこまで恨んでもいなかったようだが・・・


「こいつ!本当に役立たずだな!」


アルシドンが倒れた女性を足蹴にしていた。見た目はケガもなさそうなので、サフィさんもかなり手加減をしてくれたようだ。少しでも力を籠めれば多分あの女性の頭はトマトのようにぐしゃりと潰れていただろう。

タケルはまだ意識の戻っていない井上を床に転がせておくと、改めてドライヤンへと目を向けた。さすが戦闘経験が豊富な彼は、サフィさんの動きを見て迂闊に飛び込むことは控えていたようだ。


「くっ!俺が悪かった・・・もう二度と近づかねえ!だから今回は水に流してくれねーか?仲間だったよしみでよ」


ドライヤンは口元を引くつかせながらタケルに投げかけた提案であろうが、内心は煮えくり返っているのであろう。顔は真っ赤に上気し、握りこぶしからは血が滴っていた。まあ僕に構わないならどうでもいいんだけどね。そんなことを思っていたタケルなのだが、それは他のメンバーが許さなかったようだ。


「あんたが!タケルくんにしたことを!私は忘れない!」


怒気を乗せて叫びながら突進した真理による攻撃。ここにきて完全に油断していたドライヤンの腹には、魔界の短刀(死)が突き刺さっていた。


「ぐふっ・・・」


口から大量の血を流しながら膝をつき、そして前のめりに倒れていくドライヤン。アルシドンやその周りの仲間たちは茫然とその光景を見ていた。タケルもその光景をなんの感情もなく見つめていた。サフィさんは「おー」と口にして楽しそうに見ていた。

そして真理はこちらを向くと「ふー」と吐息を漏らすと、ものすごい笑顔でこちらを見ていた。「やりました!」という声が聞こえてきそうだ。その静寂を破ったのはやっとフリーズから目覚めたドライヤンであった。


「お、お前ら!見てねーで何とかしろ!」


その声には誰も反応しなかった。そしてドライヤンを先頭に先ほど男たちが入っていったドアから悲鳴を上げながら逃げていった。タケルはその光景を見ながらため息を吐き、真理はこちらへ向かって笑顔で抱き着いてきた。

サフィさんはその男たちの後を「くひひ」と笑顔を浮かべてスキップしながら追いかけていった。


「どうしたらいいんだろうね」


この場をそうやって収めたらいいのか思案している中、サフィさんは戻ってきた。どうやら先ほどの部屋の奥には裏口があり、そこから全員逃げたようであった。サフィさんはあまり気にしていないようで、きっと『ちょっと面白いシーン見逃した』程度に思っているのだろう。

そんな中、気を失っていた女性が目を覚ました。上半身を起こしこちらを見ている。そして頬を染め唯々こちらを眺めていた。


「あの・・・ドライヤンさんはこの通り・・・そして他のみんなは逃げました。どうしましょ?」


着地点を見失ったタケルのまとまりのない言葉に、ふわふわとした返事を返してきた女性の話を聞くこととなった。


彼女はクリアーティという犬獣人とのこと。精神的に疲れがたまっている様子の彼女を、タケルが【超回復】で癒してからはスラスラと身の上を話してくれた。戦争孤児で奴隷としてドライヤンを主人と定められ、様々な雑務をやらされていたようだ。

そしてドライヤンが死亡したことにより、奴隷としての自分は解放され、自由に生きることができるようになったと喜んでいた。そしてその喜びが崇拝にかわったようで、タケルの足に縋り付き、「タケル様~タケル様~」と潤んだ目をこちらに向けていた。


「タケル様~私を奴隷にしてください~!夜伽でも昼伽でもなんでもしますから~!」


そんなことを言うもんだから、サフィさんは「おっ!新しいメスゲット!」とはしゃいでいたし、真理は「私がきっちり教育します!」と意気込んでいた。途中で真理が呼んできた女性陣も「うんうん」と頷いているようだった。

だが、クリアーティと真理の話を聞くとアウター組織については、地球で言ったら暴力団のようなもので、必要悪な部分も多く見て取れた。雇われたお店の用心棒的な存在なので、このまま解体するわけにはいかないようだ。

もちろん、今までこのアウター組織ではみかじめ料を払わなかったりした店に嫌がらせをしたり、殺人依頼なんかも当然のように請け負っていたようだが。


「とりあえずこの組織を残すとして、どうだろう、クリアーティさんは盗賊ジョブなのだから、これからもこの組織を取り仕切ってもらいないかな?」


タケルの提案にクリアーティは口を開けて動きを止めている。真理が「それがいい!」とこちらに笑顔でサムズアップしている。


「あ、あの・・・それならお願いがあるのですが・・・」


その言葉を皮切りに、クリアーティから要望が告げられた。最初は一緒に妾として尽くさせてと言われたのだが、それだとここを取り仕切ってもらうのに支障がでそうなので、やんわりと断ったが結局は奴隷として登録してくれないなら死ぬと言われてそこだけは了承した。

そしてもう一つ、たまに顔を出して愛してほしとも。まあそれは良しとしようということで、晴れてこのアウター組織はタケルの支配下となった。

ついでに正規の奴隷商人にお金を払い、奴隷契約をしてもらった後、1週間ほどクリアーティをダンジョンへ連れいき、200レベルに養殖後には高額装備を買い与え、自分の身は自分で守れる強キャラへと変身させたのは必要なことだから仕方がないのであろう。


その後、生まれ変わったアウター組織は、猛流組(たけるぐみ)と言われるようになり、街の治安を守る自警団へと生まれ変わり王都民の羨望を受ける団体へなっていくのはまた別の話である。


ちなみにサフィさんはクリアーティのことを「地方妻スタイルだな!」と言っていたがどこでそんな言葉を思えたのか・・・謎は深まっていく。

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