/// 2.追憶 新しい世界

猛流(たける)は思い返していた。


この世界にやってきて勇者パーティとして旅を続ける毎日を。この世界の常識を。


剣と魔法が存在し、魔王が生み出した魔物を討伐する冒険者が『子供たちのなりたい職業』ナンバーワンに君臨しつつけているほど、冒険者の地位は高いのだ。

そんな冒険者として、火竜を倒すことは現状の差し迫る危機を回避する重要な任務である。そしてそれを成し遂げれば国の英雄ともなれるのだと。


「そんな勇者パーティにお前は選ばれたんだ!自信を持て!」


これらは全て勇者であるライディアンが目を輝かせて語った言葉だ。

彼は強いリーダーシップと大きな包容力を発揮して、僕にこの世界のことを教えてくれた。


ここがエルザード大国という大陸一の経済規模を誇る国であること。

四季は大きくは変化しない緩やかな国であること。

この世界は1日が25刻で、1年360日で季節は一周するということ。

週の始まりは月の日、そこから火、水、木、土、光、精という順で一周して一般的な休みは精の日として神と精霊に祈りをささげるという日だということ。

すべてライディアンが優しく教えてくれた。


もちろん、僕のレベルが上がらない無能だと知るまでは・・・


そう言えは、結局使うことはなかったが、この国のお金の単位はエルザといって、白金貨が100万程度、金貨が1万円、銀貨は1000円。そして銅貨100円に小銅貨で10円というお金の価値も教えてくれたんだったな。


ああ、時報具という魔道具も「お前もつけておけよ!」と貰ったな。もう溶けて消えてしまったが・・・

時計の盤面のようにぐるりと一周している25までの数字が刻印されており、針が一本だけついている時間が分かる魔道具。

スライムなどの屑魔石を吸収させて正確に時間を知らせてくれる。

安いものだと1000エルザ程の一般的な魔道具だとか。貰ったものはとても安物には見えない豪華な時報具だったのに・・・もったいなかったな・・・


ああ!考え出したら切りがない!後悔もいっぱいある!時間があるのも困りものだ・・・することはないのに・・・時間だけはたっぷりとある・・・だから色々考えてしまう。。

孤独感が胸いっぱいに広がりどうにかなりそうだ・・・


暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇・・・

暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇ヒマワリの種!暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇・・・

暇暇暇暇ヒマラヤ山脈!暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇ひマヒ毒!暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇暇・・・


全裸の僕は頭がおかしくなってしまったかもしれない。もう何日経ったか分からない。たたただ骨まで溶けては復活することを繰り返しながら思考だけは途切れず続いている。


ステータスを開くと、すでに【精神耐性】【耐性-火】【耐性-食】【耐性-睡眠】【完全鑑定】【肉体倍化】【次元収納】【人体操作】というのが発動している。

レベルも何十回と復活しているうちに1つだけ上がったと思ったら、そこからじわじわと上がっていき、今現在は300を超えていた。

詳しくはステータスボードを見せた方が早いだろう。


◇◆◇ ステータス ◇◆◇

オオカワ・タケル 17才 ヒューマン

レベル311 / 力 D / 体 A / 速 F / 知 F / 魔 S / 運 S

ジョブ 聖神官

パッシブスキル 【超回復】【精神耐性】【耐性-火】【耐性-食】【耐性-睡眠】

アクティブスキル 【完全鑑定】【肉体倍化】【次元収納】【人体操作】


今見て気が付いた。あれから一年たってるのかも。年齢が一つ上がっている。まあ僕の誕生日は半年ぐらいであったから半年以上は確定か・・・

しかし、どうやったらここから抜け出せるのだろう。【耐性-火】がついてから骨まで消滅するサイクルが遅くなったが、身動きはできていなかった。

精々ジタバタとあがくだけである。


そろそろ出ないと本気で気が狂ってしまう。といっても最初の頃に比べればなんてことはない。【精神耐性】があるからだろう。

しかしそのままおじいちゃんになるってのもいかんな。ここに落とした勇者パーティや僕をいじめた面々にもちょっとだけ腹が立つし・・・


「よし!ちょっとだけ怒っちゃうぞ、僕!」


久しぶりに体に力を入れる。【肉体倍化】を発動させ【人体操作】を使い水泳選手のようなイメージで体を動かしていく。自分でただ動かすよりも何倍もスムーズな動き。洗練されたその動きで目指すが金メダル!ではなくとにかく上へとマグマの中を泳いでいった。


何度も骨になり消滅してまた受肉する。どこまで泳げばたどり着くのか。と思い始めた数分後、あっさりと僕の体はマグマの上に顔を出した。

肩から下だけ焼けては戻る不思議体験の真っ最中であった僕は、上から覗く懐かしい顔とご対面することになった。


「あ・・・火竜さんこんにちは。お元気そうで・・・」

『お前こそ・・・元気なのか?そこで・・・大丈夫、なのか?なぜ死なん・・・おい!どういうことだ!おいっ!』


見るからにパニックを起こしている火竜さんは人語が話せるようであった。


「あの、できればここから引き揚げてくれると嬉しいです」

『し、しかたないな!緊急事態っぽいしな!』


そう言って火竜さんは僕の肩口を咥えると、そのまま上まで引き上げ・・・頬り投げられた。

綺麗な放物線を描き空中を飛ぶ僕。

下半身はすぐに受肉して復活していく。同時に火竜にえぐられた肩口の傷も回復していく。


「はー。やっと解放された・・・」


安堵に包まれた僕は、そのまま背中から岩場に激突し、べしゃりと上半身が破裂した。もちろんすぐに治るのだが・・・その光景に火竜さんは火口の影に隠れてこちらを覗いていた。


『おい!おまえ!あちこち壊滅的に損傷してるのになぜそこまで回復できる!そもそもこのマグマの中でなぜ生きていた!もう1年近くも前の事じゃないか!』

「あ、火竜さんってあの倒された火竜さんなんですか?」


『そうだ!俺は1年近く前になんか知らんが10人ほどの奴らに襲われて、倒されたふりして隠れて遊んでたんだ!その後様子をみてたらお前が火口に投げ込まれるからなんてひどい奴らもいたもんだと印象に残ってたんだ!』


火竜さんがペラペラと情報をしゃべってくれるので詳しく聞き返すと、どうやら火竜は特に暴れ回ることはなくのんびり暮らしていたという。

それでも国は定期的に冒険者を送ってくるので、暇つぶしに前回の勇者パーティとの戦いに究極に手を抜き、ライディアンの一撃にマグマに落ちるふりをして、高速飛行で影に隠れてその後の様子を観察していたとのことだった。


そして頃合いを見て城まで行ってパニックを起こす人々を見て大笑いしてやろうと画策していたのだという。

それが来月ぐらいで1年となるのでそろそろ、と思いその時のことを想像しながらワクワクが止められず、先ほどまでは登場シーンのセリフとポージングを練っている最中だったと嬉しそうに話してくれた。

というかやっぱり一年近く経っていたのか・・・


というか火竜って結構俗物なんだな。と思った僕は、その火竜が万年単位で生きているということを聞くと、そりゃー暇になるし変なこともしたくなるよな、と思いなおした。そして自分のマグマの中での話をすると、火竜さんとはすっかり意気投合していた。


勇者パーティ『遥かな頂き』との道中でのこと、自分のスキルのことなどを話すと、火竜さんはワーワーと大粒の【竜の雫】を流しながら同情してくれた。

もったいないので【次元収納】にその【竜の雫】は回収しておいた。


『よし、決めた!俺もお前と旅にでる!人間どもに・・・復讐だ!』

「いやいいよ。面倒だし・・・」


血気盛んに復讐を唱える火竜さんに反対した僕は、口を大きく開けて固まっている火竜さんを見ることとなった。


『はあっ、・・・久々に死ぬかと思った・・・』

「何でですか!」


思わず大きな声がでてしまった。


『あまりに驚き過ぎてな・・・お前人間か?あんな事されて復讐を考えないなんてどっかイカレてるのか?』

「最初はもう怒った!とか思ったんですけどね。どうでもよくなっちゃいました。今は適当に冒険者でもやろうかなって思ってます」

『お前はなんか達観しているな。でもそうか・・・なんか面白そうだし・・・俺も一緒に行く!』

「えっ・・・無理だよ。どこの世界に火竜引き連れて街に行く冒険者がいるんだよ・・・あっ、それともテイマーがいるの?ドラゴンを使役する冒険者!とか!」

『テイマーなんているわけないだろ!バカだな!』

「おい!あんたが言ったんだろ!一緒に行くって!」


火竜さんの提案と突込みにまたも声が大きくなる。

火竜さんは、僕の方を見ながら得意げにフフンと笑う。そしてその数秒後・・・火竜さんは光を放って小さくなっていった・・・


「あ・・・おい・・・、まずはその・・・なんだ。・・・何か着てほしい・・・」

「おっ!発情したのか!その気なら俺もやぶさかではないぞ!」


どうやらその火竜さんは、人化が使えるらしい・・・そして豊満なお胸をもった赤髪の美人さんだったようである。


「ちょっと待て!確かあの辺に・・・」


そう言って全裸の女性の姿のままものすごい速さで飛び立った火竜さんは、数分で何やら手に持って戻ってきた。


「よし!っとお前もこれを着ろ!俺だけ着るのもバカみたいだしな!」

「どっから持ってきた・・・そしてありがとう」


どこからか持ってきたその布切れを着こんだ火竜さんに、一枚の布切れを渡されてお礼を言いながら腰に巻いた。ちょっと小さくないか?そして臭い・・・

火竜さんが着ているのは大きい布でそれなりに汚れているが、僕の方はかなり小さく、その上とんでもない匂いを発している。

それでも全裸よりはいいかと思って腰に巻いてみた。


「おまえくっさいな・・・」

「おい!大体これどっから持ってきた!」

「俺が来てるのはトロールから、お前のはゴブリンから毟ってきた!」

「くっ・・・」


トロールの方が綺麗っぽいのだから2枚持ってきてもいいのにな・・・と思い両手をついてうなだれた・・・


「やっぱりこっち着ろ!臭くてかなわん!」


そう言ってどこからか火竜さん自身が着こんでいたものと同じような大きな布を投げ渡される・・・


「おまえーー!どうも!ありがとうっ!」


ケタケタと笑う火竜さんを見ながら、なんだか楽しい気分にすらなってきてしまった僕は、汚い腰布をぶん投げると新しく貰った大きな布をローブのように羽織った。


「でかいんだよこれ・・・」


しかし・・・美人は何を見ても美人なんだな・・・火竜さんは岩場に腰掛けこちらを楽しそうに見ているが、なんだかとっても艶めかしい・・・そんなことを考えていた僕に火竜さんは声をかける。


「まずはどこに行く?楽しい冒険の始まりだ!どこまでも一緒に行こう!」


火竜さんはそう言って手を出すので、僕はその手をスルーして「よろしく!」と声を返した。

すると火竜さんは僕の背中に、そのスルーされてしまった右手をバシンと強く打ち付け、僕は前にゴロゴロ転がることとなった。

痛みはないのだが・・・やはり握手の一つでもするべきだったか。

変な形で止まっている僕に再び手を差し伸べる火竜さん。

大人しくその手を握ると、引き上げられて立ち上がった僕は、素直に「ありがとう」とお礼をいって一緒に歩き出した。

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