14話 一難去って、僕は

 アタシはあの後、地面に着地してからNo.006との戦闘を続けていた。ここは王都から近い、ある街と街の途中にある線路沿いの村の端。線路を整備するためだけに用意された開拓村のひとつだ。

 まだ産業革命が浸透してない村に併設された最新の巨大な線路が異色な光景を作り出している。


 そんなことを片隅に考えながら戦えるぐらい現在、アタシには余裕があった。この戦いも慣れたものだ。魔法とダガーナイフではリーチが圧倒的に違うとすぐに気づけたのは僥倖だった。それさえ分かればあとは簡単なものだった。木や障害物を盾としながら距離を明け、一方的に攻撃できるのだ。


 既に必要な情報を得たのでそれで適度に折れて負ける、もしくは撤退してくれれば良かったのだが、それでも果敢に攻めてくるNo.006の姿にアタシは辟易していた。


「アタシそろそろレイくんのところに行きたいんですけどぉー」


 アタシは痺れを切らした様子を見せながらも後ろに回した手で新しい魔填筒を握る。これであと1本だ。後のためにも出来たらもう使いたくない。

 その願いもあってか、ふとNo.006の攻撃の手が止まった。


 あまりの無言の姿に訝しみ思わず物陰から顔を出すと、その視線はこちらを向いていなかった。


 その視線の先には泣き崩れた村人の姿が見え、その手は大きく振りかぶっていた。


「何してるの!?」


 アタシの声も虚しく、ダガーナイフはまっすぐ村人の頭へと飛んでいき貫通する。涙で濡れた顔はザクロのように割れ、夥しい量の血液が溢れかえった。


「よし、続きやろうぜ」

「なんで殺したの?」

「そりゃ見られてんだ。殺すしかないだろ?」

「なんで殺したの?」

「なんでって見られたからってんだよ。フクロウ……だっけか?あいつの時もよう、知られたから見に行ったんだけど、怖え怖えってピーピー泣くから、怖くなくしてやろうって思って殺したんだ。今回も似たようなもんてんだ。死んだらなんもおもわなくなるだろ?」


 あまりの言葉に絶句し、アタシは怒りに震え声を絞り出す。


「そんな理由だけで……?」

「そんな理由って……また否定かよ。ほんと腹の立つ女だなぁ!?」


 彼が飛び出してくる。そのまま、彼の持つダガーナイフを腹で受け止めた。


 ずぷりと腹にナイフが刺さる。


「うっ……」

「馬鹿なのか?刃物は切れるんだぜ?」


 ナイフを抜き、後退するNo.006。

 分かってる。そんなの。馬鹿にしやがって。

 でも私がこんな奇行に出たのにも理由がある。


 それはこれ以上今のような無関係な犠牲者を出さないためだ。その為にはこの無意味な戦闘に終止符を打つ必要がある。

 私は傷口が広がらないように水を生成し止血しながら手で隠すように抑えた。


「アンタ、今何のために戦ってんの?」

「なんだっていいだろ」

「アタシは見ての通り致命傷さ。それにもうフードの女から話を聞いている」


 その言葉に思わずNo.006は追撃の手を止めた。

 そのまま視線を彷徨わせ現状を理解してきたようだ。


「あーあァッ!ちっ任務だろわぁーかってんだよ」


 そのまま魔剣を収めるNo.006の姿に、アタシは思わず安堵の息を吐きそうになるがぐっと我慢する。完全に賭けで、最悪殺される可能性もあったのだ。こんな事で機嫌を損なわせる必要は無い。


「今度はレイの野郎と一緒にいる時襲ってやるからなぁ。覚悟するんだぜ」

「その時はアタシも本気でやるわ」

「ちっ。まるで今のが本気じゃない見てぇに言いやがって。最後まで腹の立つ女だぜ」

「それはどうも」


 No.006は再度舌打ちすると、線路の上を滑るように走って帰って行った。列車に追いついたのもあの技だろう。


「アンタも手の内隠してるじゃない」


 アタシはつぶやき、すぐにホルスターの中を漁って魔草薬を取りだした。そのままそれを塗り、傷口を無理やり治そうとするが所詮薬。やはり限度がある。


「イタタ、結構刺しやがって……」


 仕方が無いため、アタシは腹部を抑えながらゆっくりと遺体を片付け、線路へと向かって歩いていった。

 そのまま出血多量でふらっと倒れる。地平線の向こうから馬で駆け寄るレイの姿が見えた気がした。


「レイくん……」


 後でなんて説明しよう。



***



 次の日の朝。

 僕とルピカは線路上で合流しすぐに傷の手当を行った。僕が馬と一緒に注いでもらった白の魔填筒を使って応急措置を取ったが完璧とは言えない。必ず医者に見せないと思い、急いで王都へと戻った。

 その間、馬の上で血眼のように視線を凝らし狂蒼の姿を探したが、結局手がかりすら見つかることは無かった。


 駅に辿り着いたがなんだが騒がしい。その様子を視界の隅に置きつつ、今日の新聞を買い馬車に乗る。

 そこには行方不明となった列車の件と王女殿下の華々しい活躍だけが書かれていた。


「やっぱり貧民街でのことは載ってないんだ」

「あまり表への被害も無かったのもあるんじゃない?」


 ルピカは目を伏せる。僕は見ていないが、フクロウが殺害されていたのを確認したのは彼女たちだ。

 実情は分からないが、狂蒼のことだ。悲惨だったのには違いない。僕は思わず顎に力を込め、歯を食いしばっていた。


「あ、そうだ。レイの師匠さんとアグニさんは何処にいるのかな」

「探さないといけないね。けどその前に君を病院に連れて行きたい」

「優しいのね」


 馬車の中でルピカはふふっと微笑むと、まどろむように口元を手で押さえた。整備された通路にばねの入った車輪が程よい振動を与えているので、眠くなってしまったのかもしれない。彼女はそのままゆっくりと僕の膝に頭を預けた。昨日は一日中戦闘の上に夜通し馬で走りっぱなしだったのだ。多少はリラックスしてもらわなければ。


 寝心地を探るようにルピカが軽くもぞもぞと動く。足元にルピカの豊満な胸がさらに密着して感じてしまい、思わず僕は変な声が出そうになった。顔が熱い。


 御者席の方から盛大な舌打ちの声が聞こえた気がした。


 そのまま王都を巡り、僕たちは王国一の大病院に到着する。中に入ると、なんだか院内は慌ただしかった。

 受付を訪ねると、少し緊張した様子の若い看護婦が応対してくれた。


「こ、こんにちはっ。本病院になんの御用ですか?」

「実は彼女が腹部に深い怪我をしてしまって。魔草薬と白魔法で応急処置はしたのですが、確実な治療をしてもらいたくて来ました。お忙しいでしょうがお願いできませんか?」


 そう言って僕は軽く頭を下げると、ルピカもそれに習い軽く頭を下げた。

 しばらくそのままでいたが、流石に無反応すぎて頭を軽く上げると、紙束を片手に慌てた様子の看護婦の姿が見えた。

 僕は軽く苦笑いし、ルピカにも頭を上げるよう促す。すると、彼女は完全に手引書と書かれた紙束をめくり、言葉を続ける。


「あ、す、すみません慣れてないものでしてっ。えーっと、あ……。あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」

「レイ=マーシャライトと」

「ルピカ=シャンティア」

「ありがとうございます。では…」

「レイ様とルピカ様!?」


 突然、慌ただしく動いていた看護婦の1人が僕達の間に勢いよく割り込んできた。そして手を掴まれる。

 その様子に受付の看護婦の少女も思わず目をぱちくりさせていた。


「えっと、何の御用ですか?」

「突然すみません、ちょうど探していたところでして。イプリル様達がお呼びです」

「え、師匠が」


 そのまま僕達は有無を言う前に強い力で引っ張られていった。病棟を抜けさらに奥の方へと進んでいく。

 従兵に両脇を抑えられた扉を超えると、僕は流石に尋ねずにはいられなかった。


「……それで師匠と病院に何の関係が?」

「……そろそろいいですかね。イブリル様は現在治療が済み、安静するよう入院してもらっているのですが、王女様が突如来訪され、現在質疑にかけられています。しかし、完全に応えるには彼だけでは不十分とのことでして」

「王女だって!?」


 僕は思わず声を上げると、握られている手に力が込められ僕のほうを振り返った。


「院内では静かにお願いします」



***



 院内に用意された特別な病室に入るとすぐ、僕達は床に片膝をつけ頭を下げる制式な姿勢を作りあげた。


「レイ=マーシャライト及びルピカ=シャンティア、ただいま参上しました。」

「すまんなレイとルピカさん。それでこちらが」

「顔をあげなさい」


 師匠の声を遮るように力強い女の人の声が響き、思わず僕達は顔を上げる。そこには王族に相応しい気品と美貌を兼ね備えたドレス姿の少女が立っていた。

 以前、王都で開催された建国パレードで垣間見た王女と全く同じ姿の彼女が、スカートの端を軽くつまみ優雅にお辞儀をする。それに圧倒され、僕は身動きが出来なかった。


「リトヴィア王国の王女を務めているなんとか=なんとかですわ。以後お見知りおきを」


 その完璧な所作に、僕の顔に緊張が走る。その様子に気づいたのか、彼女は少し苦笑いを浮かべると椅子に座り、僕達にも座ることを促した。僕達もそれに倣い椅子に座る。


 僕はそのまま先ほどはちゃんと見れなかった病室を見渡すと、ベットの上で盛大に寝転がる師匠と何か言いたげな様子でベットにいるアグニさんの姿が見えた。五体満足の姿に、思わず胸を撫で下ろす。僕の背後にも特徴的で立派な鎧を着込んだ兵士、つまり近衛騎士団が2人いることを気配で察知した。

 更に王女の後ろに1人、立派な執事服を着込んだ方が優しく微笑んでいるのも見える。目が合ったため軽く目礼を交わす。


「まずは突如お呼び出したことをお許しくださいませ」

「え、あ、はい。全然問題無いですよ。それで僕達に何の御用でしょうか?」

「そう言って頂き助かりますわ。あとその前に、1つ約束して欲しいことがありますの」

「約束?」

「ええ。これから話すことは国家機密として取り扱わせていただきます。もし外部にこのことが漏れた際は、相応の処理をさせて頂きますわ。これは強制です。また、この会見自体一旦無かったこととして扱うため、契約等の書類は残しません。ここまでは宜しいですか?」


 そこで王女は区切ると、僕達の目を覗き込む。思わず目を逸らしそうになるが、重厚な鎧が擦れ合う金属の音が耳に入り、僕は勢いよく頷いていた。

 王女はそれに満足したのか少し身を引き、話を続ける。


「まず、王都周辺で卑劣な事件が勃発しているのはご存知ですよね?魔導学園の崩壊、貧民街の大量の死体、そしてつい先ほども列車が強奪されたとか。我々はまだそれらを同一犯と結び付けてませんが、すべて悪質なテロ、つまり国家の危機として対処すると水面下で決定しました」


 そこで一言区切ると、僕たちを見る王女。その瞳はわずかな揺らぎも見逃さないのかと思わせるぐらい強い力を感じた。魔力が籠ってるのかもしれない。


 また、今の王女の言葉には新聞等では知り得ない情報も含まれていた。驚けば良かったのだろうか。でも既に師匠達から事情聴取は終わってるはずだ。相手が何処まで情報を握ってるのか知る必要がある。

 僕はどう反応したら正解か分からなかったが、後ろの騎士が動かなかったことから問題無かったのだとは思う。ルピカは完全にポーカーフェイスだった。


「続けますわ。それにより、我々王家は国民の危機を不必要に煽らないないよう、必要最低限の情報を残して残りはすべて封殺することにしましたの。これは議会を挟まず王家及び主要貴族による独断行動になりますわ」

「……そんなことして大丈夫なんですか?」

「その懸念は此方で何とかしますのでご心配なく。最悪、暴動が起きても収束させるだけの準備がありますわ。大事なのは、もう既に議会でちまちま決めてから行動する段階は過ぎたという事ですの!」

「姫様」

「……こほん。失礼、取り乱しましたわ。忘れてくださいまし」


 執事の言葉に思わず言葉を詰まらせ、顔を赤らめる王女。そこだけは年相応の少女の顔が見えた気がした。

 王家が大丈夫と言えばきっと大丈夫なんだろう。僕はそのまま続きを促す。


「目撃情報などの結果から貴方達に今回の事件と関連があると分かり、至急対面させていただく運びになりましたの。ここまでに質問はおありで?」

「宜しいですか?」

「ええ。よろしくてよ」

「目撃情報があると仰いましたがどうやってでしょうか?魔導学院はともかく、貧民街や先程の列車の件は目撃者はほぼ居なかったはず。僕達の関与が確定してるご様子ですが、何か伝手があるのですか」


 僕達の行動は、国からすればただの破壊活動に近いものだ。国のため、正義のために動いていると僕は勝手に自負しているが、実際は国の意思から離れた暴力でしかなく、テロと同類に見られる可能性もある。この機会に国とは言えなくても、せめて王家に僕達の活動を認めて貰わなくてはならない。つまり交渉する必要がある。

 交渉事ではまず、事前に相手のことを調べる必要があるとコクリアから教えて貰っていたが、今はそんな時間は無い。そのため、こうやって直球で情報を引きずり出すことにした。

 相手は王女。僕のような素人じゃ歯が立たないかもしれないが、少しでも早く王女が何処まで掴んでいるのかを知らなければ。


「ふふ。やはり私の見立て通り、全てに関係がありましたのね」

「んッ」


 しまった。迂闊だった。

 目撃者がブラフの可能性を考えてなかった。先程の言葉じゃ、自信で関与していることを肯定したも同然じゃないか。

 顔に出ないよう口元に力が入る。師匠は一体何処まで王女に教えたんだろうか。視界の隅ににいる高級ベットの上で上機嫌に寝っ転がってる師匠が何だか恨めしい。

 主導権を握りたい所だが、ここまで来たら素直に肯定する方が最善手だろう。


「ええ。実は魔導学院だけでなく貧民街や列車の件も関わってました。ですが僕達は被害者です」

「断定していただきありがとうございますわ。貴方達が被疑者では無いことは既に此方でもわかっていましたのでご安心下さいませ。それと今回は尋問じゃ無くて質疑の場ですわ

リラックスしてくださいませ」


 にこやかに話しかけられ、いつの間にか注がれた紅茶が執事の手で僕達の前に出される。僕は1口のみ、思わず肩の荷を下ろすように息を吐いた。


「ありがとうございます」

「それで目撃情報の件でしたわね。王族には専用の情報網がある、と今は言っておきましょうか。これ以上は信用を勝ち取ってくださいまし。ついでに言うと、目撃者についての記事がないのは言論統制したからですわ」

「やはり、ですか」


 僕は以前の学園襲撃後の新聞と今日の新聞を思い出していた。どちらも狂蒼の情報や手がかりは一切書かれて無く、貧民街の件に至ってはそもそも無かったことにされていた。

 これも全て国民の為に王家が言論統制したんだろう。


「では私からの質問ですわ。先程列挙した3つの事件について貴方達はどの様に動いたか、相手は誰だったのか。結果はどうなったのか。わかる範囲でいいですわ。詳しくお教え下さいませ」


 ついに来た。尋問で無いとはいえ、この返答次第で僕達に対するこの国の対応が大きく変わるかもしれない、重要なポイントだ。僕は慎重に言葉を選びながら全てを話していった。



***



 空を見ると、既に空は赤くなっていた。

 王都の街で僕は1人、帰路を歩く。


 結局、王女には帝国の秘密部隊、狂蒼が全ての黒幕であり、聖剣を使用しているという事と、僕達の目的は友達探しであり、狂蒼に誘拐されたという事は伝えることが出来た。

 流石に王女に聖国と帝国の戦争の事前準備という推論は話せ無かったが、あの聡明な王女のことだ。既に察していることだろう。

 また、これで今知ってる事は全て伝えることが出来たと思う。どう判断するか見物だ。


 結果、今回の会合で僕達の活動は王家に認めて貰うことができた。そして万が一に備えて王家の著名を書簡に記して貰った。王女は紙に残ることを少々嫌がっていたが、僕達の身の安全を保証するには必須のものだ。粘り、何とか貰い受けることができた。今回の1番の功績だろう。これは国内の貴族相手限定だが、活動を保証してくれるものだという。とてもありがたい。

 それに事態は王女が想像してたよりも深刻であった上に、我が国は王都周辺以上に手を伸ばせるほどの戦力も人手も無いという。そのため引き続きこちらから願いたいとの事だった。

 それに伴い、王女の個人予算から多少の資金を支給させて頂いた。とてもありがたいことだ。


 僕はそれで買った果物を片腕で抱えながら硬貨を指で弾く。村にいた頃、果物は贅沢なものだった。でも、王都に来てからはそうじゃない。

 僕の価値観は完全に変わってしまったのかもしれない。それは食べ物だけでなく、僕自身も……。


「あっ」


 思わず落とした硬貨を追いかけ、すぐ横にあった路地に入る。すると、そこにはある女性の姿が見えた。大きな背に、無骨な鞘。そして手足から除く特徴的な褐色の肌。その背に、僕は思わず声をかけていた。


「病院から聞きました。貴方が師匠達を病院まで運んでくれたんですよね?ありがとうございます」

「……」

「あの、どうしたんですか?」


 僕に声をかけられ、マリアさんはばつが悪そうな顔をしながら振り向いた。

 その様子は、昨日街を切り刻んだあの明るい彼女とは何だか別人に見えた。一体どうしたんだろう。


「えと……いや、そのぉ……」

「とりあえず、僕はルピカと今夜泊まるとこ探してる所だったので、続きは宿屋で聞きますよ」

「……う、わかった」

「の前に少々いいですか」

「ふぇ?」

「これ着てください」


 そう言って僕は果物を地面に置き、服を脱ぐ。先程、市場の周辺でちらっと見たが、やはり彼女は指名手配中だ。しかも以前より報酬が増えている。

 こんな街中をこのままの姿で歩かせる訳にはいけない。


 僕は着ていたローブを完全に脱ぎ、差し出すが彼女は戸惑った様子で固まってしまった。

 無理やり持たせようとするが、困惑した表情が続く。


 もう日が落ちてきている。これ以上待たせると本当に宿が無くなってしまう。


「失礼します」


 僕は無理やり腕を上げて着せていく。多少大きめの物であるため、サイズ的にはそんなに問題ないはずだ。強いて言うなら……胸。


「行くよ」

「……」


 僕はそのまま、少し様子のおかしい彼女の手を引き、今日の宿を探していくのだった。


 日も完全に落ちた頃。王都の平民街の中でも少し外れにある小さな宿屋に、僕らは居た。

 少し驚いた様子の受付のおばあちゃんに二人分の料金を払い、僕らは部屋の鍵を貰うと部屋に入っていった。

手を離し、木製フレームのベッドの上に彼女を促す。腰をかけたのを確認し、僕はもう一方のベットの上に腰かけた。

 そこまで来たら何だか落ち着いたのか、彼女の様子も元に戻っていた。いや、正確には戻ってないが。


「それで、なんで昨日は急に襲いかかってきたんです?」


 彼女は少し悩んだ様子を見せるが、話し出してくれた。


「私が黄色の原色っていうのは知ってると思う。実は私、日がエネルギー源で、しかもそれが私のリズム源でもあるの。だから、勝手に体に溜まりすぎちゃって、そのままドンドン興が乗ってって、テンションも跳ね上がっていっちゃって、それがいつも……」

「それ、ローブかなんかで抑えませんか?」

「ふぇ?」


 僕がそういうと、彼女はまた気の抜けた声を上げた。


「日を避ければいいんですよね。なら、ローブとかを被って防げるのでは?」

「た、確かに!これを使えば……!」


 彼女はそう言って僕が被せたローブを左右の手で掴む。その様子はまるで世紀の発見をした人のような、眩しい笑顔だった。

 その愛くるしい表情に、思わず僕は毒気が抜かれてしまう。


 勢いよく軽やかに僕の横に座り込んだ彼女が僕の膝の上に1本の剣を差し出した。その動作とは裏腹に、ずしりとした重さと感触が僕の足全体を襲う。めっちゃ重い。


「お礼と、め、迷惑かけちゃったので、とりあえずこの剣を貴方に……」

「いりません」

「えっ。じゃ、じゃあ……体?」

「そうじゃなくって!僕は貴方から何かしてもらうつもりなんて毛頭ありません。ただ貴方には、師匠とあの場にいた人達にきっちり謝ってほしいだけです」


 マリアさんは少し固まった後「わかりました」と答えた。


「そろそろご飯にしましょう。それと、そのローブ差し上げますよ」

「え、いいんですか?」

「僕が授業で作ったやつです。不恰好かもしれませんけど、なくて暴走するよりかはいいと思いますから」

「ありがとうございます……えっと……お名前は……」

「レイ=マーシャライトです」

「レイ君!この御恩は私、一生忘れないです!」


 彼女はそう言って僕を押し倒した。勢いよく抱きつかれられたため、思わず剣も果物も取り落とす。

 豊かな胸が僕の胸に当たり、少し息苦しさを感じる。女性特有の感触と、至近距離の彼女の顔に思わず僕は顔を逸らした。

 最初は激しい抱擁が続いていたが、唐突にマリアさんの動きが止まる。耳元で小さな寝息が聞こえる。横を見ると、彼女はそのまま寝ていた。


 なんだか掴めない人だ。僕がそう思って溜息をつこうとするが、代わりに欠伸が溢れた。それに伴い、僕の体を強烈な睡魔が蝕み始めた。

 力が抜ける。昨日は夜通し馬で走り続けたのだ。こうなるのも致し方ないとは思う。

ただ、こうなる前にルピカに宿を決めたと連絡すればよかったと少々後悔しながら、僕の意識は微睡みの中へと消えていった。


 目が覚めた。

 すると、隣にはマリアさんではなくルピカの顔がすぐ隣に置かれていた。思わず彼女の形のいい唇が目に入ってしまい、僕は慌てて後ろへ仰反るがそこに布団は無く。そのまま床へと落ち、呻き声を上げる。

 その衝撃にルピカも目が覚めたようで、上半身を起こしてくる。


「なぁっ、ルピカ?」

「ふぁーおはよ。……それで昨夜は彼女とお楽しみでしたかねぇ?」

「な、ちっ、ちが!」

「何が違うんだいぃ?レ・イ・くんっ」


 そう言って彼女は僕の体を指さす。そこには昨日の激しい戦闘でボロボロになった服から剥き出しとなった地肌がはっきりと見えていた。そこには何故かキスマークが……。

 ダメだ。目が笑ってない。本気で怒ってる。

 僕は必死に状況を説明しようとする。しかし、彼女は聞く耳を持たず「破廉恥!」と叫んで僕の右頬に張り手をかました。理不尽だ。


「酷いよレイくん!」

「だから、未遂だって言ってるだろ!?」

「未遂でも寝たんでしょ!羨ましい!」

「君も寝ててたじゃないか!それに何で羨ましがるんだよ……?」

「だっ、だってそれは……その……。あ、相棒……だし?」


ルピカは頬を赤く染め、モジモジと体を揺らしながら言う。その仕草はとてもなめかましく、本気なのか嘘なのか僕には分からなかった。

そのせいで僕は朝から無駄に顔が赤くなり、思わず顔を背ける。


「悪かったよ」

「じゃあ、今私と寝て」

「……はぁ?」

「悪いって思ってるなら、ほら、横に来て」

「……分かったよ」


 僕はルピカによって軽く叩かれた布団の位置を探り再びベットに入ると、にこやかな笑顔を浮かべたルピカが迎えてくれる。僕は思わず苦笑し、そのまま暫く一緒にその時を過ごした。


 その日の夕方。僕とルピカは師匠達の元へ会いに、再び病院へ向かっていた。今回は流石に王女はいないはずだ。


 受付へ向かう。すると、前回とは違う方が対応してくれた。


「すいません。イプリル=アーヴァンティの部屋は……?」

「イプリル様なら、先程病院を抜け出したとの報告がありました。もしかして、レイ=マーシャライト様ですか?」

「え?あっ、はい。そうです」

「イプリル様から言伝を預かっております。『原色から謝罪はしてもらった。アグニをつれて俺は外へ出て修行するから、お前も俺以外に殺されるなよ』とのことで……」


 僕はナースさんからそう告げられた時、思わず笑ってしまった。自分が負けたらその瞬間から勝つための特訓を始める。それが何だか、とても師匠らしいのだ。


 僕達はお礼を告げ、病院の外へと出ていく。


「にしても、服早く買わないとね」

「だね。どっかで着替えてから行こうか」

「そうだね。落ち着かないし……それがいいかも」


 僕らの旅路はまだまだ続く。

 熾烈を極めていくことになっても、再び友をその手で抱きしめるまで、僕は世界を見て回るんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る