6話 校外実習1

 昨日の事件から一夜が明けた。

 朝から僕たちは沈みきっていた。あの時、目の前で射抜かれた彼は即死で、もう情報を聞き出すことは叶わなかったのだ。


 彼らのトドメを刺したあの仮面の人物は一体誰だったのだろうか。

 口封じなのはわかる。青の魔法を使ったのもわかった。だが、それ以外何もわからない。何も分からなかったのだ。だから僕はこんなにも沈んでいるのかもしれない。


 フィルエットさんの方にも顔を向けるが、彼女も机に突っ伏していた。クラスの友人からの問いかけにもハンドジェスチャーで答えているほどだ。

 僕と同じように、彼女もよっぽど落ち込んでいるのだろう。


 重たい鉛のような空気が体を下へ下へと押しつけていく。もう何も考えたくない。僕は脱力感を覚え、そのまま惰眠を貪ろうとした。


 突如、教室のドアが勢いよく開き、ゴルアム先生がドシドシと入ってくる。教壇の前に立った。


「注目!」


 先生の大きな声が響き渡る。その声で、僕の目は完全に覚めた。おめめパッチリだ。


「みんな、最近疲れが目立ってる!そこで、気分転換も兼ねて校外学習を魔剣科教師陣で検討した。行き先はクティニア大森林だ。王都の近くとは言え、魔物が多く出るから、各々準備は怠らないように。それから、今回の校外学習の目的は他にもある」


 ゴルアム先生はそこで話を区切ると、黒板に魔物の図をいくつか貼った。クティニア大森林の出現魔物だ。


「みんなも知ってる通り、魔物というのは普通の生き物に魔力の篭った石、魔石が生まれ変異した存在だ。元々生物だった時の理性や知能は薄まり、本能的な行動をする。しかし、それは個体差によるものでしかなく、理性や知能を持っている魔物も当然いる。油断は禁物だ。先生や白魔法色素使いの方々が同伴するとはいえ、無傷の保証はない。だが、みんなにとって対人戦以外の戦闘経験は必ず必要になるはずだ。わかったな?」

『はい!』

「よろしい。では1日目の班を決めておきなさい」


 ゴルアム先生はそう言った後、あとは任せたという感じに軽く手を振りながら教室から出ていった。


「クリシュ、コクリア。僕たち同じ班でいいよな?」

「おう、俺はいいぜ」

「私もいいわよ」


 即決で班が完成した僕らは、先程先生が貼った出現魔物の図を元に討伐の順序を再確認していった。


 まず、魔物は魔石を先に潰す。それから頭か心臓を貫き無力化するのが最短だ。しかし、知性がある魔物はそうも行かず、悪戦苦闘することもあるだろう。その時は魔法に頼るしかない。


「コクリア、お前魔填筒のストックほとんど無いだろ。僕の一つあげるよ」

「おっ。さんきゅ」


 コクリアはそれを受け取ると、腰に付けているポーチの中にそれをしまった。



***



 朝。陽光が差し込むベッドの中で私は目が覚めた。

 小鳥の鳴き声が庭から聞こえてくる。いつもの朝だ。

 布団から出て、少しはだけたランジェリーを直し、ベルを鳴らす。

 すると、数回のノックの後、メイドが入ってきた。


「おはようございます。お嬢様」

「……」


 私はいつものように無言で返す。そして身支度を手伝ってもらう。これで終わりだ。しかし、今日は違った。


「顔が惚けてらっしゃいますが、なにかございましたか?」


 顔がどうかしたの?と思いながら私はゆっくりと顔に触れた。

 頬があつい。と同時に、レイさんの顔と同時に昨日の出来事が思い浮かんできた。


 昨日、私の力で動けなくなったレイさんを見てしまって。思わず彼を掴んで私は……私はっ

 私は布団に思いっきり何度も頭を叩きつけていた。


「お嬢様!?」


 その後、私はメイドの引き止める声や、母上の言葉すら耳に入らず、完全に上の空の状態で学校に登校していた。


 謝るべきなのか、それとももっと……。

 そう思うだけで、胸の辺りがきゅんと締め付けられる。体が熱くなり、手で覆い隠したくなる。

 1度考え初めてからこの有様で、私は授業に全く身が入らないぐらい、レイさんのことを考えてしまっていた。


 このままでは身が持たない。

 私は気分を変えようと、席を見渡す。すると、斜め後ろに座るボサボサの髪を携えた女性を目に入った。ルピカちゃんだ。彼女はつまらなさそうな顔をしてそこに座っていた。


 ルピカちゃんを見ると、レイさんとよくいることを思い出した。次第にルピカちゃんと彼の関係が気になってくる。


 もしかしたら私が思ってるよりずっと……。


 私は最悪の想像をしてしまった。

 顔を青ざめ、思いっきり顔を左右に振る。

 やだやだやだ。彼がそんな人間であるはずがない。でもその可能性はゼロでは無いわけで……。


 バンッ。

 私は思いっきり席を立つと、彼女の席の近くまでゆっくりと歩いていった。


「あっ、あの!ルピカちゃ……」


 私が声を掛けると、後ろのドアがガラリと開いて、先生が顔を覗かせた。


「おいルピカー。ちょっと教員室きてくれー」

「わかりましたぁ」


 目の前からルピカちゃんが消えていった。


 私はへにゃりと座り込んだ。

 私、頑張ったのに……。


 その日のランチタイムのこと。私はフィルエットちゃんに貰ったお菓子を持って、彼女に話しかけに行こうとしていた。


「あっ、あのっ、ルピ……」

「んー?そのお菓子。美味そうですわね」

「ふぇっ?」


 するといつの間にか隣に、いかにも上級生な雰囲気を持つお姉さんがいた。


「そちらの綺麗なお菓子、どちらで買われたものでしょうか?それとも手作りかしら」

「あっ」

「あら、お菓子だけでなく肌も綺麗ですわね。お手入れが丁寧に行き届いているのがわかりますわ。マフラーで隠すには勿体ないですわよ」

「えっ……あっ、あの……うぅ……」


 私が慌てふためきジタバタと四肢を動かしていると、前の方からルピカちゃんが気づいてやってきた。


「どったのヴェアルちゃん」


 檸檬色に光らせた瞳を私に向けながら、不思議そうに首を傾げる。


 私は咄嗟にルピカちゃんに抱きついた。

 ルピカちゃんは一瞬驚いたものの、しっかりと私を受け入れてくれた。胸にグリグリと頬を擦り付ける。


「こ、怖かった……」

「んーどしたどした。そんなにアタシに会いたかったの?」

「ん」

「あははっ、憂いヤツめーこのこのー」


 ルピカちゃんはガシガシと私の頭を撫でてくれた。


「あらあら、そういうことでしたのね。私は失礼しますわ」


 お姉さんは何かに納得したような顔をし、穏やかな笑顔を浮かべながら去って行った。


 少しして私は正気に戻る。そして現状を思い出した。

 私はパッと離れると盛大に頭を下げた。


「あっ、あの、失礼しました……」

「いいのいいの。アタシ達友達でしょ」

「友……達?」

「そ。アタシ達は友達。それでどうしたの?」

「こ、これ一緒に」

「わかった。あっちで一緒に食べよう」

「はい!」


 私は彼女にクッキーの袋を差し出した。

 それから、話しているうちに話が弾み、私は彼女にレイさんのことを色々と相談していた。


「レイくんはね、いい子だから押せばなんとかなりそうなとこはあるよね。頑張ってもっとアピールしてみたら?」

「あ、あぴーる……頑張ってみる」


 私がそう言うと、彼女は微笑んで頑張れと言った。



***



「コクリア!一歩左!」

「あいよぉ!」


 コクリアは剣を奮い、水を出すとそれをシャワーのように変化させる。それから僕の指示通りに左に体を逸らすと、水のシャワーをうまく魔物の目に直撃させた。

 魔物はコクリアを見失い、発狂しながら無鉄砲に突進してくる。僕はまたいつも通りに膝抜きをしながら右に体を曲げ、魔物の腹、つまり皮が薄いところに剣を刺した。

 魔物は苦しみうめき声をあげ、その場で激しく暴れ回る。地面にぼたぼたと音を立てながら血が垂れ、魔物の口からは涎が垂れ続けている。


「クリシュ!首を落としてくれ!」

「はぁぁぁぁ!」


 クリシュは大きく唸り、そのまま剣を頭部に振り下ろす。しかし、一撃でその頭を落とすことはできず、クリシュが反対側にいるコクリアへ協力を仰いでニ撃目を当て、ようやく首はポトリと地面へと落ちた。


「かぁー!疲れたぁ!」

「疲れたって、アンタまだ20体も狩ってないでしょ。今日は魔物の出が悪くてありがたいわね」


 僕はいつものメンバーでクティニア大森林を歩いていた。木々の隙間から漏れ出る夕日が、僕の頭をジリジリと焼く。そんな頭部の暑さに耐えながら、僕は脇道から襲い掛かってくる魔物を切り伏せていた。


 昨日折れてしまった魔剣の代わりにクリシュの家から貰ったこの剣は、切れ味がよく魔力伝導率もいい。そして魔物の血がついても切れ味は変わらない優れものだ。


「この魔石が、魔填筒の材料になるなんてなぁ」

「あれってどうやって作るんだっけ」

「なんかこの魔石を粉末にしてゲル状にして、色んな薬品混ぜて詰めるらしいけど……うん。俺もよく分かんね」

「だよな」


 僕とコクリアはゲラゲラと笑いながら、魔物から肉と魔石を切り落としていた。


 校外学習は二日間行われるようで、僕らは今日テントに泊まることになっている。

 野営地を決めると、僕とクリシュは直ぐに背負っていたテントを組み立て始めた。


「おいそこ手伝えー」

「俺はメシが作りたいんだ。腹が減って仕方がねぇ」


 地面でゴロゴロしていたクリシュは、突然起き上がりダッシュで薪を取りに行った。

 薪をわり、火をつける。この時魔剣は大変優秀だ。多少雑に扱っても刃こぼれしないのだ。


 テントを建て終わった頃には夕食の準備が始まっていた。と言っても魔物肉ぐらいしかないが。


「俺は夕食の準備してるから、二人は好きなことしてていいぞ」

「わかった。クリシュ、ちょっと模擬戦付き合ってくれない?」


 クリシュは何も言わず、静かに俯いていた。さっきからずっと無言だ。まるで、何も聞こえていないかのように。


「クリシュ?」

「あ、ごめんなさい。少し考え事をしていたの」

「そう言えばクリシュ、魔物の殺す時に剣先に迷いが出てたように見えたんだけど」

「……私ね、爺やの剣……思い出してしまうの。ずっと彼に教えて貰ってきたのに、ある日いきなりいなくなって。もう私に教えて貰えないと思うと、腕が震えてそれで……」


 クリシュはそう言って俯く。そりゃあそうだ。だって、彼女だってか弱い人間なんだ。大切な人を一人失って、すぐに立ち直れるようなメンタルは持ち合わせていない。

 それに、今回は失った人が人だ。彼の失踪は、彼女の心に深くヒビを入れてしまったのだろう。


「それでも確かめたいことがあるんだ。ちょっと剣を交えて見て欲しい」

「……分かった」


 僕は僕たちの魔剣を拾う。そしてクリシュに魔剣を渡し、離れる。

 コクリアが起こす火を囲み、僕たちは剣を構えて相対した。

 僕は剣を構えてクリシュをしっかりと見る。クリシュも同じく、剣を構えて僕を見た。


 火が薪を燃やす音だけが響き渡る。


「こいっ」

「やぁぁぁ!」


 クリシュは駆け出した。彼女は剣を僕の前で横に振る。僕は体を反らし鼻先を掠めた後、2連撃目をバックステップで避け、右に体を傾けながら迂回する。クリシュは遅れて僕を追おうとするが、目の前には剣を振り下ろした僕がいた。


「そこまで」


 コクリアの静止の声で、僕たちの動きはぴたりと止まり、剣を下ろした。


「クリシュ」

「何よ?」

「僕が師匠の代わりになれないかい?」

「……え?」

「確かにあの人はとても強いし、頼りになる人だった。それに比べて僕は頼りないし、まだまだ未熟者だ。だけど、君の頼りになりたいんだ。支えてあげたい。友達として、仲間として。それで元の君に……いやそれ以上に、君を強くしてあげたいんだ」


 僕がそう言うと、彼女はなによそれと言って笑った。


「なによそれ。私が弱いとでも言いたいわけ?」

「いや、そう言うわけじゃ……」

「でも、ありがとう。正直、爺やの事は一生忘れられないと思う。だから、悲しくて泣きたくなったら、その時はアンタの胸、借りさせてもらうわね」


 クリシュはそういって、クククと笑うと、僕らに見せたことのないような満面の笑みを浮かべた。

全ての悩みが吹っ切れたようなその笑顔は、とても輝いて見えた。


「とりあえず、今から剣を教えてもらおうかしら」

「僕、容赦しないけどいいの?」


 わざと挑発するように言うと、クリシュは笑いながら剣を構える。


「本気でやらないと師匠の意味がないでしょ」

「確かに。それもそうだね」


 僕は彼女から少し離れ、また魔剣を構える。


「飯できたら呼ぶぞぉー」


 コクリアはそう言って肉を裏返した。

 肉の焼ける香ばしい匂いが、辺りに広がっていく。


 僕らは火に照らされながら、剣を交える。


「あ、それ卑怯だぞ!」

「試合じゃないから何使ってもいいんですぅー」


 僕らを見ながら、コクリアは笑っていた。その夜が、僕らにとって一番の思い出になるぐらい、色濃く、楽しい時間だった。

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