第8話:不思議が多い

 夕方、アパートの外からはあまり音が聞こえなくなってきた。

 健太けんた香恋かれんは買い物を終えて、今は部屋でのんびりとしている。

 とは言うものの、買い物は午前中に終えており、他にする事もあまり無い。


「……なんていうか、急に休みになると、めっちゃ暇だな」


 夕飯時にはまだ少し時間がある。

 今から仕込んでも良いのだが、健太はやる気が出ない。


「働いて時間を潰すってのが、こんなにもありがたいとはな〜」

「先輩、なんか発言が枯れてない?」

「仕方ないだろ。Wi-Fiはあってもタブレットとか無いし」


 中古で買っても良いのだが、今は意図的に避けている二人。

 スマホも持っていないのだが、それは通信機器の所持による居場所の露呈を恐れての判断だった。

 光里ひかり町が安心できるとはいえ、まだ様子見段階である。


「テレビ……も無いからね〜」

「どうせ今のマスコミなんか似たようなのしか流して無いだろ」


 正直、情報収集なら如月屋で働いている最中に聞こえてくるニュースで十分だと考えている二人。

 バラエティ番組を求めようにも、バスターズ的にはよろしくない演出が多いので見たくない。

 今の時勢、二人が安心して見られる番組は歌番組とスポーツ中継くらいだ。


「こんな事ならコンビニでトランプでも買っておけばよかったな〜」

「あっ、そうだ!」


 ふと何かを思い出した香恋。

 部屋に置いてあった買い物袋に手を入れて何かを取り出す。


「今日買い物行った時にコレ買ったの忘れてた」


 香恋が袋から取り出した物。

 少し傷のある箱が二つ。健太はそのパッケージをテレビのCMで見た事があった。


「……モンスター・サモナー?」

「先輩正解! カードゲームのスターターデッキ」

「なんで急に」

「それはほら、暇つぶしに良いかなって思って」

「いやそうじゃなくて。女子にしては珍しいチョイスだなって思って」


 健太がそう言うと、香恋は少し顔を赤らめてはにかむ。


「えへへ、コンビニのワゴンで五百円だったから。あと先輩男の子だからこういうゲーム好きでしょ?」

「まぁ嫌いじゃないけど……その手のカードゲームは実戦経験ないぞ」

「大丈夫。そのためのスターターなんだから、一緒に説明書読も!」


 そう言って香恋はデッキを一つ健太に渡す。

 どうせ暇だからと、健太は香恋に感謝して『炎神のVギア』と書かれたデッキを開封した。

 軽くカードに目を通してからシャッフルする二人。

 あとは説明書を読みながら、ゆるく進めよう。


「……そういえば、これのアニメが好きな奴がいたな」

遊亀ゆうき先輩だっけ?」

「あぁ……アイツ元気にしてたら良いんだけど」

「先輩、仲良かったもんね」


 説明書を見ながらカードを並べる二人。

 少し過去に思いを馳せながら、ゲームを始める。


「本部で遊んでる奴らを見てた事はあるけど、実際やると難しそうだな」

「見てただけ先輩は有利じゃん。私は完全に初見だよ」

「まぁアレは男共の娯楽だったからな」


 健太は思い出す。

 バスターズ本部に同期達が、食堂のおかずを賭けてカードファイトをしていた光景を。

 そしてそれを「バカじゃないの」という目で見ていた女子隊員の視線を。


「えーっと。先攻は私で、ドローはできないっと」


 ゲームが始まり、香恋がカードを動かしている。

 それを見ながら、健太は今日の出来事を話始めた。


「なぁ香恋」

「なに?」

「今日、ヒカリ先生の古い知り合いって人に会った」


 カードを置く香恋の手が一瞬止まる。


「ターン終了……何かあったの?」

「特別な事は無かった。だけど奇妙な人だった」


 自分のターンを始めながら、健太は五十嵐始いがらしはじめという男について話し始める。


「ヒカリ先生の知り合いってのも気になるけど……それ以上にあの人の自己紹介が気になる」

「なんて言ってたの?」

「守護者。そう名乗っていた」


 話をしながら、健太はカードを場に出してゲームを進める。


「なんか変な人、なのかな?」

「疑問系じゃなくて良いと思うぞ。モンスター出して攻撃開始」

「あっそれブロック。でも何で守護者なんだろ?」

「さぁな」

「実は洋次さんが言ってたシンを倒す人だったりして」


 冗談のように言う香恋。

 しかし健太はどこか腑に落ちていた。


「……ありえなくは無いかもな」

「あれ? 本当に?」

「だってヒカリ先生の関係者だぞ。普通の人とは思えない」

「あぁ……ヒカリ先生インジェクトロッド持ってるもんね」


 バスターズに所属していないが、対シン装備を所持しているヒカリ先生。

 その旧知の者で、守護者を自称する人間が一般人である筈がない。

 だが同時に、健太はある疑問を抱く。


「俺が言えた立場じゃないけど、なんでバスターズの装備が外部に流出してるんだ?」

「本当に私達が言えた立場じゃないね」

「だって考えてみろよ。俺が持ち出したインジェクトガンが一台。ヒカリ先生のインジェクトロッドが一台。そして例の戦士が持ってるであろう装備が一台。少なくとも三人分の装備が流出してるんだぞ」

「うーん……冷静に考えたら、かなり不味くない?」

「普通に考えて事件だ。だがそれ以上に気になるのは、どうして装備流出の情報が流れてこなかったのかだ」


 健太の言葉に香恋は「確かに」と納得する。

 それは少し考えれば分かる事であった。

 健太が持ち出したインジェクトガンはともかく、ヒカリ先生のインジェクトロッドと、もう一人の装備に関しては相当過去の出来事で間違いない。

 特にインジェクトロッドはバスターズ隊員でも上位の者しか所持できない装備。

 それが持ち出されたのであれば、間違いなく周知されている筈だ。


「なぁ香恋。俺らの前に装備を持ち出した奴の話って、聞いたことあるか?」

「ないね〜」

「だよな。それが謎に拍車をかけるんだよ」


 ヒカリ先生本人はバスターズという組織との繋がりを否定している。

 そこに嘘はないと健太は考えているが、やはり装備の流出経緯は気になる。


「俺らが逃げたあと、インジェクトガンの持ち出しについては公表されてたよな」

「うん。ヒカリ先生と会った日にニュースでやってたね」

「あの時に顔や名前を公表されなかったのは幸いだ。いや、それはともかく……俺が持ち出した時は公表された。ポイントはここなんだよ」


 少なくとも装備の流出に関しては、バスターズという組織もキチンと気にしている筈である。

 では何故、過去の流出情報は出てこなかったのか。

 健太はそれが気になっていた。


「組織が流出に気づいてない……なんて事は無いよなぁ」

「うん。それは私も無いと思う」

「特にインジェクトロッドは数も少ない。上層部が黙ってるとは思えないんだけどな……」


 顎に手を当てて考える健太。

 しかし香恋は「そうかな?」と返した。


「インジェクトロッドだから黙った、じゃないのかな?」

「どういうことだ?」

「だから所謂隠蔽ってやつ。ほら先輩も思い出してみて、お蕎麦屋さんでインジェクトガンが持ち出されたニュースが流れた時の反応」


 そう言われて健太は思い出す。

 確かに量産装備であるインジェクトガンが持ち出されたニュースに対して、人々は組織への不安視をしていた。

 仮にも兵器相当の装備だから無理もない反応ではある。

 しかし最下級の量産装備でこの反応なのだ。

 万が一、インジェクトロッドの流出が公表されてしまえば。


「……上級装備が流出したなんて言ったら、間違いなく組織へのバッシングが悪化するな」

「うん。だから組織も黙ってたんじゃないかな?」

「そうだとしても、せめて下っ端までは情報共有して欲しいもんだよ」


 カードでの攻防を繰り広げながら、健太は少し愚痴を吐く。

 だがここで健太はある事に気づく。


「……まさかとは思うけど、もう一つの流出した装備って」

「どうしたの先輩?」

「めちゃくちゃ嫌な予感がする」


 ヒカリ先生のインジェクトロッドに関しては、組織が隠蔽したので間違いないだろう。

 ではもう一人が持ち出したと思われる装備はどうだ。

 その情報が出て来なかったという事は、それも上位の装備だった可能性が考えられる。


「インジェクトロッドの件が隠蔽なら、もう一つの装備流出も隠蔽と考えて間違いない。上層部がわざわざ組織内での情報周知さえしなかったという事は……」

「もう一つも、上級装備?」

「だろうな」

「ねぇ先輩……あの組織って色々大丈夫なのかな?」

「……ノーコメントで頼む」


 健太は今自分の脳内に浮かんだ言葉を発するのが怖くなり、思わず誤魔化してしまった。

 説明書を見ながら二人は不慣れながらも、カードゲームを続ける。


「えーっとコレだな。<ブイドラLtdリミテッド.>を召喚して攻撃っと。あと俺のライフが5以下だからブロックされないってさ」

「えー、先輩が理不尽だ」

「仕方ないだろ、そういう効果なんだから」


 香恋の抗議に、健太は以前同期から聞いた言葉を思い出す。

『カードゲームとは、理不尽を理不尽で洗い流す勝負である』

 当時は意味が分からなかったが、今の健太なら理解できた。


「ちぇーっ。ライフで受けるもーん」


 口を3の形にする香恋。

 ゲームも終盤に差し掛かった頃、健太はある事を考えていた。


(装備流出もそうだけど……なんでバスターズは光里町の事を把握してなかったんだ?)


 シンが出ない町。それだけでも調査する理由は十分過ぎる。

 何より町の外に知られていない事も気になった。

 光里町は決して外部の受け入れを拒否するような場所ではない。

 普通に町の外に住む人が通る事だってある。

 ならば何故、光里町にはシンが出ないと知れ渡っていないのか。


(バスターズが動かなくても、マスコミやインフルエンサー辺りが見つけて拡散しそうなものを……)


 考えれば考える程に深まる不思議。

 同時に、消灯の日という特異な時間の存在が気になる。

 本当に守石が光里町をシンから守っているのだろうか。


(間違いなく、この町には何かある)


 機会があれば一度しっかり調べてみても良いかもしれない。

 カードで遊びながら、健太はそう考えていた。


「続けて<シルドラLtd.>で攻撃。効果で先輩の<ブイドラLtd.>を破壊」

「はいはい……あっ」

「守ってくれるモンスターはもういないから、ライフを削って私の勝ち!」


 考え事をしながら適当にプレイしていた健太。

 気づけば香恋に敗北していた。


「やったー! 負けた先輩はトイレ掃除の刑だー!」

「おい何だよその罰!」

「敗者は勝者の言うことを聞くんでしょ? 本部で男子がそう言ってたじゃん」

「あのバカ共と一緒にするな!」

「え〜、じゃあもう一回やる? 今度は本当にトイレ掃除の罰ゲームつきで」

「上等だ。泣かしてやる」


 気合いを入れて再戦に挑む健太。

 しかしどうにもカードゲームは下手だったようで、十数分後にはトイレ掃除を命じられていた。


「ざぁ〜こ。先輩カードゲームよわよわ〜」


 勝利した香恋は、調子に乗って煽りまくっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る