第3話:ヒカリ先生

 逃げて逃げて、人の目から姿を消す。

 我武者羅に彷徨い、とりあえず人気の無い路地裏まで逃げて来た健太と香恋。

 急に走ったので、二人共息が上がっている。


「ここまで来れば大丈夫かな」


 健太がそう言うと、香恋は出血している彼の頭部にハンカチを当てた。


「ごめん、先輩……私のせいで怪我させちゃった」

「俺は別にいい。むしろ謝るべきは俺の方だ……勝手に変身してゴメン」


 路地裏の壁にもたれかかりながら話す二人。

 お互いに重い罪悪感を感じているが、今は健太の出血を止めるのが先だ。


「えっと……頭の出血ってどうやって止めるのかな?」

「とりあえずガーゼかなんか出してくれると助かる。メディカルプラグインじゃ自分の傷は治せないからな」

「うーん、私もメディカル使えたら良かったのに〜」


 愚痴を言いながらカバンを漁る香恋。

 彼女がカバンから救急セットを出そうとしていると、足音がひとつ近づいてきた。


「良いねぇ……良い物語の匂いがするよ、キミたち」


 健太と香恋は警戒しつつも、声の主の方を見る。

 そこに居たのは、先程健太がぶつかってしまった金髪の女性であった。

 相変わらず大きな本を手に持っている。


「この人、さっきの」

「俺達に何か用か?」

「そう警戒しないで欲しいなぁ。ワタシはただの読み手であり、語り部さ」


 金髪の女性の言葉を理解できない健太と香恋。

 すると金髪の女性は健太の負傷に気づいた。


「おやおや。頭を怪我しているのかい? それは治さなきゃねー」


 そう言うと金髪の女性は何処からか突然、自身の身長程ある杖を取り出した。

 蕾のようなデザインのある杖の出現に、驚く健太と香恋。

 だが健太はこの杖に見覚えがあった。


「インジェクトロッド!? なんで」

「ワタシがそういう存在だからさ。ほら、怪我を治してあげる」


 金髪の女性が杖を振ると、本当に健太の怪我は治ってしまった。

 頭に当てていたハンカチについた血まで消えている。

 それを見た香恋は心底驚いていた。


「うそ……変身も、プラグインも使ってないのに」

「どんな手品か分からないけど、アイツは不味い!」


 金髪の女性に危機感を覚えた健太は、香恋の手を引いて逃げようとする。

 間違いない、あの女は追手の類だ。

 今すぐ逃げるべきだと判断した健太。しかし振り返った瞬間、金髪の女性は二人の目の前に移動していた。


「そう警戒しないで欲しいねぇ。別にワタシは敵じゃないよ」

「……インジェクトロッドはバスターズの上級装備。それは流石に無理があるんじゃないのか?」

「警戒心の強い男の子だねぇ。でも本当にバスターズとは無関係だよ。なんならこの杖を渡しましょうか?」


 そう言うと金髪の女性はインジェクトロッドをその場に捨てて、少し離れた。

 争う意思はないと言いたいのだろう。

 だが健太と香恋の警戒はまだ解かれていない。


「何が目的だ」


 健太が問う。


「簡単な話。キミたちに興味が出たの」

「興味、だぁ?」

「そう。特にそこの男の子……絶望の底に落ちても魂は堕ちていない。そんなキミはどんな物語を描くのか、すごく興味が出たの」

「俺達の事を知ってるのか?」

「それはYESでありNOでもある。さっきも言ったけどワタシはただの読み手で語り部。読んだものしか語れないさ」

「ねぇ先輩、意味がわからない」

「俺もだよ」

「まぁ今は分からなくて良い。ワタシが味方だという事さえ理解して貰えればね」


 妖しい笑みを浮かべる金髪の女性。


「いきなり現れた不審者を信じろってのか?」

「そういう事になるねぇ。でもキミたちには旅の目的地なんて無いのだろ?」

「うぐぅ、痛いところ突かれた」


 香恋がそう言うと金髪の女性は「ハハハ」と笑い声を上げる。


「これはワタシからの提案。キミたち二人に旅の目的地を提供しようと思うんだ」

「……は?」

「どうせ行く当ての無い旅なら、さっさと安住の地に至っても悪くないんじゃないかい?」


 少し考える健太。普通に考えれば明らかな罠。

 しかし彼女が言う「行く当てがない」も事実。

 もしも本当に安住の地が手に入るなら、これ以上ない幸福だ。

 仮に目の前の女性が敵や追手であったとしても、戦う術はある。


 健太はジャケットの内側に仕込んであるインジェクトガンを触りながら、香恋に話しかける。


「香恋……いざという時は、一人で逃げられるか?」

「いざという時は私の好きにするけど……乗るの?」

「行き先なんて無いんだ。賭けに乗るくらいしても良いかなって思ってさ」

「じゃあ私も賭けに乗る」


 健太と香恋は覚悟を決めた。

 それを察した金髪の女性は満足気な笑みを浮かべた。


「じゃあ決まりだ。キミたちを旅の終わりにご案内〜」

「ちょっと待って! あの……貴女のお名前は?」


 香恋に名前を聞かれて、少し驚く女性。

 しかし彼女は妖しい笑みと共に、すぐに答えた。


「ヒカリ先生、とでも呼んでおくれ」


 名乗り終えるとヒカリ先生は、いつの間にか拾っておいたインジェクトロッドを軽く振る。


「さぁて、キミたちの信頼はこの先の行動で得るとして……まずは旅の終わりにご案内しよう」

「どこに行くんだろうな?」


 健太が純粋な疑問を口にすると、ヒカリ先生は「待ってました」と言わんばかりに答えた。


「キミたちの旅の終わり……それはどこか不思議な港町、光里ひかり町さ」

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