第9話

「それで?他に聞きたいことはありますか?」

「………好きな色は何色だ?」

「琥珀色が好きです。妖魔は角を最も大事にするため、自らの角の色を好む傾向があります。覚えておくと良いですよ」

「じゃあ、好きな食べ物は?」

「旦那さまのだし巻き卵は別格ですね。作りたては特に美味しくて、ほっぺたが落ちそうになってしまいます」

「えっと、好きな花はなんだ?」

「昔は必ず牡丹が好きだと答えるようにしていました。けれど、本当は野花が好きです。素朴で小さな野花が………」

「そうか。………趣味はなんだ?」

「裁縫が好きです。これでも、国1番のお針子だったのですよ?」

「皇女なのにか?」

「はい。皇女なのにです」


 互いにころころと笑い合って、他愛もないお話をすることがこんなにも素敵なことであると、わたしは今この瞬間までまったく知りませんでした。

 食事を作る手を再開させた旦那さまを見上げながら、わたしはルンルンと身体を横に揺らします。

 そんなわたしに見られるのが恥ずかしいのか、旦那さまは緩慢でカチコチな仕草で動いています。


「お、俺は食事を作るから、あちらのテーブルを拭いておいてもらえるか?」

「賜りました」


 旦那さまはわたしが思っていたよりも、ずっとずっと優しくて、思いやりのあるお方だったようです。

 くすくすと笑いながら台拭きなるものを受け取ったわたしは、てくてくと形容がつくようなちょこちょこした動きで机に近づき、背伸びをしながら机を拭こうとして………、失敗しました。


「………何をどうやったらこうなるんだ?」

「………………分かりません」


 なんと、わたしが机を拭いた瞬間に、ドンガラガッシャーンというけたたましい音を鳴らして、机が倒れてしまったのです。多分机に手が届かなくて必死になって手を伸ばして吹いた故に、わたしの体重によって机が傾いてしまったのですが、なんだか癪なのでそれは言いたくありません。この低身長は、ほんのちょっぴりわたしのコンプレックスなのですから。

 あまりにもしょぼんと項垂れてしまったからか、旦那さまはわたしの頭を困ったように、慣れない仕草で優しく撫でてくださいました。ふわふわと髪型を崩さないように、角に触れないように気遣いながら触れてくる大きなお手々は、何だかとっても暖かいです。


「………お兄さまみたい」


 優しい眼差し、優しい手、優しい表情。

 その全てが、わたしにお兄さまを連想させました。


 わたしにとっても甘いお兄さま。

 わたしのことをとっても愛してくださったお兄さま。

 わたしのことをお義姉さまよりも優先してよくお義姉さまに平手打ちにされていたお兄さま。


 もうこの世にいないと思うと、ぎゅうぅーっと胸が激しく締め付けられます。


 わかっています。

 わたしがどう思おうとも、どう足掻こうとも、お兄さまが、………お父さまがお母さまが帰ってきてくださらないことぐらい。ちゃんと理解しています。


 でも、会いたいと望んでしまうことは悪いことですか?ダメなことですか?

 わたしにはダメなことには思えません。だってそれが本心なのですから。


「兄、か………、」


 ついつい涙が迫り上がってしまってきたわたしは、潤む瞳のせいで今旦那さまがどのような表情をしているのか読み取ることができませんでした。

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