第7話

「そろそろ故郷の味も恋しくなる頃だろうし、揚げ物をするついでに春巻きチュンギュンも作るか。食後はあいつも気に入っていた牛乳卵砂糖寄温菓カスタードプリンも用意しておこう」


 手際よく動く手と大きな背中をこっそりと盗み見ながら、わたしは困惑を極めていました。


「そういえば、明日はまた新しい袴が出来上がる日だったな。桜の柄が愛らしい反物で作った袴を着た鈴春はさぞ愛らしいだろう。食器も明日は反物に合わせて桜柄のものを用いるべきだろうか」


 男は誰もいない場所でただただ心の中を吐露している気なのでしょう。けれど、今ここに、彼の会話の中心人物たるわたしがいます。恥ずかしい言葉は今すぐしまってくださいとヘッドキックを決めたい心情です。

 わたしは鏡で今の己の表情を確かめようとして、けれど、このお屋敷の中に1枚も鏡がないことに気が付きます。


『角を失った自分の姿など見たくもありません』


 ふわっと頭の中を過ったのは1週間前のわたしの言葉。

 わたしがあんな言葉を言ったから………?


 ーーーからん、


 あまりにもな考えが頭の中を駆け抜けて、それにびっくりしたわたしは手に握っていた扇子を床に落としてしまいました。


「誰だっ!!」


 激しく怒鳴りつけるような声にびくっと身体を揺らし、けれど、ここで引き下がるのはなんだか負けなような感じがしたわたしは、ゆっくり優雅な足運びに見えるように気をつけながら、男の前に躍り出ます。


「わたしです」

「ーーー」


 驚いたような顔で顔を赤く染め上げた男は、一瞬横を向いて咳払いをしてから、いつもの表情でくちびるを動かす。


「いつからそこにいた」

「『もう少し小さく刻んだ方が鈴春は食いやすいか?』の辺りです」

「1番最初じゃないか!?」


 目を大きく見開いて恥ずかしそうに頭を押さえた男は、ヘナヘナと床に崩れ落ちて丸まる。

 なんだか可愛らしいですね。

 くるくるとした黒い髪の毛に覆われた頭を人差し指でつんつんと突っついて遊びながら、わたしは彼が次の言葉を発するのを待ちます。


「………どうして部屋を出た」

「暇つぶしです。じゃあ、次はわたしが質問しますね。どうしてワザと悪役を演じていたのですか?」

「あ、悪役など」

「演じていないとは言わせませんよ?このわたしが、隠世の皇女たるこのわたしが気づかないと本気で思っていたのですか?」


 拾い上げた扇子で口元を覆いながら、わたしは問いかけます。


「ーーーこの婚姻はどこからどこまでが『まやかし』でどこからどこまでが『ほんもの』なのですか?」

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