アイドルに恋した女の子の話~本人公認なりきりプレイでペア♡ダンジョン攻略中~

奇蹟あい

第一章 麻衣華ともえきゅん☆編

第1話 オークロード討伐します!

「スパチャしてくれた≪ドル箱ちゃん≫たちありがと~! まだの子は明日の配信までに、ちゃんと稼いでくるのよっ! というわけで~、今日のアクアのゲーム配信はこれでおしまい。明日は歌配信の予定よ。また遊びにきてね!」


 大人気VTuberアイドルの柊アクア(ひいらぎあくあ)様が、ひらひらと手を振っている。

 わたし・火野麻衣華(ひのまいか)も釣られて画面越しに手を振ってしまう。


 アクア様の笑顔、マジ女神!

 スパチャ捗る! でもここはわざと少なめに入れて怒られたいっ!



“アクア様~今日も最高の配信でした!”

“うおーかけこみスパチャ ¥100”


「ちょっと≪ミッカ≫、スパチャ少ない! ちゃんとダンジョン攻略してる? 稼ぎがたりないわよ!」


 えへへへへ。個別レスもらえたあああ。ありがとうございますありがとうございます!



“感謝のスパチャ! 徹夜してダンジョンで稼いできます! ¥5000”

“おいおい死んだらスパチャできねーぞ”

“いのちだいじに ¥1000”

“アクアちゃん好き好き”

“様をつけろオーク野郎!”


 アクア様ーアクア様ー! 配信終わっちゃうのかなしい! ……ううっ、今日もステキな配信をありがとうございました……。また明日の配信まで、なんとか生きていきます……。



「追加のスパチャもありがとう。明日もちゃんと稼いでくるのよ、≪ドル箱ちゃん≫たち! は~い。みんなまたね。『スパチャもしないでアクアに話かけるなんて、子分のオークに襲わせるわよ!』以上、柊アクアでした~」


 いつものアクア様の挨拶とともに、配信終了の画面へ。そしてBGMが流れ始める。

 わたしは、ヘッドフォンを外しながら大きなため息をついた。


 虚無。

 あ~あ、今日も至福の時間が終わっちゃったなあ……。何を糧に明日まで生きればいいの……。

 それにしても、アクア様はいつもなんであんなにステキなんだろう。知識はあるのにゲームプレイが下手でかわいいし、失敗するとムキになるところもまたかわいい。もちろん黙っていても見た目はキュート。Sっぽいところも最高ね!

 はぁあ、子分のオークちゃんになりたいわー。


「あーあー、テステス。オホン。スパチャもしないでアクアに話かけるなんて……子分のオークに襲わせるわよ!」


 ちょっと声に出してアクア様を真似てみる。

 んー違うかな。


「んんっ。スパチャもしないで、このアクア様に話かけるなんて、常識をお母さんのお腹の中に忘れてきたのかしら? 子分のオークに襲わせるわよっ!」


 ちょっと盛りすぎた?

 わたしごときでアクア様のかわいさを再現するのはとても難しい……。


 あ、まずい。そろそろボス湧きの時間かも。準備していかなきゃ。


 ダンジョンに潜る時用の戦闘服に着替えよう。いつものピッタリとした黒のボディスーツだ。

 このスーツは冒険者IDとリンクしていて、政府に管理されている。冒険者登録の時に詳しい説明を受けた。これを着ている時だけスキルや魔法が使える制御が外せるようになっているのだとか。


 急いで着替えて、鏡の前に立つ。

 鏡に映っているのは、ちょっと眠そうで冴えない普通の子、つまりわたし、火野麻衣華。


 現実って残酷ね。まるでアクア様とは大違い。全部普通でつまらない。あーあ、きっとアクア様はリアルでも完璧なのよねー。どこかのお嬢様で、社交界の合間に趣味で配信をなされているのだわ。

 

 ううん、でもいいの。

 ダンジョンに潜る時だけは、わたしだって柊アクア様になれるんだから!


 いくわよ、麻衣華。


「≪Order change≫ to Avatar 01 & voice 01.」


 目を閉じて、ユニークスキルを発動させる。

 ≪Order change≫に反応して、わたしの体をアバターの薄い膜が包み込んでいく感覚。


『Ready as ordered.』


 ゆっくりと目を開くと、鏡に映っているのは、自信に満ち溢れた表情の柊アクア様だった。

 水色の縦ロール髪に、オッドアイの猫目。そしてトレードマークの八重歯を覗かせている。

 身にまとっているのは、赤を基調としたマーチングバンド衣装。普段のわたしなら絶対に選ばないミニのプリーツスカートを履き、大胆に生足を露出している。


 配信で見るアクア様はアニメ調の3Dモデリングだから、ほんの少し……若干雰囲気が変わってしまっている気はするけれど、できるだけ細部まで再現したわたしの自信作のアバターだ。

 こんなにも忠実にアクア様を再現できるのは、わたしのユニークスキルだけ……だと思いたい!


「オホン。スパチャもしないでアクアに話かけるなんて、子分のオークに襲わせるわよっ!」


 わたしはアクア様になりきり、肩にかかる髪を払いながら一人宣言する。


 よし、声も完璧ね。

 そう、今のわたしは柊アクア様なのよっ!


「OK, It's time to hunt. Here we go!」



 深夜2時。

 静かにいきましょう。

 親に見つからないように、そっと窓から抜け出し、隣の家の屋根伝いに目的のダンジョンを目指して疾走する。


 ダンジョン前の転移ポータルからダンジョン深部へ一気に移動。

 何度も通っているいつものルート。目をつぶっていてもたどり着ける。


「やった。予定通りボスが湧いてる」


 土でできた巨大な空洞。ドーム状になった小部屋の真ん中に、オークの上位種・オークロードが立っていた。

 まだ湧いたばかりで取り巻きも少ない。チャンス!


「待ってなさい、オークロード! 今日こそはそのスキル、このアクア様がいただくわ!」


 わたしの狙いはオークロードのドロップ品ではない。ごくごく稀にドロップすると言われる伝説級のレアアイテム『スキルストーン』だ。


 どうしてもオークロードのスキルストーンがほしい!

 なぜなら――。


「オークを召喚できるスキル≪Summon The Orcs≫を使って、リアルで『子分のオークに襲わせるわよ!』をするのよぉぉぉぉぉ!」


 今日こそ落としなさいよー! 15962体目のオークロード!

 

 風の加護を足にまとわせて、オークロードとの距離をいっきに詰める。

 子分を呼ばれる前に倒すに限るから、短期決戦が基本だ。


 走りながら双剣を装備、そして雷属性をエンチャント。オークロードの足元にスライディングして滑り込み、すれ違いざまにアキレス腱を切断。

 ひるんで膝をついた瞬間、一気に背中を駆け上がる。

 頸動脈にダブルスラッシュ。

 

 ちっ、浅い――。


 かなりの出血量だけど、オークロードはまだ動いていた。

 このままだとまずい。オークを召喚されてしまう。


 すぐさま、苦しんで暴れているオークロードの背中から飛び降り、距離を取る作戦に切り替える。離れる瞬間、顔付近に誘導マーカーをセットを忘れずに。OK、うまく肩についた。

 オークロードが召喚呪文を発する瞬間に合わせて、誘導マーカーめがけてファイヤーボールを打ち込む。

 火魔法はちょっと苦手だけど、マーカーさえあれば十分に当てられる!


 大口を開けた瞬間の爆発。炎を吸い込んで、オークロードはもんどりうつ。

 よーし、狙い通り。

 再び距離を詰めて、ダブルスラッシュでとどめを刺した。


「ふぅ、ちょっと危なかった、かな」


 額の汗をぬぐいながらドロップ品を確認。


「スキルストーンは……今日もないかあ……」


 いつになったらスキルストーン手に入れられるかなあ。



「見事な戦いね。あなた、柊アクアが好きなの?」


 急に背後から声をかけられて、反射的に飛びのく。


「誰⁉」


 距離を取って観察すると、初心者装備丸出しの若い女の子だった。

 ボスマップに初心者が1人? 何かトラブルかな?


「ごめんなさい。急に話しかけたりして」


 初心者さんはぺこりと頭を下げた。

 礼儀正しい。別に焦っている様子でもない。


「いえ、敵が湧いたかと思って、ちょっとびっくりしてしまっただけよ。見たところ初心者のようだけど、こんなところに1人でどうしたのかしら? 帰れないのなら送るわよ」


「えっと、ここに柊アクアが出没するってうわさを聞いて、ちょっと会いに来たっていうか……」


 初心者さんは急にモジモジしだした。

 

 え、そんな情報が出回っていたんだ……。

 特定されにくいように、本命のオークロード討伐だけは、深夜の人ができるだけいない時間帯だけにしていたのに、誰かに見られていたのかな。困った。


「そ、そうなの……」


「それにしてもそっくりね。こんなに再現度高いコスプレは初めて見たわ。あなた、柊アクアが本当に好きなのね」


「えっと、わた……アクアに何か御用かしら?」


『柊アクア様ですか?』という質問は、わりとよくされる。これだけ精巧なアバターでなりきっているのだから、本人と間違われることも少なくない。その度に「スパチャもしないでアクアに話かけるなんて、子分のオークに襲わせるわよ!」という決めゼリフで肯定も否定もせずに切り抜けてきたんだけど……。


 この子は「柊アクアが好きなのか」と言った。すでにわたしがアクア様本人ではないと気づいている?


「あなた、なかなかいいわね。戦いを見せてもらったけれど、腕も相当立つみたいだし、気に入ったわ。ちょっとお話しましょう?」


「何、かしら? 私も暇じゃないのだけれど」


「まあいいじゃない。あなたにとって悪い話じゃないと思うわよ」


 そう言いながら、初心者さんは不敵な笑みを浮かべ、肩にかかる髪を払った。

 あれ、どこかで――。


「あなた、私の配信をよく見てくれている人よね?」


「え、私の配信って……」


 うそうそ。うそよ。そんなこと……。


「冒険者……うーん、きっとそうね。あなた! いつもスパチャくれる≪ミッカ≫さんよね?」


 わたしの視聴用のネーム……。

 たしかに、コメント欄で冒険者話をちょっと語っちゃったことがあったかもしれないけれど……うそでしょ。まさか、ホントに⁉


「いつも応援とスパチャありがとう。そうよ。何を隠そう、私が柊アクアその人よ!」


 腰に手を当てて仁王立ちし、自信満々に笑う。その姿は、わたしの大好きな、わたしの崇拝する柊アクア様そのものだった。

 初心者丸出しの装備なのに、顔もぜんぜん違うのに。大好きなアクア様が重なって見える。

 やばい、吐きそう。心臓が口から飛び出る……。


「≪ミッカ≫。柊アクアの影武者として、私と一緒にダンジョン配信しない?」


 はい……?

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