第10話 なんか、青春っぽい

「うわ、埃っぽい」


 うへえ、と顔を顰めるのは、ジャージに着替えた大庭萌仲だ。


 俺も埃を吸い込まないよう、気休め程度に呼吸を弱めにする。


 ──倉庫の備品確認。

 それが鵠沼先生から頼まれた仕事だった。


 敷地内の寂れた一角にあるこの倉庫には、行事などで使う備品が収納されている。

 滅多に掃除なんてされないからか、重たい引き戸を開いた途端、埃が舞い上がったのだ。


「ギリギリ生徒会の仕事と言えなくないか……」


 そう、自分を納得させながら、萌仲に続いて倉庫に入る。


「でも草野球で使う用なんでしょ?」

「完全に教頭先生の私用だよな……」

「ね。くげぬーが愚痴りたくなるのもわかる~」


 冬休み、自治体の草野球チームにグラウンドを貸し出すとのことで、先生方も誰も興味ないのだが、教頭だけやる気満々らしい。


 やる気だけで自分で動く気はないのか、こうして下に回ってきたということだ。


「結局損するのは下っ端か……」


 生徒会長といえど、所詮は一生徒だ。

 まあ、これで鵠沼先生に恩を売れると思えば大した苦労でもない。普通に先生可哀そうだし。


「そう? 私的には得だけどね~」

「えっ、労働が好きなタイプ? 人間じゃねえな」

「働くの好きな人もいると思うよ……? 私は違うけど」


 馬鹿な。

 労働は全人類嫌いなはず。俺だって、できることなら常に寝ていたい。


 萌仲はジャージの袖を捲りながら、倉庫を見渡した。


「そうじゃなくて、センパイと一緒なのが嬉しいのー。なんか、青春っぽい」

「青春と呼ぶには薄暗すぎる気がするな」

「いいじゃん、こういうのも。学年違うからさ、こういうきっかけがないと一緒になにかすることってないじゃん?」


 たしかに、部活動などを除いて、学年の垣根を超えた交流は少ない。

 ましてや、俺と萌仲は接点などまるでない行動範囲だ。彼女の積極性がなければ、一度も絡むことなく学校生活を終えただろう。


 それにしても、なんでそんなに絡みたがるんだろう……。


「だから、くげぬーがお仕事くれてラッキーって思ってるよ」

「……そうかよ」

「てか、チカパイこそ仕事大好きじゃん? 生徒会長なんてやってるくらいだし」


 喜んでいいのか微妙なあだ名とともに、よく聞かれることを質問してきた。

 それに対する答えは決まっている。


「いや、俺は受験勉強なんていう非効率なことはせず、内申点と成績だけで大学に行きたいだけだから」


 無論、受験勉強に精を出している人たちのことは尊敬している。ただ、俺には無理だ。

 数千時間も費やし、成果が出るかわからないものに挑戦する。そんな覚悟も度胸も、俺にはない。


 その代わり、生徒会長になるだけなら簡単だ。

 定期テストの点を取るのも、一夜漬けは得意なので問題ない。短期的な目標に対しては頑張れるタイプなので、推薦の枠くらいなら容易に手に入るだろう。


「ま、将来楽するために一番効率いいのがこれだったってだけだ」

「んー、それはそれで結構頑張ってない? 私なんてなにも考えずに遊んでるだけだよ!」

「嫌いなんだよ、頑張るとか。なるべくリスクを取らずに効率よく生きる。それが俺の信念だ」


 努力の過程なんて、誰も見ちゃいない。

 効率よく結果だけ手に入るなら、それに越したことはない。


「ってことで、やったフリだけして帰るぞ」

「わお、徹底してる」

「備品は全てリストアップして把握してる。後は使用するものを入口付近にひとまとめにしてテープでも貼っておけばいいだろう」

「えっ? それのどこがやったフリ?」


 首を傾げる萌仲を無視して、奥に入っていく。


 それほど広い倉庫でもない。

 学園祭の時に全てチェックしているので、場所も大まかだが覚えていた。


 草野球の試合で学校から貸し出すのは、主に大型のイベント用テントだ。

 部品ごとに分かれているので、テープの色で組み合わせを確認する。


「運ぶの手伝ってくれ」

「あ、うん! 任せて!」


 二人で手分けして、あるいは重たいものは二人で運んで、倉庫の入口付近に並べていく。

 種類ごとにわけ、去年作成した組み立ての手順書を張り付ける。


「待って、めっちゃ手際よくない!? 全然やったフリじゃないし!」

「事前準備がなければこの三倍は時間がかかる。傍から見たら大変な仕事だが、実際はすぐ終わる。ほとんど手間がかかってないのに、見かけの成果だけは多いんだよ」


 ほぼやってないに等しい。

 そして、先生から仕事を受ける時はすぐできるなんて言わないのがキモだ。


「センパイ、頭おかしくない?」

「おっとストレートな暴言が飛び出してきたな」

「や、良い意味で!」

「良い意味でって付ければなんでも言っていいわけじゃないぞ」

「だっておかしいって! 全部準備してあるのもそうだし、それを努力じゃないって言ったりとか!」


 そうは言っても、本当に苦労してないからなぁ。


 テントの他に、カラーコーンなど細々としたものを用意して、仕事は終わりだ。


「よし、終わり」

「思ったより早かった……。私、なにもしてないのに」

「いや、助かったよ。一人じゃ運べないものも多かった。ありがとう」


 イベント用テントの骨組みは一つ一つが大きい。萌仲は意外とパワフルだったので、非常に助かった。


「ふふっ、ならよかった」


 小さな格子窓から差し込む夕日が、萌仲の笑顔を赤く照らした。


 ……まあ、いつも一人だから、たまには一緒に仕事するのもいいかもな。

 倉庫から出ようと、萌仲に背を向ける。


「じゃあ戻るか」

「えー……。まだ、やだ」


 俺のジャージの袖を、萌仲が指先で摘まんだ。

 くいっと引っ張られたので振り返る。そこには、恥ずかしそうにそっぽを向く萌仲がいた。


「もう少しここにいよーよ。せっかく静かなところで、二人きりなんだし」


 彼女の横顔が赤らんでいるのは、夕日のせいだけじゃない気がした。

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