第5話 明日も行くから

 店内に入るとすぐに手は離して、お菓子コーナーに直行していった。


「……ギャルはよくわからんな」


 あまり接したことのない人種だ。

 危うく、俺のこと好きなんじゃ……? と思いかけたが、きっとデフォルトの距離が近いだけだろう。


 胸の高鳴りを落ち着かせるため、適当に店内を物色する。


 疲れたし、缶コーヒーでも飲むか。

 ブラックも甘いのも好きだけど、今日はなんとなくブラックが飲みたい気分だ。


「なに買うの?」

「コーヒー。大庭は?」

「んーん、なにも」

「買ってやるから選べ」


 さっきから、お菓子をじっくり見ていたことを知っている。俺が店内を一周する間も、ずっと動かなかったし。

 買わないのは、金欠だろうか。


「えー、そんなの悪いですよー。じゃあこれ買って」

「おっと、遠慮が一瞬で終わったな……」

「大人しく奢られるのも後輩の役目かと思いまして」

「正解」


 後輩の前ではカッコつけたいものだ。

 大庭が持ってきたチョコエッグとコーヒーを、レジに持っていく。


「QRで。ポイントカードないです。袋いらないです」


 店員さんに聞かれる前に、先手を打ってそう告げる。


 不毛なやり取りを避け、最短で終わらせるためだ。


「ポイント貯めないの?」

「ポイントカードとかクーポンとか嫌いなんだよ。俺の意思決定に介入されたくない」

「うわ、ひねくれすぎ」


 店員さんがQRコードを読み取っている間も、後ろで大庭がうるさい。

 よく喋る子だな……。


「はいよ」


 会計が終わったチョコエッグの箱を、大庭に手渡す。

 俺は缶コーヒーを開けながら、店を出た。


「あざーす!」


 大庭は大袈裟に頭を下げると、ニコニコしながら箱を開け始めた。


「なんでチョコエッグ?」

「なんかワクワクしない? あと美味しい」

「わからんでもない」


 二人でコンビニの前でしゃがみ込んで、それぞれ口に運ぶ。

 大庭は両手でチョコエッグを持って、美味しそうに目を細めた。うきうきで体を揺らす。


「ん〜、おいしっ。しあわせ〜。これで太ったらセンパイに損害賠償請求しよっと」

「それを言うなら慰謝料じゃない? 払わないけど」

「私の可愛さを損害したんだよ」


 本当に幸せそうに食べるから、見てるこっちが嬉しくなる。

 奢り甲斐のある後輩だ。いちいち仕草が可愛い。


 大庭が選んだチョコエッグは、少年漫画のフィギュアが入ってるらしい。


「おっ」


 中から出てきたカプセルを開けて、彼女が短く声をあげた。


「見て、主人公!」

「よかったな」

「センパイにあげる。お近づきの印に」

「買ったはいいけど冷静に考えるといらなかったパターンか?」

「えへへ」


 大庭は誤魔化すように笑って、俺の手にフィギュアを握らせた。


 俺もいらねえ……。でも、捨てるのももったいない。

 チョコエッグの料金の大部分がこのフィギュアなんだから。


「てか、口の中めっちゃ甘い〜。コーヒー一口ちょうだい」

「ん」

「ありがと」


 俺の手から缶コーヒーを奪い取ると、躊躇いもなく口に運んだ。

 そのまま大きく傾ける。


「おい、全部飲むな」

「私の一口は大きいんですー。え? それとも私が飲んだあとのコーヒーを飲みたかったってこと? きもー」

「人の奪っといて酷い言い草だな」

「あははっ」


 やっぱ可愛くないかもしれん……。


 大庭は小走りでコンビニに戻り、ゴミを捨てて帰ってきた。


「よし、じゃあ帰ろー」

「そこに灰皿あるぞ。吸ってくか?」

「おー? 弄ってるな〜? 吸ってないってば!」

「ちっ、吸ってたら白旗にチクろうと思ったのに」

「証拠さえあれば私を退学させる気まんまん!?」


 そりゃ、冤罪じゃなければ助けるわけないですよ。

 仮に見かけてもわざわざチクったりしないけど。恨み買うだけでメリットないし。


「つか、まじで誰だよあんなとこで吸ったやつ……。吸うならもっと隠せ。校内とかいつかバレるぞ」

「あれ、意外。喫煙自体は認める感じ?」

「いや、他人がなにしてても興味ないだけ」

「おお、さすが」


 なにがさすが・・・なのかわからないが、俺はそういう人間だ。


「吸ってるのバレたらぜったい退学だよねー。ましてや校内でなんて」

「しかもあんなバレやすい場所でな。なんでわざわざ……」


 話している間に、なにかが脳裏に引っかかった。


 そうだ。高校生がわざわざリスクを冒して学校で吸う必要がない。

 いつ置かれたものかは不明だが、昨日の夕方にしろ早朝にしろ、外で吸えばいいんだから。


 可能性が高いのはむしろ……。


「あ、もう着いちゃった」


 大庭の声で、駅に到着したことに気がついた。


 考え込むのは悪い癖だな。


「また明日行くね」

「来なくていい。いやむしろ来るな。俺の集中が阻害される」

「私のことが気になっちゃって?」

「悪い意味でな」


 今日はたしかに助かった。

 お礼としては十分すぎるくらいだ。これ以上は必要ない。


 でも……他人に戻るのを寂しく思うくらいには、彼女との時間を気に入っていた。


「センパイと話すの楽しくて、どんどん帰るの遅くなりそう」

「……そうだな」

「あ! 電車来た! ばいばい!」

「切り替ええぐ」


 ぶんぶん手を振りながら、大庭がホームへのエスカレーターを駆け上がっていった。

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