少し変な童話集

zakuro

桃太郎

 むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。


 おじいさんは山へ死場狩しばかりに、おばあさんは川へ選択に行きました。


 おばあさんが川のほとりで老い先短い人生について思いを馳せながら死後の選択、つまり終活をしていると、川上から大きな桃がひとつ「どんぶらこ、どんぶらこ※」と流れてきました。


※《どんぶらこ》とは《どん》と沈み込み、《ぶら》と押し流され、《こ》で浮き上がる様子を表した擬態語です。


 あまりに大きな桃だったので、おばあさんはたいそうおどろき価値観は根底からくつがえり、死後の選択終活どころではなくなりました。とりあえず墓石は桃の形にしようと決めました。最近ではそういうデザイン墓石が流行りなのだと聞いていたからです。


 おばあさんは桃を担いで家へとかえりました。


 時を同じくして、ちょうど死場狩りからもどったおじいさんは、大将首を持ち帰っていました。


 おじいさんは桃を見るやいなや、「とりあえず割ってみよう」と大将首を獲った見事な太刀筋で桃を一刀両断しました。


 すると中から元気な女の子の赤ん坊が出てきました。不思議なことに、赤ん坊には傷一つついていません。


 その女の子は桃太郎と名付けられました。おじいさんとおばあさんは「女の子にそれはないだろう」と思いましたが、タイトルが桃太郎なので仕方ありませんでした。


 🍑


 桃太郎はあっという間に成長し、おじいさんの一子相伝の剣術を会得した立派な女の子になりました。おじいさんは桃太郎が剣術を受け継いてくれたことをたいそう喜びました。おじいさんにはこれまで弟子がいませんでした。大したことのない剣術だったからです。


 ある日、おじいさんが言いました。


「桃太郎、お前は剣を極めた。この刀をお前に授ける時が来た。これを持って鬼ヶ島へと鬼退治に行くのだ」


 おばあさんも言いました。


「桃太郎や、このきびだんごを持っていきなさい。道の駅で買ってきました」


 そうして桃太郎は、鬼退治の旅に出ました。


 🍑


 旅の途中、桃太郎はイヌと出会いました。

 

「おう兄ちゃん、お腰につけたきびだんごをくれるならお供しようじゃねぇか」


 イヌは下品に言いました。最低でした。桃太郎は軽蔑の眼差しを送って言いました。


「三回回ってワンと鳴け」


 あまりの気迫に気後れしたイヌは、三回回ってワンと鳴きました。桃太郎はきびだんごを渡しました。イヌが家来になりました。


 少し進むとサルと出会いました。


「お胸につけたきびだんごをくれるならお供になるよ」


 サルは冗談めかして言いました。

 

 桃太郎は悲しくなりました。サルに悪意がないことが理解できたからです。あなたはサルかもしれないけどと前置きしてから、人類が未だに抱える女性差別問題、ちょっとしたおふざけのつもりでも人を傷つけること、童話でこういった話をすることによる教育的悪影響などについて説きました。サルだからってサルみたいな振る舞いをしなくてもいいんだよと優しく言いました。


 サルは心から反省し、自らの言動の軽率さを謝罪したので、桃太郎はきびだんごを渡しました。サルが家来になりました。


 桃太郎は自らが説いたことと、家来にするという前時代的な行為との自己矛盾に悩みました。昔話の価値観をある程度アップデートできても、物語の根幹を変えるのは難しいのです。


 また少し進むと、桃太郎はキジと出会いました。桃太郎は、今度は何を言われるのかと不安になりました。


「モ◯タロウの方ですね。キビダンゴを頂いてクライアントに伴走するようにとマネージャーからアサインされております、エイヴィースマネジメントアンドソリューションズジャパンジュニアセキュリティアソシエイトのキジと申します。キビダンゴのバリューだけでも大変ありがたいですが、金銭的な報酬についても会社の方から支払われますのでご心配には及びません。インセンティブも出ます。今回のプロジェクトの方、私としましても大変エキサイティングに感じております。どうぞよろしくお願いいたします」


 桃太郎はモ◯タロウではありませんが、スルーしました。


 キジはコンサルから派遣されてきた新人でした。どれだけ言葉を飾っても逃れられない役職名のジュニアはあまりに残酷でした。桃太郎は、慣れてないなら無理しなくてもいいのになあと思いながらキビダンゴを渡しました。著者に対してもよく知らないのにイメージだけで書くのはやめた方がいいよと思いました。キジが家来になりました。


 🍑

 

 そうして桃太郎は、定期運行しているフェリーに乗って鬼ヶ島にたどり着きました。

 

 イヌ、サル、キジをフェリーに持ち込むには事前予約が必要で、しかも別料金を取られるのでおいてきました。 

 

 鬼ヶ島の一角に大きなお城がありました。外国人居留地です。


「あれが鬼の本拠地に違いない」


 桃太郎はよく確認せずに乗り込んでいきました。警備の鬼を斬り伏せて奥へと進んでいくと、主に横方向に大きな鬼がいました。きっと親玉でしょう。鬼の親玉は言いました。


「Don't kill me……。Please……」


 桃太郎は言葉がわからなかったので、鬼の親玉を斬り伏せました。


 城の奥からは金銀財宝が見つかりました。


 桃太郎はそれらを持って、家へとかえりました。おじいさんとおばあさんはたいそう喜びました。

 

 🍑

 

 桃太郎が戻ってきてしばらく経ったある日の早朝、扉が乱暴に叩かれました。岡山県警でした。おじいさんがよく考えずに金銀財宝を売り払ったため、足がついたのです。


 桃太郎が征伐した鬼というのは異国人であり、財宝は別に盗まれたものでもなんでもなかったため、国際問題になりました。自称剣術家の十六歳の少女(桃太郎)は強盗殺人、銃刀法違反、その他の容疑で逮捕されました。


 おじいさんも殺人及び銃刀法違反の容疑で逮捕されました。死場狩りというのは別に合戦に行っていたわけではなく、大将首というのもおじいさんの思い込みでした。実際には将棋を打っていた町内の集まりでした。大将とは将棋が強いだけのただの老人で、しかしたいそう疎まれていたために村ぐるみでの隠蔽があり、事件の発覚が遅れました。


 おばあさんは情状証人として裁判に出頭しましたが、事件が重大すぎたためにあまり意味はありませんでした。

 

 田舎の村が発端となった大事件は日本中を震撼させ、桃太郎事件として後世まで語り継がれましたとさ。


 おしまい。

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