第37話 “虎の尾”





   ◇◇◇◇◇



 ――カッゼルー




「……まあ、とりあえずお礼を言っておくわ」



 “ルー”というドワーフ女の店を出たところで、エリスはビン底の眼鏡を掛け直しながらポツリと呟いた。



「いや? 別に? 自分の装備だしな。ルーさんはかなり太っ腹だ! “答え”の魔法陣をプレゼントしてもよかったくらいだな」


「その“答え”と言うものはどう言ったものなのかしら? もうすでに完成品に見えるのだけど?」


「……ふっ。俺なら全ての武具に《成長》を付与する」


「……“成長”?」


「ああ。使用者の経験を蓄積するようなものだな。経験則から武具が使用者の一部になるような補正を……。ルーさんの武具はかなり高価だ。一生ものの武具と一緒に成長していければ、たまらんだろ?」


 エリスはゴクリと息を呑む。


 “そんな事が可能なのか?”とでも言いたげだ。


「確かにルーさんの魔力量はかなり薄かったが、一つくらいなら可能だろう」


「違うわよ。無属性魔法ってそんな事が可能なの?と困惑しているの……」


「可能だ。無属性魔法は世界の理(ことわり)に触れるものだからな。古代文字の解読が必須だが……」


「……こ、“古代文字”……って、」


「まっ、ルーさんなら“あの魔道具”からヒントを得られるはずだ。……心配するな。ちゃんと対価は払ってる。“まだ走れる”って事がわかっただけでルーさんは満足だろうし……」



 流石にタダでもらう事は俺の良心が……というより、最高の仕事には対価を払わなければならない。


 そうしないと“俺”が気持ち悪いので、3つだけ魔道具をルーに差し出したのだ。



 俺の言葉にエリスは呆れた様子で「はぁ〜……」と小さく息を吐き、言葉を続ける。



「ただの通信用魔道具……、あとはどこにでもあるような“発熱の魔石”と“冷却の魔石”ではなかったかしら? 私はふざけているのかと目を疑ったわよ?」


「……ハハッ。大事なことが抜けてるぞ、エリス。“アレ”は、『俺が作った』魔道具だ」


「……?」


「あの3つには古代文字の基礎が描かれてるんだよ。無属性魔法に繋がるヒントがな!」


「……もう驚き疲れたわ」


「ハハハッ! まあ、エリスには必要ない!」


「気がついてる……? アルト君、さっきからテンションがおかしいわよ?」



 エリスはフイッと先を歩き始めた。



 確かに俺は新しい装いに少し興奮している。



 簡易鎧と籠手は赤と黒。黒竜と炎竜の鱗と皮を組み合わせ、素材の《耐久》と高確率でダメージを滑らせる《回避》、最後は《貫通無効》の一級品。


 ずっと粗悪な剣を帯剣していたが、これまた《斬鉄》と《耐久》、《貫通補正》の特別仕様……、ミスリルを使った細身の短双剣だ。


 ローブや衣服も装備に合わせ、黒と赤を基調としたものに変更した。正直、仕様にはそこまでこだわりはない。



 “新しいおもちゃ”がカッコいいってだけで俺はテンションが上がっているんだ。もちろん、双剣はレイラの【錬金術】を変えて普通の剣に変形するようなものに仕上げるつもりだ。



(ふっ……ククッ! 最高だな……!!)



 ともかく気分がいい。

 世界は広いのだなと見識が広がるのが心地良いのだ。


 ――アルト君にはレイラさんの紅を……。レイラさんにはアルト君の紫にしましょう。あの“勇者”には、レイラさんはアルト君のモノと初めから示した方がいいわ。



 エリスの気遣いも要因の一つだ。


 レイラも新装備にご満悦で、先程から白地に薄紫の刺繍があしらわれているローブを握りしめ、「ふふっ……」とニヤニヤが止まらない様子。


 ローブの中の衣服は赤ベースに黒の装飾のものが多く、腰元のレイピアは白銀の柄に真っ黒の暗黒竜の牙を加工した切先が黒という珍しいレイピア。




 ――はぁ〜……ご主人様に包まれているみたいです!



 レイラは本当に嬉しそうにはしゃいでいた。

 「エリスさん。悪くないセンスです!」などと笑いかけるくらいには単純な女なのだ。


 まあ、そこが可愛いのだが……。


 ……エリスとしてはレイラとの関係を前に進めようとしてくれたようだが、ちゃっかりと“黒と青”の組紐を懐に入れたとを見てしまった俺は、苦笑がレイラにバレないように必死だった。



 Aランクどころか、2人ともSランクの冒険者のような仕上がりとなった。


 ルーはだんだんと顔を引き攣らせていたが、「も、もってけ、こんちくしょぉ!!」と最後には半泣きで俺たちを見送ってくれた。



 レイラではないが、勇者たちと合流などしなくとも、このまま魔王討伐に向かうのもいいかもしれない。


 流石に情報不足だが、四天王の一角を隷属させているし不可能ではないと思う……。



 ポワッ……



「とはいえ……まあ……。俺は護衛だし、エリスの考えを尊重しないとな……」


 護衛なのだから《魔力感知》は常態的に使用している。俺が誰にも聞かれないようにボソッと呟けば、



 クルッ……




 ほぼ同時に振り返ったエリスは見るからに顔が白い。



「……アルト君。レイラさん。どうやら厄介なことに……。勇者がもうこの地に来ているみたい……」


「それの何が問題なんだ? ……ここが集合場所ならいても不自然ではないだろ?」


「……大問題よ。私が“後に来た”という事実が……。まさかこんなに早く来てるなんて……誤算だわ」



 エリスは顎に手を置いて何やら思考し始めると、クイクイッと裾を引かれたので振り向いた。



「ご主人様? どう言う意味なのでしょう?」


「ふっ……、今の最高の気分を一瞬でぶち壊すような男って事だろうな」


「……」


「挨拶には俺だけで行った方が良さそうだ。……おそらく宿も別だろう。レイラは先に『普通の宿』を押さえておいてくれ」


「……ご褒美は頂けますか?」


「ふっ、いい子に待ってれば、“装備を完成”させてやるよ」


「そ、添い寝も追加です」


「……あ、あぁ」



 俺は(どうせ夜中に忍び込んでくるくせに……)と言いかけたが、なんとか堪える。


 ……好都合だ。

 これからの生活を送るにあたり、勇者には聞いておきたいことがたくさんなのだ。

 

 「ん?」と少し首を傾げてからペコッと頭を下げたレイラに、「くれぐれも目立つなよ!」と声をかけると、



「えっ?」



 エリスはハッとしたように顔をあげた。



「勇者への挨拶は俺だけで行くよ。レイラが我慢できるとは思えないからな……」


「……そう」


「ハハッ……そんなあからさまにホッとされてもな」


「えっ、いや。違うの……。いえ、ありがとう……。アルト君からレイラさんに伝えてくれればいいわ。あの勇者の姿と性格を……」



 エリスは口にしながら存在感を無にしていく。

 トボトボと歩き始めたエリスは蜃気楼のように消えて無くなってしまいそう……。




 ガシッ……




 俺は前を歩き始めたエリスの肩を掴む。



「……ア、アルト君?」


「え、いや……別になんでもない……」


「……ふふっ。おかしな人……」



 また歩き始めたエリス。

 俺に“作り笑い”をするとはいい度胸だ。


 悪態の一つも飛んでこない。



(さて……。どう動くか……)



 きっと俺は悪い顔をしているだろう。


 勇者には“前科”がある。

 ディエイラ王国に四天王“アーグ”を放ったのは勇者なのだ。あちらの出方を様子を見るが……、そりゃ、護衛騎士として仕事をしないといけないだろう。

 


 


   ※※※※※



 ――カッゼルー 高級宿「癒しの金華」




「ゆ、勇者様! おやめ下さい!」



 宿の店主の声が響く。



「……誰に指図している? 俺は世界を救う勇者だぞ?」


「で、ですが!! こ、この店の従業員が“そのような行為”で奉仕する事はありません……!」



 店主は3人の従業員を守るように立つ。


 美しい容姿をしている3人の女性。その制服は引き裂かれ、身体にはアザができ、カタカタと震えながらポロポロと涙を流し続けている。



「ハ、ハハッ……そうか。いやいや、悪かったよ……。そちらも望んでくれているのかと勘違いしてしまったんだ」


「……えっ」


「すまない。どうも“出発前”は気が立っていて……。魔鏡大陸は本当に過酷な場所なんだ。魔物もこの大陸とはわけが違う……。君は行ったことがあるのかな?」


「……い、いえ」


「勇者である重圧。世界を背負っているという自負……。様々な苦悩に押しつぶされそうになる。そう言った気持ちを理解できるのかな?」


「……ゆ、勇者様?」



 ニコニコと好青年に変貌した勇者に店主は顔を引き攣らせる。部屋の中はぐちゃぐちゃに荒れており、その笑顔はこの空間には異質なものに写ったのだ。



 勇者はニッコリと微笑んだまま小首を傾げる。



「僕の邪魔をするというのは、世界が救われなくていいと言っているような意味合いがあるんだ」


「えっ、いや。そのようなつもりは、」


「謝罪してくれるかい?」


「えっ、あっ……。……も、申し訳、」



 ガンっ!!



 勇者は頭を下げた店主の頭を床に叩きつけた。




「俺の邪魔をするなら親でも殺す……」




 ニコニコと笑っていた勇者の面影は一切ない。この場合小国の王子であるアーサーの言葉は国王陛下ですら、その手にかけると言うことを意味する。


 何も写していないような金色の虚な瞳。

 少し癖のある暗い金髪。

 端正な顔には傷一つない。


 “アーサー・イリア・メディロード”。



「あーあ。汚れちゃったよ。お風呂に入らないと……。ねぇ、ちゃんと綺麗にしておいてね? 僕が身体を洗い終わる前にさ……」



 何事もなかったかのようにニコッと笑う姿に、3人の半裸の女性はコクコクと頷き、そのうちの1人はジョワァッと失禁した。



 “僕”と“俺”と一人称を変える姿は、まるで二重人格者のよう……。

 

 “世界最強と呼ばれるの武力”。


 この世界の勇者は、心に悪魔を飼う。


 恩恵(スキル)【人類の憤怒(ヒューマン・ラース)】。


 アーサーは疑わない。


 自分は人類が魔を討ち滅ぼすために生まれた存在なのだと……。自分こそが人類の頂点なのだと……。



 “もしかしたら……”。



 そんな事は考えない。

 魔王軍四天王“破壊のアーグ”に対し、床に頭を擦り付けた事など覚えてもいない。『仮初(かりそめ)の人類最強』だという事実を、アーサーが疑うことなど天地がひっくり返ってもありえないのだ。


 






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