第31話 ハイルの調略
――王都
「ヴァルカン様……。とりあえずオーウェン様には連絡しておきましたが、どうするおつもりですか?」
高級酒場「夜蝶」への道中。ハイルは鼻歌混じりに王都を闊歩するヴァルカンに声をかける。
「……そうか」
「ヴァルカン様……?」
「ふっ、とりあえずマーリンは重要人物なんだろ?」
「それはそうですが……」
「マーリンが何者なのか、真意はどうなのか……。俺も“見えねえ”。……一つ言えるのは、ここまで統率されてる組織を前に、ただの好奇心では近づけねぇって事だ」
ハイルはヴァルカンの言葉に押し黙る。
何も考えていないようで考えている。
ハイルは、無策で乱暴に見えるヴァルカン・エイドはその実、1番の忠臣のようにも思っている。
“割り切る能力”において使用人の中で比類なき人物。
ヴァルカンは「仕方がない」という一点において、誰よりも諦めが早い。それは同時に、「ならば、」を即座に導き出せる人物であるとも言える。
(……掴めない人だ)
ハイルがそう思うのも仕方がない。
使用人はアルトに頼る事を良しとしない。その次、その更に次……。失策があったとしてもアルトのためになる上策を提示することが使用人たちの総意。
「YES」or「NO」。
アルトに報告する場合、使用人たちはそのどちらかで答えられるようにアルトに報告をする。
それは執事長であり、まとめ役であるオーウェンの影響が大きいし、ハイル自身もそれが最良であると思っている。
アルトが関与していない『小事』において、そのどちらかで答えられない質問など、時間を搾取する行為に等しい。アルトの時間を奪わないためにも、有事の際以外では盤石な体制を築くのは部下の勤めなのだ。
しかし、例外は存在する。
レイラリーゼ・ラスティン。
ヴァルカン・エイド。
“ヒューズ・ドノカリヴァ”。
この3人はアルトの時間を奪うことに躊躇がない。
アルトが孤高である事は事実だが、孤立しないのはこの3人の影響が大きい。
レイラはアルトと「一緒にいる事」を至上とし、ヴァルカンは「アルトの判断」を至上とする。現在、勇者について調査しているヒューズに至っては、“アルトを悩ませる事”を至上としている。
(……なんだかヒューズ様に似て来ましたか)
ハイルは「ミーガンの旦那! もしかしたら辞めさせてもらう事になるかもしんねぇわ、ハハッ!」などと、高らかに笑うヴァルカンの背中を見つめながらそんな事を考えた。
兎にも角にも、時間は限られている。
ハイルにとってはこのわずかな時間で全てをまとめておきたい。
現在、ミーガン公の領地内にある小都市にて「実験」をしている。身分制の廃止とまでは行かずとも、平民でも有能な人材を幅広く受け入れ、独自の社会体制を築くと言う、「国取り後」への備えの一つだ。
グリーディア商会で得た私財で、空き家の改築、空き地には建築。手当たり次第に孤児院を乱立させ、学ぶ意欲のある者を積極的に受け入れる。その中で読み書き算術を教育し、優秀な人材を“生み出す”事に力を注いでいる。
仮想「王都」。
まだ年単位での結果は出ていないが、事前に準備を行っていたハイルの計画は予想以上の成果を得ている。
“平民だから”と言う理由が通用しない一つの社会構築。
学ぶ事に飢え、這いあがろうと足掻く孤児たち。
『この王国は“ギリギリ”だったのだ』
期間は短すぎる感もあるが、この状態が半年も続けば立証が済むと言えるほどには、ハイルの統治する小都市は活気に満ちている。
今の急務は、『器』の選定。
大陸全土を盤上にした時のハイルの一手。
社交界での淀みと混沌。他国との兼ね合い。
本来であれば、使用人の誰かがその席に座るのがハイルはベストであると考えていたが、それを良しとしない“解散時”にアルトが提示した盤上と楔(くさび)。
(残されたのは、この3名ですが……、やはりここはアナタしかいないでしょう……)
ハイルはヴァルカンに質問責めを行っているマーリンに視線を配る。
「……ハイル・ミュラーがあなたの助手を勤めましょう」
ポツリと……でも確実に耳に届く声量でハイルはマーリンに声をかける。
この発言に目を見開いたのは第3王子アルバートであり、「ふふっ……」と怪しく微笑んだのはマーリンだ。
「……何を、どこまで知ってるのかなぁ〜? もう怖いくらいだよ」
「おおかたの事は存じています」
「……確かに面白い申し出だけど、」
「ハイルは弟子です。“アルト・エン・カーティスト様”の……」
「……」
「“魔術の深淵を覗く者の1人”と言った方が魅力的でしょうか?」
「……やだやだ。こっちは150年かかってるんだよぉ? それをこんな“お嬢さん”に……」
「なおさら会いたくなるでしょうね……“先生”に」
「……でも、ダメなんだ?」
「邪魔は許しません。先生の事なので、更なる深淵を見ているのでしょう……。ですが、失礼ながら……、このハイル・ミュラーで充分かと……」
ハイルはマーリンの前に立ち、スッと首元を指差した。
「随分とまあ……“無駄が多い”ようなので」
マーリンの背筋はゾクゾクッと打ち震える。全ての魔法理論を突き詰め『言語』を落とし、その身に刻んだ。
白衣で隠れていないその魔法陣を一目見て、「無駄が多い」と言われるなど思ってもみない。
マーリンの頭には作物回復薬(グリーンポーション)の全容がよぎる。徹底された“無駄”の排除。組み合わせの多彩さ。その裏に見え隠れする知識量。
それを生み出す無属性の魔法陣。
試作の魔法陣ですら、マーリンは衝撃を受けた。
『美しい』
ただ、それしか思わなかった。
おそらく、完成系ではないその魔法陣を組み上げたマーリンは胸が高鳴って仕方がなかった。
そして……、
(……なんて頭の回転してるのよ)
目の前で小首を傾げるハイルに驚嘆する。
“この小娘”には『無駄な言葉』がない。
常に相手に思考させるような言葉しか吐かない。おそらくまともに会話できる者すら一握り。
でも、マーリンにはわかってしまう。
その意図と裏側が……。
自分は抗えない。
この欲求と好奇心に。
自分を突き動かす物に……。
そして、それすらも見透かされている事に。
クルンッ……
ハイルは黙ったままのマーリンにダメ押しを。
マーリンが自ら彫った首元の魔法陣の改良型を宙に描く。
「……ッッ!!」
一瞬にして驚嘆し恍惚としたマーリンに、ハイルは呟く。
「アナタがこの王国を導くのです」
マーリンはドクンッドクンッと鳴る心臓が痛かった。もうどうとでもなればいいと半ば投げやりに唇を噛み締め、スッと頭を下げた。
「……“ハイル様”。私に魔術を教えて下さい」
「……いい返事です」
ハイルのマーリン調略が完成となる。
マーリンはその魔法陣の美しさに魅せられる。そこに自分も行きたいと強く願ってしまう。なぜ、そこに“解読不可能なはずの古代文字”を組み込む発想に至るのか……。
そこには『新たな言語』がある。
読み解きたい。紐解きたい。
魔術の全てを……。そして見出したい。
自分だけの『言語』を……。
マーリンは抗えない。
探究心だけで生きながらえて来た狂人は首を垂れた。
新たな可能性を提示する“小娘”に。
「で? ……アナタはどうします?」
宙に描いたままの魔法陣を食い入るように見つめ始めたマーリンを他所に、ハイルは声をかける。
「……未来の話をしよう。情報の擦り合わせを願いたい……」
「……いい判断です。“アルバート”」
ハイルは少し先を歩いているミーガンとヴァルカンに追いつこうと足早に歩を進める。
ただでさえ色白なハーフエルフの顔は青ざめ、20歳前後の見た目をした150歳の老婆は「あぁ。天才だわ」などと、まるで、子供が蝶々を追うように宙に手を伸ばしているかのようだった。
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