第29話 ……ふっ、だからか。
◇◇◇◇◇
――王都
「さてさて……んじゃ、王宮に行くか? できれば、この首はエリスの手柄に……」
サラサラァ……
俺がエリスに生首を差し出すと、生首は灰のように消えた。おそらくはマリューの眷属となり、色々と情報を吸い上げている頃だろう。
こちらに残っていた魔力の残滓が消えた証拠だ。
「……先程の炎系スキルの男性は知り合いなのかしら?」
エリスは塵と化した生首をスルーして小首を傾げる。
「よくわからなかったが相当な手練れだったな?」
「黒竜を消した人は?」
「さぁ? アレは完璧な無属性魔法だった」
「…………そう」
エリスはそう呟くと王都を歩き始める。
正直に答えても別に構わないが、エリスに貴族であったと伝えるのは少し伝えづらい。
エリスにとっての貴族は、俺にとっての強姦魔と同じようなものだろうしな……。
「「…………」」
俺たちは無言で王都を歩き続ける。
王都の住人たちは、「何がなんだったんだ?」と空を見上げて騒ぐばかりで、聖女になんて目もくれない。
……向かう先はどこなのか?
王宮でも酒場でもない。
おおかた、歩きながら頭を整理したいのだろう。
それにしても……。
あの“バカ”は何を8割も本気を出してんだか……。
回収したのはハイルだろうが、そこまで『力』を見せたのなら、第3王子と一緒にいるのか……?
マーリンと第3王子が首謀者である可能性は2割程度か……。四天王の一角が来ていたのなら、関わるような立場にあるという事だ。
シンプルに魔王が聖女の力を危険視して送った。
もしくは、魔境大陸と貿易をしている帝国の差金か。
そこまでバカではないと思うが、勇者パーティーの誰かの線もあるか……。
(まっ……、俺には関係ない……)
この混乱で俺が取るべき行動は、レイラを回収してトンズラがベストだ。エリスには力を示したし、俺が多少は使えると判断するはずだ。
俺を雇い続けるメリットは提示した。
あとは勇者パーティーの軍資金でゆったりと世界を放浪できればいい。「他人の金で世界を見て回る」という目的は果たせるし、この王国から出れば、もう自由だ。
そもそも俺の存在の出所がない。
なんてったって、俺は『アルト・ルソー』。
万が一、魔道具が流出して、アルト・エン・カーティストに行きついても、俺の顔を知らない連中には、そうであると証明する事は不可能に近い。
元使用人共が暴走気味なのは気になるが、アイラらだってバカじゃない。
そのうち「あれ? なんか空回ってる?」と気づくだろう。声を大にして言いたいが、俺は「王国を獲る」とか「大々的に表に出る」なんて事は一言も言っていない。
まとめ役のオーウェンには、この2年で「こんなのんびりした生活を一生続ける」などと言って聞かせたし、俺は悪く無い。勝手に「わかってますぞ?」的な感じでコクコク頷いていたが、再度言おう。
俺は悪くないのだ。
丸投げしてて悪化した感も多少ある。
だが、俺は絶対に悪くないのだ。
勝手にはしゃいでいるアイツらが悪いのだ。
(……サーシャあたりにも説明しておくか? ハイルはダメだな。ヴァルカンなんてもってのほかだし……)
オーウェンだけじゃ心許ないのも確かだ。
『俺は何もする気がないから自由に生きていけ』
うん。サーシャになら伝わるかもしれない。……いや、ハイルなら上手く俺の意図を……いや……無理かな? めんどくさッ……。
(やっぱ、逃亡一択だな……。あとは知らん!)
兎にも角にも、1番会いたく無いのがマーリン・ノッド・ベアベル。次に会いたく無いのはヴァルカンだ。ハイルには話を聞いておきたいが、2人に接触するくらいなら余裕で出立したい。
で……、お前は今、何をどう考えてる?
俺は無言で先を歩き続けるエリスの背中を見つめる。顔色をうかがおうにも分厚い眼鏡でそれは叶わない。
でもまあ、指先や呼吸、歩き方。
情報はいくつも散らばっている。
クルッ……!!
次の言葉はきっと……、
「アルト君。誤魔化さないで答えなさい。……あなたは何者なの?」
(アルト君、アナタは何者なの?)
あらら。一言抜けたか。
でも、そう尋ねるように仕向けたのも俺だ。
相変わらずの分厚い眼鏡。パッとみれば、「地味」という感想しかない聖女がクルリと振り返り俺を見つめる。
「俺は、“魔道具マスター”さ!!」
キラッという効果音がピッタリの完璧な笑顔……のはずだが……、
「“誤魔化さないで”と、そう言ったのだけど?」
この聖女様には通用しなかったようだ。
なんだか俺が空気を読めて無いやつに見えるじゃないか。って、ご立腹ですか?
「ふっ……」
「もう笑い事では済まされないわ。“殺すか?”……そう言ったわね。今一度問うわ。なぜ殺さなかったの?」
「聖女殺しなんて大罪で人生を終えたくないだろ?」
「アナタならいくらでも逃げられるでしょう? もういい加減にしてくれるかしら? アナタは何者なの?」
「“何者”と言われてもなぁ〜……。魔道具を作れる。無属性魔法も時間があれば……。何度も言っているが、俺は王侯貴族に目をつけられず、それなりに楽しく生きて行ければいいだけの『冒険者A』だよ」
「アナタが望めばいくらでも財も栄誉も手にできると思うのだけど?」
「“栄誉”なんて足枷だ。財を成したところで俺には金を使って成したい事がない」
「……」
「のんびりゆっくり時間が流れるのを眺めているだけになるだろうな。……それなら、少しは冒険者らしい事をして働いて、対等な関係の友達を作って楽しく暮らせた方がいいだろ?」
「ではなぜ、護衛騎士になどなったの?」
「ハハッ! お前が脅したんだろ? “バラしたら殺す”って! “強姦されたと通報する”だったか? ハハッ、今考えても無茶苦茶な女だ」
「……それほどの力があれば、私から逃げる程度、どうとでもなるでしょう?」
キュッ……
エリスは自分のローブを握る。
顔色は一切変えない代わりにコイツは指に感情がよく出る。注視しないとわからない程度だが、確かにローブを握り不安を押し殺している。
やっとここに行きついたか。
やっと本題に移れるってとこだ……。
「お気に入りの受付嬢がいるんだ」
「……えっ?」
「アクアンガルドの冒険者ギルドに、気になる女がいる」
「……」
「その子が地図マニアで、世界地図を作ったら結婚してくれるって言うから、勇者パーティーの財力と武力を利用しようと思ったんだ」
「…………」
「……レイラには内緒にしろよ? ふっ……、アイツに知られたらその子は殺されるだろ?」
「……そぅ……ね」
エリスはポツリと呟き、また歩き始めた。
ニーナを利用するようで申し訳ないが、これがベストだろう。
俺としてはエリスの気持ちに応える気がない……いや、『今のエリス』に気持ちをぶつけられても、考える気がないと言ったほうが正しい。
かと言って、レイラを理由にすればこれからの旅に支障が出るだろう。
エリスの気持ちは勘違いによる物が大きい。
苦い過去のトラウマで壁を作り、誰にも頼れないエリスにとって、友情も愛情も、感情の答えに対する母数が少なすぎる。
もし、本当に俺を好いているのなら、さまざまな感情を学んだ後に言って欲しいものだ。
何が言いたいかって……。
俺はちゃんとエリスを救ってやりたいと思っている。
本当の旅の目的なんて、これしかないだろう。
いや、世界を見てまわりたいのも理由ではあるが。
でも、世界の理不尽に苦しみ、世界の犠牲となっている地味聖女が、本物の聖女だと証明してやりたい。
労働には対価が与えられて当然だ。
手を差し出したのは俺。
俺は、『俺のため』にちゃんと責任を果たしたい。
この“悪友”が、誰の目も気にせずに笑顔を浮かべられるような、そんな未来を“俺”がみたいのだ。
――幸せになりたいと願う気持ちだけが平等なの。
いつだったか母に「なぜ母さんはいつも笑顔なの?」と聞いた時の答え。この世の不条理の果てに死んでいった母は誰よりも強い人だったのだと今は思う。
「……ふっ、だからか。だから護ってやりたいと……」
『力』はあれど、人類最弱の聖女様。
背筋をピンッと伸ばして俺の前を歩く姿を見つめながら、(どうやら俺は、『不幸を受け入れている人間』が放っておけないらしい)と苦笑した。
「……アルト君? 何か言ったかしら?」
「ああ……。“今後の予定はどうなるんだ?”と聞いたんだ」
「私の気持ちを踏み躙り、残酷な事しか言わない“悪友”には教えてあげないわ。レイラさんに報告させてもらうから……」
口をムッとさせてフイッと先を歩くエリス。
1人でもそうやって感情を出せる相手が増えればいいと、俺は「ふっ……」と小さく笑ったが……、
「いや、冗談でもそれはやめろ」
俺は慌ててエリスの隣に並んだ。
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