第19話 王都「使用人会」




  ◇◇◇【side:オーウェン】



 ――王都の高級酒場「夜蝶」



 アルト様が王都に到着する前日。

 一足先に王都の内情を探ろうと、私はアルト様が制作した通信用魔道具で“同僚たち”に連絡をとり、王都で酒場を経営している元メイド長“サーシャ・ロビンソン”の店に集合をかけた。



「……で? なぜハイルがここにいる?」



 私は開口一番にハイルに声をかける。


「あぁ。ハイルはアーグリッドのオッさんの推薦で王宮で内政に関わる事になったんだよ。まだ知らねぇと思って俺が連れて来たんだ! ビビったか?」


「……ヴァルカン。お主には聞いていない」


「んだよ。いいじゃねぇか、ちゃんと成り上がってんだしよ」


「……ヴァルカン、貴様。ミーガン公爵にアルト様に関して何か喋っていないだろうな?」


「え? あ、ああ。別に? 流石に名前は出してねぇよ」


「……後で詳しく話すのだぞ?」


「……サ、サーシャ! エールくれ!」


「ヴァルカン? じゃあ、先に私に聞かせてくれるかしら? あなたは全く信用できないわ」


「め、目が笑ってねぇんだよ! おい、“マリュー”! お前の母ちゃん怖ぇよ!」


「ヴァルカンさんが悪いかも! “アル様”に迷惑かけたら許さないかも!」


「ええ。その通りよ、マリュー。偉い偉い」


「えへへっ! マリュー、賢いかも!!」


「……で、詳しく聞こうかしら? ヴァルカン?」


「さ、さっさとエールをくれ! ちゃんと話すからよ!」



 まったく……。

 ヴァルカン・エイド。腕は使用人の中でも随一なのに、頭が本当に残念だ。スラム街出身とはいえ、アルト様に教養を与えられたというのに……。



 ふぅ〜……、厄介な事になっていなければいいが……。



 小さくため息を吐き、私は再度ハイルに視線を向けた。


 アルト様に“王都に送られた”のは、元カーティスト家私兵団の団長、現ミーガン公爵家の特異私兵団の副団長に登り詰めたヴァルカン。


 そして、元メイド長にして現酒場の店主として王国中の情報を吸い上げているサーシャと実娘“マリュー”だけだったと記憶している。


 この場にハイルがいる事は、それ相応の理由がなければ容認はできない……。


「……で? ハイルよ。許可なく、グリーディア商会を離れた弁明は?」



 “ハイル・ミュラー”。


 ブラウンの髪を短く切り揃えていて、虚無を滲ませるブラウンの瞳。


 アルト様特製の“鑑定眼鏡”の魔道具をかけたいけすかない小娘だ。この何を考えているのかわからないポーカーフェイスは健在のようだが……、私は、この眼鏡越しのブラウンの瞳が気に入らない。


 私を差し置いて、アルト様に全てを教えられたこの女がレイラリーゼ以上に大嫌いだ。


 出立前の記憶も飛んでいる。

 おおかた夕飯に薬を……とそんな事はどうでもよい。


 もう嫉妬に駆られて仕方ない。

 右腕の私を差し置いて……ぐぬぬっ!!


 この女はアルト様の唯一の『弟子』。

 製薬に関する知識と無属性魔法の使い方を徹底的に仕込まれた唯一の使用人だ。


 ただ、ちょっとばかり魔力操作と頭が良かっただけのくせに……、本当に面白くない女だ。



(ほら、さっさと弁明しろ。アルト様の決定に従わぬのなら、この場で処理するしかないだろう……がなっ!!)



 ハイルは少し小首を傾げると、眼鏡をクイっと直し、ポーカーフェイスのままゆっくりと口を開いた。


「グリーディア商会を離れたわけじゃないですよ? グリーディアに関しては完璧に掌握してますから、ハイルの思うがままに動けます」


「……かと言って、アルト様のお考えは常に配置につき、その身を置く事にあるだろう? 貴様が王都にいれば、突発的な事案に即座に対応できないのではないか?」


「転移の魔道具を作りましたので大丈夫です。……それに、“先生”のお考えはもっと深いところにありますよ? オーウェン様」


「……はっ?」


「ご自分で仰ったではないですか。“私どもは今一度試されている”と……。先生が“表”に出るのは、世界を獲る算段が出来てからです」


「……」


「このディエイラ王国の掌握など、先生には3ヶ月もあれば事足ります。本来、ハイルたちの力など必要と致しません」


「しかし、この盤面は、」


「確かに、使用人の配置は完璧と言う他ないでしょうが、他に気づく事はありませんか?」


「だからこそ、」


「ですから……、ハイルたちの成長を加味すれば、“この腐敗した王国などお前たちだけで攫ってしまえ”とおっしゃられているのと同義ですと言っています」


「なっ……!!」


「朦朧したのなら先生の右側の席を譲って下さいますか? オーウェン様」



 ハイルは無表情のまま小首を傾げる。


 この小娘……。この2年ですっかり貫禄を醸し出すようになったものだ。出会ったばかりの時のアルト様のような雰囲気……クソっ! な、なんなのだ! この2年でどれだけ……!!


 いや!! だが、側でアルト様を見て来たのは私だ。考えをいち早く察知し、その都度最善を選択して来た自負がある。



「貴様に一体何がわかる? この2年間。持ちうる技術で世情を観察し、打つべき手を、」


「ご冗談ですよね? これ以上、失望させて欲しくないのですが?」


「なに?」


「先生は冒険者となりゆったりと過ごされた事でしょう。それは身分証さえあれば、他国への往来が自由となるからです」


「……」


「その段階でオーウェン様は即座に動くべきでした。あなた様の変装技術を活かさなくてどうするのです? 2年もあれば貿易船に乗り込み、他大陸に足を伸ばす事も容易だったはずですよね?」


「……っ」


「アクアンガルドを選んだのは『聖女』だけが原因だったのでしょうか? ……オーウェン様。『好きなところ』こそが、先生がオーウェン様に与えた場所ですよね? “『右腕』という居場所”は捨てたのですか?」



 私はハイルの言葉に言葉を失う。


 この退路を塞いでくる正論。

 心を抉るようなポーカーフェイスにアルト様の真意を今一度問われている気分だ。



「先生が示す道をなぞるだけですか? 先生がただ言いなりとなる『駒』を欲しているとでも? 先生は口にしないですが、とても寂しがり屋で孤独なのは理解していますよね?」


「……」


「そばに居られるのは、先生が“制御しようとしないレイラ様”だけで充分なのです。オーウェン様が使用人たちをまとめ上げ、この2年間、絶妙なバランスを保っていた事も理解はしています。ですが、それを足枷に思う者も多かったはず……」


「私は……」


「使用人たちを信用して送り出した先生を愚弄する行為ですよ? 自ら考え、先生に更なる“盤面”を提供するのが、ハイルたちの使命……」


「そっ、」


「……?」


「そばに居たかったのだ! 仕方がないだろう!? 私が幸せそうに笑っておられるアルト様から離れる事などできるはずがないのだ!!」


「…………」


「お前の言葉は正論だ。なにも間違ってはいない!! だが、お前はいつも正論すぎるのだ! 人間には感情がある! それすらも利用し、掌握する……。アルト様の何を見て育ったのだ!!」


「……そ、それは、」


「お前はいつもそうだ! 『人』を理解できない! 正論を振り翳し、屈服させる……。一見、正しいようでいて、お前より能力の無い人間を蔑ろにする行為は、人に負の感情を抱かせ、破綻させる」


「……っ!」


「“無能は切り捨てればいい”と見下しているのだ……。確かに貴様の言い分は理論的でそうすべきであったと後悔もある! だが、それを許容し優しく導かれるアルト様のなんと温かい事かッ!!」


「オ、オーウェン様……?」


「……アルト様の『弟子』である自覚はあるのか? それこそが、貴様がこの2年間で身につけるべきものであり、アルト様の子飼いであるグリーディア商会に送られた真意なのではないのか!?」



 ハイルのブラウンの瞳が揺れる。

 ハイルが動揺する姿を初めて見た私は、途端に冷静さを取り戻す。


「……そ、そうかもしれません……が……、先生は……」


「い、いや、確かにハイルの言う通りであるとも、」




 パチンッ!!!!



 勢いよく叩かれた手に視線を向ければ、サーシャはニッコリと笑っていた。しかし、目は一切笑ってはいない。



「“アル様”の心の内を探るなど、私たちには叶わないですよ? オーウェンさんはオーウェンさんの。ハイルちゃんはハイルちゃんの。……それでいいのではない?」


「「…………」」


「きっとアル様はそこまで見透かし、この議論のぶつけ合いで更なる成長を望んでおられるでしょうし……」


「……サ、サーシャ様は人が悪いです。各国の要人御用達の高級酒場を築き上げろとまでは言われていないですよね? みんなには黙っているようですが、冒険者が利用する大衆居酒屋や王宮の衛兵か使う中級酒場まで、」


「ハイルちゃん? 頭が良すぎるのも考えものね? 私はアル様に『気立ての良いお前は酒場や飲食店を経営すればいいと思う』と、王都と最西、最東の3つの土地を与えて下さったの。ターゲットに合わせた情報収集は必須でしょう?」


「……先生はサーシャ様にはマリューちゃんとの時間をゆっくり作ってやりたいと、常々おっしゃって、」


「アル様のお役に立ちたいもの。出来ることは何でもするでしょう?」


「……は、はぃ」



 ハイルはサーシャの圧に負けたかのように口を閉じたが、カウンターで1人エールを煽っている男はグビッと飲み干してクルリとこちらに向き直る。



「なぁんか小難しいんだよ、お前らは昔から! 別にいいじゃねえか! “アルト”は俺らに自由を与えて何をしでかすのかを楽しみにしてんだよ。そこには正解も間違いもねぇさ! 1人1人の答え、全部が正解なんだよ」


「「「………」」」


「どんな事したって怒らねぇさ。アルトなら、“ったく……お前は……”なんて苦笑しながらなんとかしてくれるさ」



 ヴァルカンの言葉にその場の者たちは黙り込む。頭を使ってないくせに、真理をつく。


 そのイメージが容易に……。

 ヴァルカンは人間的にアルト様を理解しているような気がしてしまう。


 だが、だからと言ってここで押し黙ってばかりもいられない。



「明日……アルト様が聖女と共に王都に入る。細かい情報の擦り合わせを頼む……」


「……ふふっ。じゃあ、お酒と料理を並べますよ。久しぶりの再会なので楽しい方がいいですよね? マリュー。お手伝いを」


「はぁい! ママ!」


 私は深くため息を吐く。

 相変わらず、サーシャには頭が上がらない。ハイルにも能力では叶わない。武力ではヴァルカンには及ばない。



 はぁ〜……私は本当に至らない事ばかりだ。

 申し訳ありません、アルト様……。



 久しぶりに顔を突き合わせて頭が冷えた。

 重要なのはアルト様のためになる事だ。


 この2年間。

 老人に扮してばかりで、すっかり勘が鈍っているらしい。こんな私ではアルト様の『右腕』にはなり得ない。



 今一度、しっかりと気を引き締めなければな。


 私は並べられた豪華な料理を前に口を開く。



「では、まずは王宮の内情を聞こう……」





 

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