〜1章〜

第6話 うん。臆病者にはなりたくないな。




   ◇◇◇◇◇



 ――2年後 辺境都市「アクアンガルド」




「よぉ、アルト! 今日も薬草採取か?」


「ああ。俺のスキルは戦闘に向かないし、ステータスも並だからな。採取系のクエストが合ってるんだよ」



 声をかけて来たのはスキンヘッドの男“グリード・ベンジャルーガ”。


 アクアンガルドの冒険者たちの中で一目置かれている男であり、この街を訪れた初日に盛大にケンカをしていた男だ。



「“グッさん”は今日も討伐系か?」 


「カッカッカッ! 今日は山脈のワイバーンの群れだ」


「おお。流石! Bランク冒険者は大変だな」


「いや、俺はまだまだ上を目指すぜ? あの“クソ女”はAになりやがったし、俺も負けてられねー」


「ハハッ。応援してるぞ! 俺はいつもグッさんに賭けてんだからな」


「カッカッ! 次も負けねえからよ!」



 俺はグリードに手を挙げて、森へと向かう。


 『グリードvs.ジルーリア』


 アクアンガルドの冒険者の中での名物であり、皆が2人を知っている。いつも無表情でクールなジルーリアと、気さくで豪快なグリード。


 2人は出世頭にしてライバル。

 今のアクアンガルドの冒険者の中心だ。


 ジルーリアを男だと勘違いしたりしてたのも昔の話だ。顔に切り傷、ショートカット、スラリとしたスタイル、ボーイッシュな装備なのだから、勘違いしても仕方がない。



 ここでの生活ももう2年ほど経ち、俺は18になった。


 

 不安材料だったオーウェンとレイラも、拍子抜けするほど上手く順応している。


 ただ、「なぜグリードのような中心人物と話しているのか?」という“冒険者A”らしからぬ行動をしているのかを説明しておこう。


 それは、ただ一点。

 俺に付加価値がついてしまったからだ。


 「めちゃくちゃ美人の妹がいる平凡な冒険者」


 これが今の俺の立ち位置となっている。


 レイラは嫌でも目立つ。

 俺はレイラより顔と身体が整っている女を知らない。



 ――兄と妹は一緒に買い物をしたり、お風呂にはいったり、一緒に寝たりするものですよ、“お兄ちゃん”。



 暴論を振りかざし始めたレイラは、今ではすっかりブラコンとして有名になっている。男共は俺に取り入り、レイラに近づきたいヤツらが殺到する始末。


 まあおかげで不快に絡まれたり、俺に対して嫌われるような行動をとるヤツはいない。その前に、基本的にみんないいヤツらばかりだ。


 あっ。でも、この街を訪れたばかりの頃、俺を攫ってレイラを手に入れようとする輩たちがいたか……。


 まあ、視線誘導(ミスディレクション)で姿を消し、適当に行動不能にしてゴブリンたちに処理して貰ったから問題ない。


 不安の芽は早く摘んでしまえばいい。


 とにかく、俺のスローライフは順調そのもの。



 「美人な妹がいる冒険者A」



 俺はこれを確立している。

 当初の目的通り、貴族に目をつけられる事もなければ、俺の力が露見するような事もしていない。


 冒険者登録も仕切り直したことで……いや、ニーナが休みの時を狙って済ませたので、楽な物だった。



 ▽▽▽▽▽


 アルト・ルソー[16]

 職業 剣士

 魔法 無

 恩恵 【視線誘導】

 ランク E


 △△△△△



 冒険者カードの表記にニヤリと頬が緩む。この2年でワンランクアップして今は【E】ランク冒険者。裏面には、本人が魔力を流せばステータスが浮かび上がる仕様となっているが……、



 ▽▽▽▽▽▽


 恩恵:【視線誘導】


 筋力:D

 敏捷:C

 防御力:E

 体力:D

 幸運:E

 魔力:D

 総合:D


 △△△△△△



 うん。平常だ。

 これは、元から用意していた物で偽装を済ませたステータスだ。


 レイラが《抽出》《分解》《再構築》した鑑定魔道具に俺が魔法陣を描き込んで作り上げたレプリカ。それを受付時に視線誘導を駆使して差し替え、嘘のステータスを手に入れたのだ。


 ちなみに、ステータスの更新は行わない。

 また色々と用意するのは面倒だし、俺は基本的に誰にもステータスを見せない。このステータスですら、万が一にでも“有能なんじゃないか?”と疑われた時の保険でしかない。



 森でたまたま会うモブ冒険者たちと雑談しながら薬草を採取し、時折り現れるゴブリンを狩ったり、ダンジョンの最上階でスライムを討伐したりしながら、慎ましい生活を送っている。


 ボロ宿に住みつき、オーウェンには「適当にアクアンガルドと貿易をしている国を調べろ」と言って行動を制限した。


 レイラには「普通に妹として過ごせ」と言い、俺がある程度の要望を聞いてやる事で満足しているようだ。



 なんのしがらみもない。

 常に思考を繰り広げる必要もない。


 俺は今、平和な日常を謳歌している。


 

 サァー……



 もう通い慣れたガルド山脈の麓の森に到着し、あまりの天気の良さに「ふわぁあ」とあくびをする。


 今日は森の中にある丘で、うたた寝をするのもいいかもしれない。


 ……で? 

 お前はバレてないとでも思ってるのか?


 俺が友人の到着を察知していると、背後から「わあっ!」と肩を掴まれる。


「うわっ、びっくりしたあ!」


 当然の如く、俺は驚いたフリをして対処する。


 封印するとは言ったが、地面に【黒雷】を薄く伸ばす事で周囲の警戒をしている。


 魔法を展開する方が目立つし、これは仕方ない措置。


 というのも、ゴブリン如きにびっくりしたくないのだ。

 いや、びっくりしたフリはするが、本当に驚いてしまいたくないのだ。……なんか情けなくなるから……。



 ってのは、余談で……、俺は「ったく! 勘弁しろよ」なんて笑いながら振り返った。



「アハハッ! びっくりしたか? アルト」



 コイツは俺の最終目標“カイン・ロロン”。

 全ての『普通』を体現する、「ザ・冒険者A」だ。



「なんだ、カインか。ゴブリンかと思ったじゃねぇか」


「アハハハッ! めちゃくちゃビクッてなってたな!」


「ハハッ、覚えてろよ? 明日から背後に気をつけるんだな」


「ふっ、言ってろ! 俺は不意打ちなんて効かねえからな!」


「ククッ……、昨日、角兎(ツノウサギ)が出て来た時、飛び跳ねてたのは誰だよ」


「そ、それは忘れろって言っただろー!」



 俺たちは他愛もない会話をしながら薬草を探し始めた。


 カインは少しお調子者なところがあるが、いいヤツだ。討伐系クエストに参加しない俺たちにパーティーは必要ないが、森で会えば一緒に探すし、たまには一緒に酒を飲んだりしている友人だ。



「今日、いい天気だなー」


「ああ。丘の上でうたた寝したいくらいだ」


「それ、最高だな! “魔除けのお香”持ってるか?」


「いや、今日はレイラが早く帰って来てってうるさくて」


「アハッ! レイラちゃんって、なんでアルトの事そんなに好きなんだろうなぁ! そう言えば、レイラちゃんのスキルも【視線誘導】なのか? 声かけようとしても見失うって有名だぜ?」


「え、ああ。そうなのかもな。レイラは教会に行ってないから俺もわからないんだよ。そんな事より、ジルーリアさんとは話せたのか?」


「……聞くな。この間も声をかけようとしたけど緊張して無理だったんだ……」


「ククッ……、いいなぁ。不釣り合いな相手に恋する男は」


「し、仕方ねぇだろ! 好きになっちゃったんだから! 無口で無愛想だけど、優しくて綺麗で強くて……か、完璧な人なんだよ!!」


「ふっ、ハハッ、そうだな!」



 他愛もない会話。他愛もない冗談。

 

 これが今の日常だ。


 友人と呼べる『普通の男』と恋や天気の話をしながら、薬草を探す。


 カインは俺の指針だ。

 嫌味になるかもしれないが、まさに『冒険者A』。


 もう本当に尊敬している。

 俺もカインのように恋をして、上手くいかなくて……なんて、なんでもない人生を歩みたいものだ。


 コイツは俺の夢、そのものなのだ。



「ってか、アルトはどうなんだよ!! いつも俺をバカにしてばっかで……! あの根暗そうな受付嬢と何も無いの、」




 ドゴォーンッ!!



 カインの言葉は森に何かが落ちた音に掻き消されるが、俺の頭にはニーナの綺麗な顔と、他大陸の地図についての会話が巡る。



「ニーナとは喋るけど、別にそんなんじゃ、」


「お、お、おおお!! な、なんなんだよ! 急に!!」



 カインの反応を目の当たりにして俺は我に返った。

 まず間違いなく、ここで動揺しないヤツは普通じゃない。


 この2年間で俺はすっかり気が抜けてる。

 当初はこんなミスは絶対しなかったのに、慣れとは恐ろしいものだ。


「……おおおお!! な、なんだ、なんだ!?」


 カインの真似をした俺だが、内心ではカインの反応にしか興味がない。「なんでそんな平然としてんだよ!!」なんて言われたら……?


 頭を超速で回転させ、3択を作る。



「ア、アルト! やばいぞ! 早く逃げよう!」


「ああ!!!! 早く逃げよう!!」



 よ、よかった。カインが普通で……。

 さすがだ。カイン……。それが『普通』で間違いない!


 

 即座に街へと走り出した俺たちだが、



 グオオォオオオオンッ!!!!



 魔物の咆哮に足を止めたカインを見て、俺も足を止める。



「ワ、ワイバーン……? な、なんで山脈から降りて来てんだよ……」



 顔を真っ青にするカイン。

 視線の先には3匹のワイバーンが誰かと戦っていた。



「……えっ。ジルさん……? ジ、ジルさん!」



 カインは一目散に駆け出した。

 ワイバーンの群れと戦闘しているジルーリアの元に。



「お、おい!! カイン!!」



 俺はカインの名前を呼びながら、(……恋ってなかなか面倒なものだな)などと、出会ってから初めて、“普通”じゃないカインに苦笑する。



 1人、ポツンと残された俺は深く息を吐き、



「……うん。“臆病者”にはなりたくないな」



 カインの背を追った。


 こんな些細な選択が、俺から『平穏』を奪い去るきっかけになるなど知る由もなかった。







 

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