名前を呼んではいけない神

ゴオルド

魂呼

 2023年8月。

 カクヨムの「ご当地怪談」の企画に参加したいと思った私は、ネタを探すために民俗学のノートを読み返してみることにしました。アイデアのヒントが見つかればいいなと思いまして。

 

 民俗学のノートなんですけれど、教授の好みの問題なのか、呪術や霊に関する記述が多めでした。講義自体がオカルト話ばっかりだったもんなあ。

 ちょっと変わった教授だったんですよね。おかしなものが好きとでもいうんでしょうか。ちなみに私はこの講義でS評価をいただいたんですよ。嬉しかったからいまだに覚えてるのよウケる。Sってのは学生の上位10%だったかな、一番優秀っていう評価です。学生のころの成績を社会人になってもまだ自慢するとかすっごい恥ずかしいんですけど、それぐらい嬉しかったのよウケる。

 そのとき出したレポートのタイトルは『二日酔いに一番効くのは○○だった!? ちまたで効くと評判のあれこれを試してみた』というものです。シジミの味噌汁とかジュースとかお風呂とかいろいろ試した結果、意外と葛湯が効いた気がするっていう内容です。これでSを取っちゃったけど、大丈夫ですか教授。学務課から叱られたのでは。でもあれですよ、これはね、民衆のあいだでまことしやかにささやかれている「二日酔いに効く伝承・民間療法」を身をもって検証したので、立派な民俗学のレポートなのですよね(適当)。


 そんなどうかしている教授でしたから、講義の内容もどうかしていて、その結果、私のノートもどうかしているものが完成してしまったというわけです。


 例えば……


「死霊を神に変じさせる手順」


  封鎖呪術→鎮魂→滅罪→浄化

   ↑

   ↓

  蘇生呪術


 こんなことが書いてありました。

 


 死霊を神様にするって……。

 大学でまじめに勉強する内容なんですかね、これ。

 あと蘇生呪術って封鎖呪術と対立する概念かなあ? 自分で書いておきながら疑問です。だって蘇生は魂を肉体に閉じ込めるのだから、封鎖と同じなのでは。と、思ったけど、鎮魂の過程に進まないから、別物なのかな。


 ちなみに封鎖呪術の第二段階である「鎮魂」には、4種類あるそうですよ。

 封鎖と威圧と宥和ゆうわ攘却じょうきゃくの4種類。これらを使うことで、霊を鎮めるのだそうです。


 「封鎖」は、もがりや結界など。閉じ込めること。

 「威圧」は、足踏みや叩く行為など。怖がらせること。お相撲の四股がこれですね。

 「宥和」は、誄(いのりごと。しのびごと。ルイとも読む)やお供えなど。機嫌をとること。「誄」は難しい漢字ですね。ルイって入力しても、私のパソコンでは変換できないです。

 「攘却じょうきゃく」は、祓うこと、流すこと。お盆は攘却の行事に分類されるとのことです。

 霊や魂ってどうも川を流れていってしまいやすいところがあるみたいですね。本人? の意思に反して流れちゃう。ノートにはほかにも「霊魂は水流に弱い」と思われる記述がいくつかありました。水に流すって言葉もあるとおり、流すというのは日本人的に「状態をフラットに戻す」行為を指すのに、しっくりくるのかもしれません。それが鎮魂の儀式にまで取り入れられているのは面白いですね 。

 霊魂が「流れる」というのがピンと来ない方は、逆に考えてみてください。流れに弱いということは、つまり「よどみにとどまる」のです。川のよどんだところとか、密室とか密閉空間とか。よくないですね。流れがありませんからね。これなら、なんとなくわかるような気がしませんか。おばけって、にいそうでしょう? 桃太郎もかぐや姫もそうですね。密閉空間に閉じ込められていました。桃は川をどんぶらこ……もしお婆さんが拾わなかったら、海まで行ってしまって帰らぬ人になっていたことでしょう。鬼より強い桃太郎でも、水流には逆らえません。



 少し話が逸れましたね。もとに戻しますと、上記にような呪術行為を行うことで、悪霊を良い霊に変えることができるそうです。滅罪を済ませ、浄化すると、死霊は神となり、人間の言うことを聞かせることができるらしいですよ(滅罪についてはよくわかりません、というか習ったけど忘れました、ごめんなさい)。

 とはいえ、人に使役される神だなんてねえ。それは本当に神なんでしょうか。

 霊であったものを人工的に作り替えて、神様として利用する。それはなんだかとても傲慢で罪深い行為のようにも思えます。

 なにか、うまく言えないんですけど、あまりの感じがするんです。

 宗教のほうの神は、人に言うことを聞かせる存在です。ものを盗んじゃだめだよ、とか。信者に言うことを聞かせるために教義もあります。でも、こっちの神様は人に使役される立場なので、教義もなにもありません。面倒なことは言わず、ただ願いをかなえてくれるだけの神だなんて、あまりにも都合が良すぎませんか。願いをかなえてもらって、リスクはないんでしょうか。なんか怖いような気がします。



 それでね……死霊を神にする方法の次のページには、「名前を言ってはいけない神」の名前が書いてあったんです。

 言ってもいけない、指さしてもいけないんだそうです。災いが起こるんだそうですよ。

 そんな物騒なお名前が、私のノートにばっちり書いてある。

 当時、たしか教授は黒板に1文字書いては消し、書いては消し、それを繰り返すことでその名前を教えてくださった。教授めっちゃ怯えてらっしゃるじゃないですか、オカルトとか信じてなさそうなのに。


 それぐらいヤバイのかもしれませんが。

 怖いですね。


 でも、その神の名前を知りたいですよね?

 どうします? 思い切ってここに書いてみましょうか。

 



 なんてね。




 災いが起こったらいかんので内緒ですっ!


 もうこれバルス的な。ラピュタの滅びの呪文的な感じですね。



 ……。


 ……。


 ……。


 でもねえ。


 やっぱり知りたいですよね?







今回は特別に教えてあげましょう。


その神の名は◆

 って言うわけがない。言わない言わない。安心して、言いませんから。


 でも、もしかしたら……もう読んじゃってるかもしれませんね。ええ、実はさりげなく本文にまぎれこませちゃったんですよねえ、その名前を。

 皆さんは、知らない間に、災いを呼ぶ神の名前を脳裏に焼き付けているんですよ。もう手遅れです。




 ……なんてね、嘘です嘘です。

 神様の名前、書いてませんから。本文のどこにもありませんから。大丈夫ですから。ちょっと冗談言ってみただけです。



 で、この民俗学のノートなんですけどね。

 引っ越しのたびに捨ててきたんですよね。それなのに、気づいたら本棚に戻ってきてるんですよねえ。ノートなのに「自分は本ですけど?」みたいな顔をして、本を並べてある棚にいるんですよねえ。文具やノート類のところには行きたくないんでしょうね。ダンボール箱の中や、押し入れの中にも入りたくないみたいです。すぐ出てきますもんね。本棚にいたい! という強い意志。

 あとね、このノートは時々いなくなるんですよ。どっかに出かけてるんですかね。で、帰ってくるんですけど、たまにノートの裏表紙に小さな丸が増えることがあるんです。なんなんですかね、この小丸は。今現在6個あります。丸い図形は魂を意味しますから、誰かの魂ゲットだぜ的なことなんですかね。あるいは、なんらかの災厄をもたらした成果を記しているんですかねえ。


 

 もし皆さんのおうちの書棚にも、いつの間にか見知らぬノートが置いてあったら。そこに何かの名前が書いてあったら。絶対に声に出して読まないようにしてくださいね。うっかりお子様が読んでしまわないように気をつけてください。

 もし読んでしまって、あるいは指さしてしまって、災いが降りかかったとしても、この神は宗教と無関係ですから、お寺や神社のお祓いは通じません。仏教よりも前から日本にいた神で、神道とも別系統ですから、お祓いなんてしようものならさらに怒りを買うんじゃないですかね。

 ちょっと常識を超えた存在ではあります。

 本来、神になってしまったなら、荒魂あらみたま的な要素はかなり薄れるはずなんです。それなのに禁忌となるほどの神ですから、死霊だったころの恨みを持ち続けているのかもしれません。滅罪の段階をすっ飛ばして神化したのかなあ。


 災いを起こさないでもらうために鎮魂を行うなら、封鎖と威圧と宥和ゆうわ攘却じょうきゃくのうち、封鎖か宥和にすべきだと思います。シロウトなら宥和一択でしょう。しかし宥和といっても、捧げ物には何が喜ばれるかわかりませんから、誄――褒めておだてる、それ以外に手だてはないです。どうかうまくやってください。間違っても失言しないようにね。褒めて褒めて褒めまくってから、もとの場所にお帰りくださいってお願いしてみてください。たぶんそれでうちに帰ってくると思うんで。


 まあ、それもこれも、皆さんのおうちにノートが出現したら、の話ですけども。

 念のため、ちょっと本棚を確認してみてください。


 もう、いるかもよ?


<おわり>

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