中編


Mさん:好きな野球チームとか、芸能人なら誰が好きとか……そんな他愛もない質問だったんですが、「Dは野球なんて興味ないし、芸能人で誰が好きかなんて、そんな現実じみた話題は相応しくない」って、DMで言われました。その上、「Dちゃん、配信の時間がいつも遅いから、もう少し早い時間に始めて、10時までに寝ないとお肌に良くない」「S県に住んでいるの? 夏休み遊びに行くからちょっと会わない?」「Dちゃんに似合いそうなピンクのパーカーを買ったよ。少し早いけど誕生日プレゼント。送りたいから住所教えてよ」って……


向井:それは……確かにファンの域を超えていますね


Mさん:そうなんです。最初は普通に私がわからないことに対するアドバイス程度だったんですが……段々、「Dちゃんはこういうのが好きだから」「Dちゃんはそんなこと言わない」「Dちゃんはそんなものに興味ないから聞くなんて失礼」「Dちゃんは3次元の男に興味ないから」とか……コメントでもリプでもDMでも、とにかくそういう感じで……登録者数が30万人を超えた時から、私は事務所に所属するようになっていたんですが、その事務所にも「Dちゃんの新しいコスチュームの色が似合ってない」「Dちゃんのためにもっと働けクソ運営」とか発言が酷くて……


向井:では、それが嫌で引退を……?


Mさん:いえ、この時は事務所が私を守ってくれていたのでまだそこまでは……マネージャーがこのまま放置はできないからと、モデレーターの権限をなくして、Twitterや配信サイトでもアカウントをブロックしたんです。でも、それで怒ったのか、大豆ケーキは……別のアカウントをいくつも作って……何度ブロックしても、通報しても、また新しいアカウントを作って……その繰り返しで……毎日毎日DMが止まりませんでした。


向井:DMの利用制限とかは? 相互フォロー以外受け付けられないとか、そういう設定にできますよね?


Mさん:企業からの案件の依頼とかもあるので、なかなか難しくて……DMに制限をかけても、事務所で用意したメールアドレスには、事務所の対応についての誹謗中傷が毎日のように届いていました。多分、アドレスは全部違ったけど、おんなじ人物からだろうって言われて……私はしばらく自分でTwitterを使うのをやめたんです。


向井:ああ、引退宣言をされる数日前から、運営側でお知らせだけツイートするって書かれていましたね。


Mさん:えっ……どうしてそのことを?


向井:下調べでまとめサイトを見たんです。もうTwitterのアカウントは消去されていますが、スクショ画像が残っていました。ねぇ、三森君。


三森:はい。Dちゃんは人気だったので……アカウントが削除される前に、誰かが撮ったんだと思います。


Mさん:ああ、なるほど、そうですよね。


向井:それで、運営側がツイートするようになって、何かあったんですか?


Mさん:はい。その運営がツイートするってことになって、少しはDMも落ち着きました。大豆ケーキさん以外のアンチからのコメントもあったんですけど……でも、それも本当に、多々数日のことです。私はV用のアカウント以外に、裏垢というか……完全にプライベート用のアカウントも持っているんです。こっちは、高校の頃の同級生とかとつながっている、フォロワーの数とかも20人もいないくらいのもので……一切、Vである匂わせはしていなかたんですが…………そのアカウントに大豆ケーキさんからDMがきたんです。


向井:えっ!? 一体どうして見つかったんですか!?


Mさん:わかりません。ただのお腹すいたとか、その日見たドラマの感想とかをちょっと呟く程度のアカウントだったんですが……すぐにブロックしましたが、V用のアカウントと同じように何通も何通も違うアカウントからDMが届くようになりました。でも、内容はどれも一緒で……「Dちゃんでしょう? どうして僕から逃げるの?」「無視しないで。返事をして。Dに会いに今、S県行きのチケットを買ったよ」って、気持ちの悪いDMが届いて……


向井:うわぁ……それはひどい。


Mさん:ブロックするのも面倒で、ずっと無視を続けてました。DMを閉鎖しても、鍵アカウントにしても、何をしても送られてくるんです。


向井:鍵アカウントなのに……?


Mさん:相互フォロワーになってる、あまりTwitterを動かしていない友人のアカウントを乗っ取って、そこから送ってきていました。


向井:そんな……


Mさん:どうやって突き止めたのか、当時私が通っていた高校の写真を撮っていて……それが家に送られてきた時には本当に驚きました。怖くて……怖くて……


向井:家に!?


Mさん:そうなんです。もうこれはダメだってなって、警察にも相談しました。それでVを引退することにしました。引退を宣言する文章をVの方であげて、2週間後にアカウントは全部消しました。でもアカウントを削除する直前にDMがまた来ていて……


向井:そのDMには、なんて……?


Mさん:「今までありがとう。どこに行っても、必ず君を見つけるよ。いつかまた会おう。今度は、直接会おうね」って、当時住んでいた家の庭の写真が送られてきました。それで、セキュリティのしっかりしているこのマンションに越してきたんです。


向井:それは、大変な思いをしましたね。警察はなんて……?


Mさん:相談はしましたけど、家の周辺のパトロールをしてくれた程度で……引っ越した後は、なんの音沙汰もなしでした。でも、去年の夏に大豆ケーキは、私がVを引退した後、水難事故にあって亡くなったようだって警察の方から連絡がありました。


向井:水難事故ですか……


Mさん:詳しいことは聞いていません。私はホッとしました。それまでは本当に怖くて怖くて……外に出るのも億劫になっていたんです。今は少しずつですが、以前みたいに買い物に出かけたり、図書館に行ったりできるようになりました。


向井:そうだったんですね。ところで……そんな大変な目にあったのに、どうして、今回のこの取材をお受けしていただけたんですか?


Mさん:それは……先月起きたVの自殺事件のニュースを見たからです。私は途中で見切りをつけて、最悪の事態は免れましたが……Vをやっている子の中には、誰にも相談できず、やめるという決断ができない子がたくさんいることを知ったので……私の経験が、そんな子たちの役に立てばと思いまして……。誹謗中傷とか、行き過ぎたファンによる行動で心や体を壊してしまう前に、やめてもいいんだよって、伝えたかったんです。


向井:なるほど……貴重なお話、ありがとうございました。



 * * *



 私は取材を終えて、三森くんと一緒にマンションを後にした。


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