第21話 タイムリミットまで

「別の学校に行くって、そんな……」

「無論、もう蓮也くんの住まいに居候させることもなくなる。いままで迷惑をかけてすまなかったね」


義父の言葉に俺は思わず動揺してしまう。せっかく妹達と仲良くなれたのに、これからまた離れ離れになってしまうのか。いや、もともと彼女たちが学校を卒業するまでの約束だったし、いつかこんな生活にも終わりが来るのだって分かっていた。

分かっていたはずなのだが……。


「あの子達はまだ幼い。これからは私がしっかりと面倒を見るつもりだ。だから蓮也くん、君はもう自由になってくれて構わない」

「っ……」


義父のその言葉を聞いた瞬間、俺は今まで抑えていた感情が爆発しそうになるのを感じた。本当は気付きたくなかったのだ。この生活がいつまでも続かないってことを。


「わ、わかりました……。玲華と冬華のこと、よろしく頼みま……」


俺が言葉を言い終わる前に、病室のドアが勢いよく音を立てて開いた。


「なにそれ、どういうこと?こっちはなんも聞かされてないんだけど……!」

「冬華、今の聞いてたのか……」

「お兄は黙ってて!勝手に他人の人生決めんな!このクソ親父っ……!!」

「冬華、やめてくださいっ!」


勢いよく病室に入り実父に掴みかかろうとする冬華を、背後から玲華が必死に引き留めている。どうやらドア越しに今の話を聞いていたらしい。冬華は怒りを隠しきれない様子で義父に食ってかかるも、当の本人はどこ吹く風だ。


「冬華……。体の具合はどうだ?男に襲われそうになって、精神を病んではいないだろうか」

「黙れっ、こっちは今にも病みそうだっての……!」

「お、落ち着けって冬華!ここ病院だぞ!?暴れてどうすんだよ……」


あまりの剣幕に気圧されながらもなんとか宥めようとするも、聞く耳を持ってくれる様子はなかった。このままでは埒が明かないと思い義父の方を見ると、彼はただ娘を見つめて怒りを受け止めているようだった。


「……ふたりには悪いとは思っている。だが、やはり私の目の届く場所にいて欲しい。ふたりを無事成人まで育て上げることが、千和との約束なのだ」

「っ、母さんとの約束なんて知らない!あたしはここを離れるつもりなんてないから!」

「……わ、私も納得できませんっ。やっと兄さんと会えたのに、また離れ離れになるなんて絶対に嫌です!」


冬華に続いて玲華も、父親に抗議をする。しかし、義父はそれでも考えを改めるつもりはないようだった。重い空気の中、見かねた母が病室に入って二人の肩を優しく宥めた。


「ねえ冬華ちゃん、ちょっといいかしら?」

「……なんですか?」

「すんすん……。はぁ、すごくいい匂いがするわ。香りにこんなに気を遣うなんて、もしや好きな男の子でも出来たのかしら?ね、どうなの?」

「いや、別に……」

「今それ言うタイミングじゃないだろ、母親よ……」


母なりに重苦しい雰囲気を変えようとしたのかもしれないが、それにしてもこのタイミングで言うことじゃない。うちの母親はどうしてこんなに空気を読むのが下手なのだろうか……。唯一の血族に心から悲嘆していると、母は咳払いをしてもう一度話し始めた。


「……こほん。健一郎さん、やっぱり転校だなんて急過ぎるんじゃないかしら?この子達も、せっかく出来た学校の友達と離れるのはきっと辛いと思うわ」

「無論、娘達には苦心を強いることになる。だが、危険を承知で娘達を都会へと送り出したのも私だ。いわば、私の甘さで蓮也くんが傷付けられたも同然なのだ。これ以上、彼一人に迷惑を掛けられない」

「迷惑だなんてそんな、むしろ俺は玲華と冬華に助けられてばっかですよ。というか、俺達が襲われたのだって別にお義父さんのせいじゃ……」


「……これは警察内部の旧友に聞いた話なのだが、君達を襲った連中のうち一人は逮捕された。だがもう一人は行方をくらましている。犯行からして、何らかの集団である事は間違いないだろう。もし奴らが復讐を企んでいたら、君はどうやって娘達を守るというのかね」

「そ、それは……」


俺は義父の言葉に何も言い返せなかった。確かにその通りだ。今回は相手と一対一の状況だったから何とかなったものの、次に集団で襲われたらひとたまりもない。そう思案に耽っていると、玲華がそっと口を開いた。


「……お父さんの想いは分かりました。でも、もう少しだけ考える時間が欲しいです」

「ちょっと、お姉……」

「ああ、構わないとも。2週間後にまた来る。その時までに今後どうするか、話し合って決めて欲しい」

「はい……。分かりました」


玲華は俺の手を取ると、そっと握ってきた。まるで離れて欲しくないと言わんばかりに、手のひらから微熱と不安が伝わってくる。

これから2週間。この短い期間で彼女たちがどのような決断を下すか、俺にはまだ分からない。


「あ、もうすぐ面会時間過ぎちゃうわ。健一郎さん、私達もそろそろお暇しましょうか」

「ああ。それじゃあ蓮也くん、ゆっくりと治療に専念してくれたまえ」

「はい。お父さんもお元気で……」

「蓮也、頑張んなさいよ〜」


俺は両親に手を振りながら、病室から出るまで見送った。取り残された俺たちは顔を合わせて、今後どうするべきか話し合った。


「お姉ってば、一体どういうつもり?言っとくけど、あたしは絶対あいつの元になんか帰んないから」

「私だって、出来ることならそうしたいです。でも……。お父さんの言う通り、また冬華の身にもしものことがあったらと思うと不安なんです」

「それは……そうかもだけどさ……」


玲華の言葉に冬華は言い淀む。意見が相反する二人だが、きっと根底では同じ感情を抱いているのだろう。しばらく沈黙が続いたあと、冬華が口を開いた。


「それなら、お兄が一人になってもあいつらに復讐されるかもしれないじゃん。お兄も一緒に帰ってくるなら、考えてあげなくもないけど……」

「悪いがそれはできない。大学だってあるし、仕事も友達もこっちにしかいないからな」

「ふーん……。やっぱり、仕事と友達の方が優先なんだね。お兄はあたし達と過ごすのが嫌なんだ」

「んなわけあるか。確かにこれまではあえて距離を置いてたけど、もうお前らの想いを知っちまったからな。これからは逃げずに真剣に向き合いたいと思ってる」

「兄さん……」

俺の言葉に玲華は目を潤ませ、冬華も少し照れたような表情でそっぽを向いた。

「……ふんっ。そのうち襲われても知らないからね」

「本気で襲ってくるならどこに逃げたって一緒だろ。お前らにも危害が及ぶくらいなら離れてた方がいい」

「またそうやってカッコつけるし……」

「うぅ、やっぱり兄さんと離れたくないです。どうすればいいんでしょうか……?」

「それを考えるための2週間だ。俺も丸く収まる方法を色々考えてみるから、玲華の知恵も貸してほしい」

「うんっ……。分かりました」


面会時間の制限ギリギリまで3人で話し合ったが、結局答えはでなかった。たが、焦る必要はない。仮にまた離ればなれになったとしても、これまで彼女たちと一緒に過ごした思い出は消えないのだから。

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