第11話 ただのご褒美なわけがない。

カラオケ店に着き受付を済ませ、部屋へと入る。ドリンクを用意して一息つくと、さっそく冬華が曲を入れ始めた。最近流行りのドラマ主題歌のようで、普段無口で世俗に興味がなさそうな冬華にしては意外な選曲だった。


「へー、冬華ってこういうのも好きなんだな」

「あたしのことなんだと思ってんの?これでも華のFJKなんですけど」


 冬華はマイクを両手に持ちながら、不満げに頬を膨らませる。普段あまり見ることのない姿に、不覚にもドキッとしてしまう自分がいた。

久しぶりに聞いた彼女の歌声は歳相応に成長しており、素人の俺からみてもかなり上手い方だと思う。冬華は1曲を丁寧に歌い上げ、マイクをテーブルに置いた。


「ふぅ……。どうだった?あたしの歌」

「ああ、上手くてびっくりしたよ。相変わらずなんでも器用にこなすよな」

「そ、そう……?ま、このくらい余裕だけどさ。お兄は歌わないの?」

「俺は歌わなくていいよ。全然上手くねぇし……」

「はぁー?せっかくカラオケ来たのに歌わないとか、つまんないんだけど。ほら、さっさと歌ってよね」

「えぇ……。仕方ないな、1曲だけだぞ」


 俺は渋々曲を入れると、マイクを持って立ち上がる。改めて冬華と二人っきりの空間なのだと思うと、不思議と緊張してきた……。いや、相手はたかが妹だ。変に意識してカッコつける必要は無い。俺は勇気を持って、1曲歌い上げてみせた。


「……ぷ、あははっ!ろ、65点って……こんな点数初めて見たんだけどっ。やば、笑いすぎてお腹いたいっ……!」

「くそ……。あーあ、歌って損した……」


 冬華の笑い声に、俺は思わずため息をつく。自分が音痴なのは知っていたが、まさかここまでバカにされるとは思わなかった……。


「ごめんごめんって。元気だしてよね、65点君っ。ぷっ……ふふっ」

「馬鹿にしやがって……。まったく、高い服買わされたり蹴られて馬鹿にされて……今日は散々だな。こんなことならお前と遊びになんか来るんじゃなかった」

「えっ……」


 俺の言葉に、冬華の表情が固まる。しまった、つい嫌味を言ってしまった。だが、俺の方から謝るのもなんだか納得がいかない。彼女はどこか悲しそうな目でこちらを見つめると、静かに口を開いた。


「ご、ごめんってば。その……お兄のこと本気で馬鹿にしてる訳じゃないから。服だって買って貰ったし、ホントは感謝してるっていうか……」

「嘘つくなよ。俺の事なんかどうせ都合のいい財布とか、荷物持ちか魔除けだとでも思ってんだろ」

「違うって……。あたしは、ただ……」


 冬華は何か言いたげに口ごもるが、やがて諦めたようにため息をついた。そして、しばらく無言の静寂に包まれたあと、彼女は俺の肩をつついてきた。


「ねえ、こっち向いてよ」

「なんだよ……って、んむっ……!?」


 彼女の方を振り向いた瞬間、首に腕を回されて唇を奪われた。突然のことに思考が追いつかないが、柔らかな感触が心地よくてその場から離れられなかった……。やがて冬華の方から口を離すと、頰を赤く染めながらこちらを見つめてきた。


「ちょ……おまっ、何やってんだよ……!?」

「ん……何って、お兄があんまりにも可哀想だったから、今日のお礼にご褒美でもあげよっかなーって」

「お前なぁ……。自分を安売りすんなって。こんなことされたって嬉しくねーよ」

「や、安売りなんかしたつもりはないしっ。それに、キス……初めてだったんだけど……」


 冬華は自分の唇に指を当てて、恥ずかしそうに俯く。普段は生意気でクールな妹が、こんなにしおらしくなっているのを見るとなんだか不思議な気分だ……。


「ね、一応聞くけどさ。お兄っていま彼女とかいたりする……?」

「急だな……。まあ、今はいないけど……」

「ふーん。なら浮気にはなんないか」


 冬華は俺の返答を聞いて、目を逸らしたまましばらく考え込むフリをした。一体何をするつもりなのだろうか。警戒しつつも彼女の様子を伺っていると、冬華は俺の手にそっと手のひらを重ねて、上目遣いのまま目を合わせてきた。


「……じゃ、あたしが付き合ってあげてもいいよ?」



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