【小話:鉄板焼き】

「鉄板焼き? 日本食?」


「まあ、自分で焼く場所ではなくて焼いてもらったものを持ってきてもらうシステムですが」



 唐突にリヴが「鉄板焼きが食べたい」などと言いながら連れてこられた場所は、地下大迷宮『トーキョー・ステーション』にあるレストランである。


 看板には『雷光』という漢字の店名が掲げられた店は、出入り口が開けているので店内の様子が窺える。狭めの店内は奥側にオープン型のキッチンが設けられており、頭にタオルを巻いた男性がヘラを片手に鉄板で円形の何かを焼いていた。ホールケーキのスポンジに見えるが、どうやら違うらしい。

 来店したユーシアたち4人の存在に気づいた女性店員が「4名様ですか?」と英語で問いかけてくる。ある程度の英語は喋ることが出来るようだが、少しばかり不慣れな雰囲気が漂っていた。



「4人です」


「お席にご案内します」



 ユーシアが人数を答えると、女性店員は先導して席に案内してくれる。


 座席は4人掛けのテーブル席で、メニューの冊子が置かれていた。ユーシアたちが席に座ると同時に別の店員がグラスに水を注いだものを人数分だけ持ってきて、さらに手を拭く為のおしぼりまで持ってくる始末である。至れり尽くせりであった。

 メニューを開くと日本語表記の中に英語表記も混ざっていて、日本語が不慣れなユーシアたちでも読みやすい。あとは日本語が堪能なリヴに解説してもらえば知識として補完される。


 メニューをペラペラと捲るユーシアは、



「え、どんなものなの?」


「ここは広島焼き風のお好み焼きの店なので、麺が入ったパンケーキみたいなものが出てきますよ」


「甘いの?」


「甘じょっぱいと言いますか」



 リヴは水の入ったグラスをちびちびと傾けながら、



「ボリュームはありますね。僕も数える程度しか食べたことはないですが、粉物は腹に溜まります」


「コナモノって」


「こう言ったお好み焼きとかたこ焼きって粉物と呼ぶんですよ」



 リヴが「ほら、今まさに持っていきますよ」と忙しなく動き回る女性店員を指差した。


 店の奥でパンケーキみたいなものを焼いていた男性が熱した鉄板の上にそのパンケーキもどきを移し替え、女性店員に『お願いしまーす』と呼びかける。提供を求められた女性店員は早足で駆け寄ると、じゅうじゅうと音を立てる鉄板に乗せられた熱いパンケーキもどきを他の客に提供していた。

 パンケーキと呼ぶには見た目があまり甘そうではない。表面は焦茶色のソースが塗りたくられており、さらに緑色の粉まで振りかけられている。クリーム色をした生地からはみ出る肉や麺などが特徴的で、いくつもの食材が重ねられて焼かれているようだ。


 本当にケーキのように見えるそれらに、ネアが「わあ!!」と瞳を輝かせる。



「おいしそう!!」


「ネアちゃんの嫌いなピーマンさんは入ってないから安心してくださいね。たまねぎとかにんじんは平気でしょうし」


「うん、たまねぎさんとにんじんさんはへいき!!」


「ふぎゅ」



 ネアから満面の笑みを向けられたリヴは、変な声を漏らしてその場に突っ伏した。変態紳士さんが限界突破してしまったらしい。


 変態紳士はさておいて、ユーシアはメニューを眺める。

 メニューにはさっきのようなパンケーキもどき――『広島風お好み焼き』なるものの商品がずらりと並んでいた。しかも中身がどれも違うようで、餅が入っていたりチーズが入っていたり肉が大量に入っていたりと多岐に渡る。中に入っている具材が分かると、苦手な食材も回避しやすい。


 横からユーシアの手元に広げられたメニューを覗き込んでいたスノウリリィが「あ」と声を上げる。



「トッピングも豊富なんですね」


「目玉焼きとかベニショーガ……ベニショーガって何だ? 生姜のことかな」


「商品として成立していますから不味いものではないと思いますが」



 どんな料理を作ってもゲテモノにしかならない邪神崇拝料理の制作者であるスノウリリィが『広島風お好み焼き』などを作ればとんでもないものが生み出されそうなものだが、彼女の料理を食べるぐらいならベニショーガなるものに挑戦した方がマシだ。

 さらに目玉焼きや麺の増量など、代金次第でカスタムが出来るらしい。これは嬉しいシステムである。お金があるなら欲張ってしまいそうだ。


 ユーシアはネアにもメニューを見せてやり、



「ほらネアちゃん、いっぱいあるよ」


「ねあ、ちーずのやつがいい!!」



 ネアは即決でメニューの一部を指差す。

 彼女が選んだものは、チーズ増しと表記されたお好み焼きだった。チーズが大量にトッピングされており、商品に使われているものもトロリと断面からチーズが蕩けていて非常に美味しそうである。


 さらにネアは、



「めだまやきもほしい!!」


「じゃあ乗せてもらおうね」


「やったー!!」



 ネアは両手を上げて喜びを露わにする。見た目は成熟した18歳の少女だが、中身が子供なので喜びの表現も心の底から嬉しそうであった。



「じゃあ俺は普通ので明太子を乗せちゃおうかな」


「それなら明太子が中に入ったものがありますよ」


「あ、リリィちゃんいいものを見つけるね。じゃあそれにしようかな」


「私は普通のものに目玉焼きをトッピングしてください。リヴさんはどうしますか?」


「もげ」


「まだネアちゃんの『全力笑顔によるありがとう攻撃』から回復してないし、適当に肉増しの奴でいいでしょ。文句言ってきたら眠らせよ」



 未だに机へ突っ伏したまま回復する傾向を見せないリヴを放置したユーシアは、早速とばかりに「すみませーん」と店員を呼ぶのだった。



 ☆



 しばらく待たされてから、商品は運ばれてきた。



「お待たせしました〜」



 拙い英語と共に女性の店員は鉄板に乗せられたお好み焼きとやらをユーシアたちのテーブルに置く。その女性店員は何と両手のみならず両腕にも鉄板を乗せていたのでひっくり返さないか心配だったが、慣れたように商品を置いていくと伝票を添えて立ち去った。


 ユーシアのものはクリーム色の生地に赤みが混ざり、表面には赤く細切れにされた何かが散らされている。これがベニショーガというものだろうか。緑色の粉も茶色いソースの上に散らされており、美味しそうである。

 似たような見た目をしたリヴのものは大量の肉が隙間からはみ出ており、ネアとスノウリリィのものには大きな目玉焼きが乗せられていた。黄身が半熟の状態なのか、プルプルと揺れている。


 ネアは目の前に運ばれてきたお好み焼きを前に、瞳をキラッキラと輝かせてはしゃぐ。



「おいしそう!!」


「ネアちゃん、こぼさないように気をつけてね」


「うん!!」



 店員に持ってきてもらったナイフとフォークを使い、ネアは丁寧にお好み焼きを切り分ける。やはり箸よりもナイフとフォークに使い馴染みがあるという配慮はしてもらえたらしい。こう言ったおもてなしの心は感謝すべきだ。

 口に入る程度にお好み焼きを切り分けたネアは、茶色いソースが滴り落ちないようにしながら口に運ぶ。「あひ」と熱そうに呻くも、次の瞬間には笑みがこぼれ落ちていた。


 ユーシアもまたネアに倣ってお好み焼きをナイフとフォークで切り分ける。切り分けた途端に中から麺とか野菜とかがゴロゴロと転がり落ちてきたので驚いた。



「凄いボリュームだね、これ」


「ソースが甘くて美味しいですよ」


「おいしっ」


「ネアちゃんよかったね」



 ネアもスノウリリィも満足げである。喜んでもらえて何よりだ。



「ところでシア先輩」


「なぁに、変態紳士君」


「理不尽なあだ名に全僕が怒りました。夜這いをされたくなければ改めてください」


「その眉間に銃弾を叩き込んであげれば大人しく寝るかな」


「そうなったらシア先輩の優しいキッスで目覚めるんですね」


「お前さんがいつも見てるアニメの放送が終わった頃に起こしてあげるよ。録画もしてあげないからね」


「オタクを殺す気ですか。残酷な先輩ですね」



 肉増しのお好み焼きを箸で器用に切り分けるリヴは「そうではないです」と今までのやり取りを否定する。確かに無駄なやり取りではあった。



「ここの代金どうするつもりですか?」


「あー、すっかり忘れてたな」



 ユーシアは少し辛めに味付けされたお好み焼きを口に運びながら応じる。これが明太子の味だろうか、病みつきになる辛さである。

 払えなくはない金額だが、ここで食い逃げをするとあとから住みにくくなることに違いない。なかなかいい待遇で生活させてもらっているので、ネアとスノウリリィの安全の為にも手放す訳にはいかない。


 少し考えてから、ユーシアは「よし」と頷く。



「ラインバーツ少佐に払ってもらおう」


「食べ終えたら、僕は誘拐してきますね」


「頼んだよ」



 平然と他人に支払いを押し付けることを決めた悪党たちは、何事もなかったかのように食事を続けるのだった。

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