【第4話】

 人質に取った少女に案内され、ユーシアとリヴが訪れたのは学校らしき建物だった。



「へえ、人が結構いるんだね」


「ですね」



 フェンスから学校の敷地内を覗くと、車が数台ほど集められた校庭に人間の姿を多数見かけた。どうやら炊き出しでもしているようで、調理器具や焚き火なんかも確認できた。中には両手からお菓子などを生み出している人間もいたので、おそらく食べ物を生み出すことが出来る異能力を持った【OD】がいるのだろう。

 敷地内を行き交う人間は、ほとんどが年若い少年少女が多かった。歳を食っていても20代前半と言ったところだろう。やはり若者を中心に爆発的な人気を誇る【DOF】の服用者は若者が多いようだ。


 人質として手錠をかけた少女は、日本語でユーシアとリヴに訴えてくる。



『お、お願いします、殺さないでください。死にたくないです』


「何て?」


「ありきたりな命乞いですね。『死にたくない』と言っていますが」



 日本語が堪能なリヴがすぐに翻訳してくれる。


 目的の場所に連れてきたのだからお役御免だとでも思っているのだろう。そうは問屋が卸さない。少女が捕まった相手は、アメリカを震撼させた頭のイカれた悪党である。簡単に逃す訳がない。

 ただ、目的は何だと問われれば反応に困る。命を狙ってきた馬鹿野郎どもは仕留めたし、リヴの着ているレインコートの下に手土産も用意してきた。これ以上は過剰防衛で面倒臭い。


 ユーシアはリヴに視線をやり、



「どうする? 今日はここに泊まろうか」


「いいですね、雨風も凌げますし」



 リヴもユーシアの提案に同調してくる。同じ意見でよかった。

 次の行動が決まったのであれば話は早い。やることなんて簡単である。悪党を名乗る以上は容易に出来ることだ。


 ユーシアは少女の金色に染めた髪の毛を掴み、



「ほら、キリキリ歩きな」


『いだッ、だッ、いだいッ!! 何でッ!!』


「まだ解放する訳なくない?」



 リヴのおかげでユーシアの言葉は逐一少女に日本語訳されるので、彼女に手っ取り早く絶望感を与えることが出来ていた。瞳を見開き、消え入りそうな声で『何で……どうして……』と呟いている。


 少女の髪の毛を掴んだまま、ユーシアとリヴは開けっ放しになっている校門を潜る。砂利の敷かれた土地を踏むと、足元からじゃりッという音が聞こえてきた。遠くの方では子供がはしゃぐような声まで響く。

 校門を潜って平然と歩いてくる2人の悪党に、学校の敷地内で悠々自適に暮らしていた少年少女たちは怪しいものでも見るかのような視線を寄越してくる。それからユーシアの手に仲間の少女が捕まっているのを認識すると、警戒を露わにした眼差しから敵を眺めるような目つきに変貌を遂げた。


 そんな勇気ある若者の前に、ユーシアは人質を取った少女を示す。



「この子の命が惜しかったら今すぐここから出て行ってくれる? 今日からこの建物には俺たちが住むからさ」



 人質を取った状態でユーシアはその言葉をリヴに日本語訳してもらうと、相手から返ってきたのは失笑だった。



『こんな場所に2人だけで住むって?』


『つーか何様のつもりだよ』


『こっちの人数がどれぐらいいるのか分かってるの?』



 飛んでくる日本語の嵐は、日本語が不自由なユーシアでも何となく理解できる。ああ言ったものを罵詈雑言と示すのだろう。全く、勇気ある若者だが無謀が寿命を縮めるという事実を知らないらしい。



「リヴ君、何て言ってるか分かる?」


「認識できるものだけで言えば『何様のつもりだ』でしょうか。あ、あと人数についても指摘がありましたね」



 飄々とリヴが答える。


 人数差を指摘されてしまうと、もう何も言えなくなってしまう。ユーシアとリヴはたった2人だけしかおらず、これ以上の増援は望めない。ネアとスノウリリィを加えれば4人になるのだが、彼女たちを凄惨な戦闘の現場に立たせるのは忍びない。

 さて、少年少女をどうやって追い出したものか。人数差は指摘されても、ユーシアとリヴのような事情のある【OD】とは違って遊び半分で【DOF】に手を出した挙句にネオ・東京から追い出された一般人だ。殺す方法なんて簡単である。【OD】の異能力で殺人を犯す覚悟が彼らにはあるのか。


 ユーシアは少しだけ考え、



「よし、じゃあこうしようかな」


『え』



 髪の毛を掴んでいた少女の両腕を掴み、ユーシアはボロボロの水筒を握らせる。少女が持っていた専用の武器だ。

 この少女はあらゆるものを燃やす『マッチ売りの少女』の【OD】である。実力は放火の件で確認済みだし、かつてユーシアとリヴは別のマッチ売りの少女の【OD】を殺したことがある。何でも燃やすことが出来る彼女の異能力はなかなか攻撃的で、広い場面で使うことが出来そうだ。


 ユーシアが少女に水筒を握らせると、ボロボロの水筒に透明な液体が溢れてくる。この溢れてきた液体こそが【OD】としての異能力だろう。



『や、やだ、止めてッ、止めてくださいッ!!』


「そーれ」


『いやああああああああ!!』



 滂沱の涙を流して身を強張らせる少女の事情など知ったことではないとばかりに、ユーシアは目の前の少年少女めがけて水筒の中身をぶち撒けさせた。

 少女の手からボロボロの水筒がすっぽ抜け、さらに透明な液体が少女のお仲間である若者たちに振りかかる。液体を浴びた彼らは次の瞬間、ごうッと橙色の炎に包まれることとなった。


 全身を炎に包まれた少年少女は、ジタバタとその場で暴れて火を消そうと試みる。あまりの熱さに口からは断末魔が轟き、地面を転がる。



『嫌だ嫌だ熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いいいいいいいいい!!』


『やめッ、だずげでぇッ、何でだ何でだよおお』


『あづいッ、い゛や゛あ゛あ゛あ゛ああいいいあああああああ゛』



 そうして、そのうちの1人が炎に燃やされながらもユーシアに人質として捕まった少女を睨みつける。炎の中に浮かぶ眼球が、まるで怪物のようにこちらへ向けられていた。



『呪ってやる、このクソ女が!!』


『ッ』


『よくも、よぐも゛ッ、殺してくれだなぁ!! 呪ってやる、地獄で呪ってやるからなああああ!!』


『ひ、ひいいいいいッ』



 少女はその呪詛を聞いて、恐怖に身震いをする。


 散々「呪ってやる」と叫んだ誰かは、やがて動かなくなった。真っ黒焦げになった死体だけが砂利の上に転がっている。

 燃やされていく彼らを助ける手段なんてなかったのか、それとも最初から助けるつもりなんてない薄情者たちの集団だったのか。少女の【OD】の異能力から逃れることに成功した残りの少年少女たちは、ユーシアとリヴに恐怖と絶望の視線を寄越してくる。勝てない強敵に、初期装備の状態で挑むようなものだ。


 ユーシアは少女の顎を掴み、



「ほら死んだ、見た? お前さんが殺したんだよ。凄いねえ」


『何でッ、何でこんなことをッ!? 人間じゃない!!』


「決まってるじゃない、俺たちは【OD】だよ。とうの昔に人間は辞めてんのよ」



 少女の『人間じゃない』という言葉には笑いが禁じ得なかった。


 常人を捨ててまで、ユーシアは【DOF】に縋ったのだ。かつて家族を【OD】に殺害されて、無惨なまでに殺されて、その時の絶望感を味わった上でかの【OD】を殺害するには同じ土俵に上がるしかなかった。人間を捨てるしか方法はなかったのだ。

 それなのに、異能力を手にして彼らはまだ人間でいたいと望むのか。それはおかしいだろう。【DOF】に手を出した時点で人間を辞めた証拠である。常軌を逸した異能力を手に入れた連中なんてヒーローではなく、ただの怪物だ。


 ユーシアは少女に笑いかけ、



「だから他人を殺すことに躊躇いなんてないよ。どうせこの先は地獄行きさ、だったらせいぜい最期まで楽しもうじゃん。その方がいいでしょ?」



 少女は震えている。歯が噛み合わないのか、ガチガチと音まで聞こえてきた。


 ユーシアは空いている左手を伸ばすと、リヴがボロボロの水筒を寄越してきた。拾っておいてくれた模様である。話の分かる相棒で助かった。

 リヴに視線をやると、黒いレインコートの下で彼は非常に楽しそうな表情を見せていた。非情な行動をしている自覚はあったしドン引きされるかと思っていたのだが、案外相棒には好評のようだ。


 ボロボロの水筒を再び少女の手に握らせたユーシアは、



「ほら、じゃあ蹂躙を始めようか? 君がたくさん人を殺せるように、俺たちが補佐してあげるからね」



 そう言って、透明な液体が溜まったボロボロの水筒を逃げようとしていた少年少女たちに向かって投げつけさせるのだった。

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