【第7話】

 マントの集団によって案内された先は、寂れたカラオケボックスだった。


 目に優しくない光を撒き散らし、蛍光灯は接触が悪いのかチカチカと明滅する。家具は誰も使っていないのか埃を被っており、本来なら各個室で楽しむ為に用意されただろうマイクもまた白い埃が積もっている。

 ただ、キッチン周りなどのインフラ設備は整っているようで、マントの集団が出来立ての料理や注いだばかりの飲み物を持って階段を行ったり来たりしていた。その美味しそうな料理に釣られてネアがふらふらとついて行こうとしたので、ユーシアが手を掴んで引っ張り戻す。


 ユーシアたちを先導するように歩いていた大柄なマント人間は、カラオケボックスの最奥の部屋の前で立ち止まる。



「ここに我らが王がおられる。粗相をするなよ」


「さてね、それは保証できないよ」



 ユーシアが戯けた調子で答えると、大柄なマント人間はユーシアを睨みつけてから部屋の扉を叩く。



「我が王、目的の人物をお連れした」


「うむ、入りなさい」



 扉の向こうから聞こえてきたのも英語である。どうやら王様とやらは英語を話せる人間のようだ。


 マント人間が扉を開け、ユーシアたちを部屋の中へ通す。

 カラオケボックスといえば狭い部屋で歌を楽しむという印象だったが、このカラオケボックスは異様に広い。いわゆるパーティールームと呼ばれるものだろう。縦に長い部屋の中央には机がいくつか並べられ、その上に作りたてだろう料理が並べられていた。


 そして、その部屋の奥に置かれたソファでふんぞり返っていたのが、このマント集団を束ねる王様だった。



「長旅ご苦労だったな、まあ寛ぎたまえよ。料理はご覧の通り、ほら、たんと用意した」


「…………」



 ユーシアは無言で砂色のコートの下から自動拳銃を引き抜いた。


 ソファにふんぞり返っているのが、パンツ1枚しか身につけていない中年の男だったのだ。身体中には贅肉がたっぷりと乗っかっており、特に腹の部分はみっともないぐらいに膨らんでいる。ただでさえ見るに耐えない体型をしているのだが、それを隠すことすらせずに堂々と晒しているとは羞恥心はないのか。

 頭髪はカツラでも被っているのか、七三分けにされた黒髪がやたら不自然に思える。小さな眼球でユーシアたちを見据え、薄い唇が持ち上がると黄ばんだ歯が垣間見えた。こんな得体の知れない変態に笑いかけられると逆に気持ち悪くなる。


 自動拳銃を見たその男は、たっぷり蓄えた顎の贅肉を撫でながら言う。



「んん? いいのか、我輩は裸の王様の【OD】だぞ。お前たちの攻撃など効かん効かん」


「ああ、なるほどね。合点がいったよ」



 ユーシアはそう言って、大人しく自動拳銃を下ろす。リヴもまた軍用ナイフをレインコートの下にしまい込んだ。


 裸の王様の【OD】は、かなり硬い防御力を持っている。脱げば脱ぐほど防御力は強固なものとなり、砲弾や銃弾などは一切通さないと有名だ。全裸になれば他者の【OD】の異能力すら無効化するだろうが、さすがに全裸を晒すのは羞恥心があったか。余計なものまで残しやがったものである。

 なるほど、マントで全身を覆い隠した集団は全員が裸の王様の【OD】か。【DOF】で得られる異能力はおとぎ話にちなんだものなので、どうしてもおとぎ話の数に限りがある関係上、重複することもあるのだ。ただよく獲得できるおとぎ話の異能力と、滅多なことでは発現しないおとぎ話の異能力があるらしい。


 パンツ一丁の男は贅肉を揺らして笑い、



「その警戒心はさすがだ、ユーシア・レゾナントール。『白い死神ヴァイス・トート』と呼ばれし英雄よ」


「知ってるんだ」


「もちろんだ。何せお前は、かつて【OD】が起こした暴動『革命戦争』を終結に導いた英雄だ。人類が【OD】に勝利できたのは、お前の功績でもあろうよ」


「お褒めに預かりどうも。全く嬉しくない」



 ユーシアは自分の有名さを恨む。


 その昔、まだ【DOF】がそれほど出回り始めていない頃だ。各地で【OD】が活発な破壊行動を起こしてきて、人類の平和を脅かした訳である。それが『革命戦争』と呼ばれる【OD】による暴動だ。

 その革命戦争を終結に導いたのが『白い死神ヴァイス・トート』と呼ばれていた狙撃手である。純白にカラーリングした狙撃銃を携えて戦場を見渡し、遠くの地から敵の命を確実に刈り取る行為はまさに死神の名に相応しい。室内にいようが姿を捉えられれば最後、脳天をぶち抜かれて死んだ【OD】が何人もいる。


 何を隠そう、その『白い死神』こそがユーシアである。まだ【DOF】に手を出していない時代は【OD】を殺して回る側だったのだ。



「俺のことをそこまで知られてるのは気持ち悪いな、しかも見ず知らずの人間に。名前を名乗るっていう礼儀はどうしたの? 贅肉に脳味噌が押し潰されちゃった?」


「これは失礼した、かの英雄を前にして気が逸ったな」



 贅肉だらけの男は手近にあったフライドチキンを手に取る。それに齧り付くと口元が油だらけになり、気持ち悪さが増した。



「我輩はジルベール、見ての通り裸の王様の【OD】だ」


「ご丁寧にどうも」


「そしてここにいるのが、裸の王様の【OD】によって結成されたコミュニティ『裸の心』だ。お前たちを案内したマントの集団は我輩の配下だな」


「下手すりゃ露出狂の変態集団か、笑えるね」



 ユーシアが皮肉たっぷりに言えば、背中からチクチクと針を刺すような鋭い視線が飛んでくる。


 見れば、その『裸の心』なるコミュニティに所属するマント集団がユーシアたちを睨みつけていた。ネアがその視線を怖がって、スノウリリィに抱きつく。それぐらいに空気は悪化の一途を辿っていた。

 コミュニティの構成員が裸の王様の【OD】とは、全裸になればなるほど強くなる愉快な集団ではないか。外の世界が政治や法律などがない荒れ果てた東京でなければ、即座に変態扱いを受けて射殺されるのがオチである。ユーシアも心底、裸の王様の【OD】じゃなくてよかったと思った。


 ジルベールと名乗った親玉は、口の端から油を滴らせながらフライドチキンを完食する。脱ぐならもう少し見栄えのある身体にしてほしかった。



「本題に入ろう、英雄よ」


「本題?」


「ただ飯を食ってるだけと思ったか? お前をここまで連れてきたのには理由があるに決まっていよう」



 小さな瞳でユーシアを見据えてきたジルベールは、



「ユーシア・レゾナントール、我が配下となって共にネオ・東京を討ってくれぬか」


「は?」



 ユーシアの口からそんな言葉が漏れた。



「驚くのも無理はない。だが、お前はこの場所では喉から手が出るほどほしい人材だ。求めるものは何でも与えようではないか」


「え? は? ネオ・東京を討つって?」


「言葉通りだとも。あの忌々しい壁を取り払い、我々【OD】の時代を呼ぶのだ。我々こそが強者であると、今一度、あの壁の向こうでぬくぬくと過ごす平和ボケした連中に思い知らせてやるのだ!!」



 ジルベールが荒々しく机を叩く。食器が耳障りな音を立てたからか、ネアが肩を震わせてスノウリリィに縋りついた。


 一般人を守る為に戦ったユーシアを、今度は【OD】の事情で人類の敵になれと言うのか。それはそれは面白いことである。

 ユーシアやリヴであれば可能だろう。人間を殺すことなんて数多くこなしてきたことだ。相手が【OD】だろうと一般人だろうと変わらない、殺したい時に殺して奪いたい時に奪うのだ。


 そんな自由奔放とした生き方を良しとしてきたユーシアとリヴに、今更首輪を繋げられるとでも思ったのか。



「反吐が出る魅力的なお誘いをどうもありがとう」



 ユーシアは満面の笑みで、あえてこう答えた。



「ちょっと考えさせて」

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