第5話

 転生してからの日々はあっという間と言う印象だ。

両親や一つ上の双子の姉達と共に過ごす日々である。

その中で知ったのだが自分の本名は天条てんじょう 皇真と言うらしい。


 天条家の長男として生を受け、新たな異世界生活を楽しんでいる。

生活する上で困ったのは、やはり自分で動けない事だ。

赤ん坊なので何をするにも親の力を借りなければならない。


 それは当然排泄もである。

オムツと言う前世の世界には存在しなかった赤ん坊専用の下着の様な物があり、それを装着していれば漏らしても大丈夫らしいのだが、やはり外見と違って中身は大人なので漏らす度に様々な感情が壊れていく感じであった。


 それも年が経つに連れて解決していく。

皇真は必死に自分で動ける様に訓練したので、直ぐにハイハイ出来る様になり、物に捕まって立てる様になるのも早かった。


「凄いわ皇真ちゃん!こんなに早く立ち上がれる様になるなんて!」


 母親は息子の急成長っぷりを常に喜んでくれた。

既に魔王では無く皇真として生きているからか、毎回言ってくれるそんな言葉が嬉しくて堪らなかった。

一年も経つ頃には姉達と同じ様に自分の足で歩ける様にもなっていた。


 そしてその頃に新たな家族が増えた。

母親が子供を産んだのである。

とてもお盛んな事だと皇真は思ったが、子供をもう一人くらい欲しいと思ったらしい。


「どう皇真ちゃん?貴方の妹よ、可愛いでしょ?」


 そう言って母親が妹である篠妹しのめを抱いて見せてくれる。

産まれたばかりの弱々しい存在が目の前にいて、守ってあげたくなる思いが皇真の中で大きくなるのを感じる。


「可愛いね。」


「ふえええん!」


 皇真が手を伸ばすと篠妹が泣き出してしまう。

それに驚いて思わず手を引っ込めると母親は笑っていた。


「皇真ちゃんのせいじゃないわよ。お腹が減ったのかしらね?」


 さすがに自分を含めて既に三人の子供を育てている母親は落ち着いている。

篠妹も自分達と同じ様にすくすくと育ってほしいものだ。


 それから数年が過ぎると皇真の世界は一気に広がった。

赤ん坊の頃には食べられなかった美味しい食事、前世には無かった沢山の娯楽、成長して走れる様になった事で広がる生活圏と様々だ。


 皇真はこの世界に存在する経験した事の無い物全てが新鮮であり興味が尽きなかった。

それを子供は何にでも興味を示すからと思われたのか親達は微笑ましく見守ってくれた。


 成長した事で姉達が通っている幼稚園に自分も通う事になった。

特に難しい事は無く同年代の子供達と遊んで食べて寝る、それの繰り返しだ。


 もう魔王は皇真としての生を歩んでいるからか、そんな事でさえも毎日が楽しいと思えた。

なので幼稚園に通う事が億劫だと感じた事も無かった。


 それから数年が経てば小学校である。

ここでは幼稚園と違って勉強と言った内容が増える。

一年生だった姉達も宿題と言うものを持ち帰ってきてやっているのを見た事があった。


 字の練習や簡単な計算、そう言った事を学ぶ場所の様であり、学年を上がる度に難易度が上がっていくらしい。

皇真は勉強と言うどちらかと言うと子供が苦手とするものにも興味が湧いた。


 姉達が持ち帰るものを一緒に見て学んでいたので、常に一学年先の勉強をしている様なものであった。

なので一年生となった時に学ぶ内容は簡単だと感じる事になる。


「あら?皇真ちゃん、勉強はしたの?」


 一年生の初めての夏休み、毎日遊んでばかりいる皇真に母親が尋ねてくる。

既に夏休みは半分近く終わっているのに母親は皇真が宿題しているところを見た事が無かったのだ。


「もう終わったよ。」


 そう言って学校から出た宿題を手渡す。

簡単な内容なので苦戦する事は無い。

夏休みの初日に日記以外の全ての宿題は終わっている。


「本当ね、いつの間にやったのかしら。」


「一日目に全部やったよ。簡単だったからね。」


「あらあら、凄いわね。皇真ちゃんは神童かしら。」


 そう言って母親が頭を撫でてくれる。

母親は撫でるのがとても上手い、こうされていると非常にリラックスする。


「お姉ちゃん達も皇真ちゃんを見習って早めに宿題終わらせるのよ?」


「だってさ姐月ちゃん。」


「遊びたいけど仕方無いね姫月ちゃん。」


 二人は遊んでいた玩具を片付けて大人しく言われた通りに勉強に取り掛かる。

当然一緒に皇真も勉強をする。

姉達が宿題する時は皇真も共に勉強する事が定番化していた。


「皇真ちゃん、ここ分かる?」


「ここはこうするといいよ。」


「皇真ちゃん、こっちは?」


「これはこことここの計算だね。」


 一つ歳下なのだが理解度が高過ぎて姉達よりも勉強が出来る。

分からないところがあれば皇真が教えているので先生みたいなポジションだ。


「お兄ちゃん、篠妹も一緒に勉強したい。」


 一人仲間外れになっていた妹の篠妹が服の裾をクイクイと引っ張って言う。

振り向くと可愛らしい妹が身長の関係で上目遣いに頼んでくる様な形となっていて破壊力抜群であった。


 まだ幼稚園に通っている篠妹だが、姉や兄の勉強が気になるのだろう、こう言った事は度々あるので皇真も言われてもいい様に用意はしている。


「じゃあ今日はこの計算の練習をしよう。分からないなら直ぐ聞いてもいいからね。」


「うん!」


 篠妹は嬉しそうに皇真に言われた計算練習をする。

既に一年生の勉強に手を付けており皇真の様な予習をしているので、篠妹が入学する頃には一年生の課程は終わっているかもしれない。


 小学二年生の夏のある日、今日は早起きしてご飯を食べて外に出掛ける。

友達と予定があるのだ。


「いってきます。」


「皇真ちゃん、暑いから水分補給はしっかりね。」


「分かってるよ。」


 母親に持たされた水筒を首から下げて、手には虫取り網を持ち準備は完璧だ。

待ち合わせしている公園に向かうと既に一人の男の子が公園で待っていた。


「遅いぞ皇真。」


「そうか?時間通りだぞ?」


 約束の時間には遅れてはいない筈だ。

しっかり時間は確かめていたのだから。


「早く目が覚めたから早く来ちまったんだ。」


 どうやら自分が早く着いてしまったので待つ時間が長かったらしい。

それをこちらのせいにされても困ると言う話しだ。


「それはお前が悪いぞ慎二。」


 皇真が目の前にいるクラスメイト神街慎二かみまちしんじに文句を言う。

慎二とは幼稚園の頃からの付き合いで、友人と呼べる人物の一人だ。


 家もそんなに離れていないので、時々こうして休みの日に遊ぶ事も多い。

そして今日はそんな慎二と共に虫取りをする予定である。


「目指すは昆虫の王、カブトムシだ!」


「そんな簡単に見つかるのか?」


 皇真はこの辺りでは見た事が無い。

だが住んでいる場所は田舎なので目撃情報自体は多い。

しっかりと探せば意外と見つかるのかもしれない。


「任せておけ、既にトラップは仕掛けてある。」


 どうやら昨日の夕暮れ時に今日の為にカブトムシを誘き寄せるトラップを作っておいたらしい。

樹液の様な甘い匂いに吊られて誘き寄せる事が出来るらしく、バナナや蜂蜜を餌にトラップを作ったらしい。


「早速その場所にいくぞ。」


 慎二に連れられ山の中に入っていく。

山菜採りで利用される山なので道は既にある為、登るのにはそれ程苦労しない。

新鮮な空気を味わいながら山をすいすい登っていく。


「ちょ、ちょっ待っ、皇真っ。」


「ん?」


 いつの間にか隣りを歩いていた慎二がいない事に気付き立ち止まる。

振り向くと随分と後ろの方をぜいぜいと息を切らして追ってきているところであった。


「どうした?遅いぞ?」


「お前が、早過ぎ、るんだ。」


 少し待っていると慎二が追い付いてくる。

皇真としてはそれ程速く歩いたつもりは無いのだが、慎二からすると速かったらしい。

こう言った事は家族といる時にもたまに起きるので随分と転生後の身体は身体能力が高いのかもしれない。


「ふう、気を取り直していくか。もう直ぐだ。」


 息を整えた慎二が先導して案内してくれる。

少し脇道に逸れて目的の場所を目指す。


「皇真、あのでっかい木だ。あれの下の方にトラップが括り付けてある。」


「どれどれ。」


 慎二の指差した木に近付きながら目を凝らす。

そしてそのトラップを見た瞬間に足が石の様に固まった。


「ん?急に立ち止まってどうした…。」


 慎二もトラップを見たのだろう、皇真同様に足が止まる。

その原因はトラップにあった。

カブトムシを誘き寄せる為に用意したトラップには実際にカブトムシがいた。

しっかりと役目を果たしていた。


 しかしカブトムシ以外にも虫を誘き寄せてしまっていた。

当初の目的であるカブトムシとは比べ物にならないくらいに多種多様な虫達が群がってとんでもない光景になっている。

正直に言えば近付きたくない。


「慎二、トラップを作ったのはお前だから責任取ってこい。」


「皇真、確か初めての虫取りが楽しみだって言ってたな?譲るぞ?」


 結論どちらも近付きたくないのである。

前世はトラップにいる虫と似た様な魔物とも戦う事があった。

その時はなんともなかったが戦う力を失って人間に転生したからか、小さく弱くなった虫なのに嫌悪感や不快感が凄まじい。


「帰るか。」


「そうだな。」


 あれに近付くのは小さな子供の好奇心でも難しく、二人は虫取りを中断してそのまま帰路に付いた。

初虫取りは若干のトラウマを残して失敗に終わったのだった。

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