第28話「守るために」

「ぐあぁぁあぁぁっっっ!」


「あ、あ、あ! あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「来ないで……! 来ないでぇぇぇぇ!」


 悲鳴を上げては逃げ惑う、冒険者たち。

 人数は十人程度、そのほぼすべてが戦意喪失している。


「##########!!!」


 そして、奥にいる私たちの身長の三倍はある巨大なモンスター——この部屋の主が、土足で踏み入ったパーティーのメンバーを惨殺していく。


 ある者は握り潰され、ある者は手持ちの大剣で真っ二つにされ、ある者はその爪に串刺しにされる。


 もしこの場所がゲームではなく現実の世界であれば、眩暈がするほどの血と肉の臭いに支配されていただろう。


 それほどまでに残虐で一方的な、地獄だった。


「なに、これ……」


 エンでさえ言葉に詰まる状況。


 一体何がどうして、こうなったのか。


「くっ、反撃しろっ! 近寄らせるな!」


 その中でまだ戦意を保ち、抵抗を指示する者もいた。


「————」


 その声の主を見て、私は言葉を失った。


「あれっ? あれって確か、この間お姉さんに突っかかってきた……」


「…………」


 三溝雄也。何でここに、彼が……。


「いやあああああぁぁぁぁぁ!」


 叫び声を上げる一人、青いショートヘアーにヘアピンを付けた女の子。


「かぐや……」


 つまりここにいるのは……。


 全身が、震えだす。勝手に脚が、後ろに退く。


「お姉さん、大丈夫……?」


 転びそうになった私の身体を、エンが支えてくれる。


「う、うん……」


 そう答えるけれど、本当は全然大丈夫なんかじゃない。


 もう会いたくなかった。なのにどうしてこのタイミングで、こんな再会の仕方をしてしまうのか。


「……がぁあああああ!!!」


 再び叫び声が聞こえる。また一人、犠牲者が光の粒となって消えていく。


「ダ、メ……」


 これ以上、見ていられない。


「行か、なきゃ……」


 このまま彼らが死んでいく様を、このまま見過ごすことなんて……。


「っっっ!」


 できるはずが、ない……!


「待って!」 


 エンが、扉の中へ飛び入ろうとした私の腕を引っ張って強引に止める。


「離して! エン!」


「落ち着いてお姉さん!」


「でも……!」


「どうしてお姉さんが飛び込もうとするの。これはあの人たちの自業自得で、お姉さんが助けに行く理由なんてない。ましてあの人たちは、お姉さんをないがしろにしてた人たちなのに」


「それは……」


 エンの言う通りだ。


 彼らは自ら進んでこの場所に踏み入った。その結果、死ぬとしてもそれは彼ら自身の責任。


 助けなんて必要なければ、望んでさえいないだろう。


 まして、私の助けなんて必要ない、余計なお世話だと言われるに違いない。


 それに、実際に死ぬわけじゃない。ここはあくまでゲームの世界。


 ここで死んでも、恐らくはパミクルテに飛ばされるはず。


「……でも」


 強大なモンスターと相対して、今彼らが感じている恐怖、死に対する絶望感は、ホンモノだ。


 たとえゲームだったとしても、ここで感じる感情や記憶は、現実世界に戻ってもいつまでも残り続けるホンモノ。


 私の目の前で起こっているホンモノの出来事から目を逸らせば、きっと私はこの先後悔し続ける。


「……だから、私は行くよ」


 なによりもここで背を向けたら、新島の剣たる流儀から外れてしまう。


 自分の持つ力は、何のためにあるのかと。


 死という結果に抗うために、目の前に立ち塞がるものを斬り伏せ、生を手に掴むための力。


 その道から外れては、新島の剣士足りえないのだから。


 たとえ、剣が握れないとしても。


「分かった。それがお姉さんの意思なら」


 私の腕を掴んでいた手が離れる。


「……ありがとう」


「どういたしまして」


「行こう、エン」


「オーケー」


 二人同時に、踏み出す。


 やるべきことは、あのボスモンスターと彼らの間に割って入ること。


「来ないでぇぇぇ!」


 逃げ惑うみんなの内の一人——かぐやが、転んでしまう。 


「かぐや……!」


 それを見るなりかぐやに近づいていくボス。


「エン、かぐやのことをお願い!」


「了解!」


 別れてそれぞれの対応へ向かう。


(顔じゃ……間に合わない。なら……!)


 狙うべきは、脚。

 今は敵を倒すことよりも、体勢を崩してかぐやへの攻撃を逸らす。


「ウィンドパルマストライク!」


 かぐやに注意が向いていたせいか、急速に近づいてくる私への反応が遅い。


 その隙に、私は懐まで踏み込んで、握り拳をボスのアキレス腱に叩き込む。


「くっ……」


 硬い、効いてない。


 顔を上げた瞬間、敵と目が合う。


「危なっ!」


 振り下ろされる剣を、すんでのところで躱す。


 けれども躱しきれなかったのか、あるいはその剣が起こした風圧が原因か、両腕や太ももに数か所かすり傷が出来ている。


「早い……」


 敵が持つ剣の間合いの、二倍以上の距離を取って、安全を確保する。


「これが第一層ボスモンスター、キング・オグル……」


 キング・オグル。以前戦った豚のバケモノのボスといった立ち位置のモンスター。

 つまりは豚のバケモノの親玉。


 しかしその巨躯は、この間の奴らとは比べ物にならないほど強圧で、頑健。


 言い換えるなら、巌のような存在と言ってもいい。


 それが正確に剣を振り下ろしてくるのだから、強敵であることは間違いない。


「桃、華……?」


 エンに抱えられて退避してきたかぐやが、驚きの声を上げる。


「どうして桃華が、ここに……?」


「かぐや、他のみんなはどうしたの?」


「え……」


「20人以上は一緒に居たでしょ! その人たちはどうしたの!」


「あ、えっと……ここにいないみんなは、もう……」


 やっぱりそうか。

 つまり既に半分以上の人数が、死んだことになる。たった一匹のモンスターのために。


「かぐやは他のみんなを連れて逃げて。あの豚のバケモノは私たちが相手するから」


「え……。でも……」


「半分以上の人数がやられてるんだから、もう勝ち目はない。早めに撤退するに越したことはない。急いで!」


「う、うん……」


「エン、彼らの撤退の援護をするよ!」


「りょーかい!」


 そうして、豚のバケモノに向かって一歩踏み出そうとした刹那。


「!」


 左側から炎が、私を標的にして飛んできた。

 範囲が狭いから、容易に避けることが出来るけど……。


「お姉さん⁉」


「私は大丈夫! エンはその敵の牽制をお願い!」


「うん!」


 エンにまかせておけば、倒せないにしても時間を稼ぐことはだろう。

 チラッと視線を向けても、エンの戦いは危なげない。大丈夫。


 改めて、さっきの攻撃を仕掛けてきた相手の方を向く。


「……どういうつもり?」


 彼らのリーダー、三溝雄也に。


「どういうつもりだと? それはこっちのセリフだ!」


「ちょっと、雄也くん……」


「かぐやは黙ってろ」


「う……」


 彼の一喝で、かぐやは黙ってしまう。


「撤退だと? ふざけたことぬかしてるんじゃねぇぞ!」


「ふざけたこと? 状況を見極められてないのはあなたの方でしょ。少なくともあなたたちに経戦能力は残ってない。退くべきだっていうのは明確。私たちはその助けを……」


「ふざけんな! 誰がお前の助けなんか求めるか!」


「っ……」


「それともあれか、俺たちが死んでく様を笑いにでも来たのか? そうだろうな、俺たちへの恨みはいくらでも溜まってそうだしな!」


「なっ、違う! 私はそんなこと……」


「人殺しだもんな、お前は。俺たちが死ぬ様を見れて満足か? 何処までもゲス野郎だな、お前は!」


「そんなこと…………っ」


 言い返そうとして、言葉に詰まった。

 彼の後ろにいるみんなの視線に、絶望と憎悪の視線に気づいてしまったから。


「なんだよ、それ……」


「やっぱりそうなのか……」


「結局こいつは……」


「待って! 私は……」


「うるさい!」


「黙れよこのクズが!」


「そうだ! 早く失せろ!」


「私は……」


 どうして……。私はただ、みんなを助けに来ただけなのに……。


 責任の所在が全て自分にあると言わんばかりの彼らの物言いに、頭の中がぐちゃぐちゃになる。


「っ、はぁ、はぁ……っ」


 胸を押さえる。呼吸が浅く、苦しくなっていく。


 彼らの憎悪の視線が、敵意をむき出しにした言葉が、私の決意を砕いていく。


 どうして彼らは私を責め立てるのか。こんなところで、責め立てられなくてはいけないのか。


 私はみんなのことを思ってきたのに。みんなを助けるために、この窮地に駆け付けたのに。


「わ、私は……みんなを、助け…………」


 ——ドンッッッ!!!


「!?」


 衝撃音と、砂煙が襲ってくる。


 やがてそれが収まると、向こうの方で豚の親玉が倒れている。


「うっそだろ、おい……」


 流石の彼も、エンの強さに言葉を失っているらしい。


 そんなエンは、そのまま私のところまで下がってくる。


「お姉さん、下がろう」


 エンの言葉は彼にしては珍しく険しく、視線も厳しいものだった。


「やっぱりボクの力じゃ、キング・オグルに傷を付けられない。うまく誘導して転ばしたけど、それが精いっぱいだ」


「でもこのまま放っておいたら、みんなが……」


「今ここにいる人は、誰もお姉さんの言葉に耳を貸してくれない」


「でも……!」


「お姉さんは十分にやったよ。これ以上は、お姉さんが命を懸けるべきじゃないし、やれることは何もない」


「っ……」


「それに、彼らは本当に死ぬわけじゃないんだから」


「…………分かった」


 エンに手を引かれて、この部屋の入り口へと戻ろうとする。


「そうだ、とっとと消えやがれこの疫病神が」


「二度と俺たちの前に姿を見せるな!」


「っ……」


 そんな罵倒を、背中に受けながら。


 だが、それを許さない者がいた。


「なっ……」


「くっ!」


 エンに転ばされていたはずの豚のバケモノがいつの間にか立ち上がって、私たちの頭上を飛び越えて、部屋の入口の前を占領する。


「……私たちを逃がさないってわけ?」


 倒すか倒されるか、二つに一つということか。


「このっ!」


 エンが再び両手に短剣を構えて、豚のバケモノに突撃する。


 豚のバケモノは当然エンに向けて剣を振り下ろす。


「ちっ!」


 エンが短剣で斬り結ぶ。

 けれどもやっぱり、エンの攻撃はあの豚の親玉には効いていない。


「やっぱりエンが言ってた通り……」


 それはこの迷宮に来る直前にエンが言っていたこと。


『ボクの攻撃、もしかしたらキング・オグルには効かないかもしれない』


 曰く、エンの使う力は、ボスクラスのモンスターには鈍いとのこと。

 巨大グマや柱状節理の時も同じように、何故かエンの攻撃は上手く通っていなかった、


 もしかしたらとは思っていたけれど、その懸念は当たっていたらしい。


「くっ、そ……」


 エンから苦悶の声が漏れ出る。

 自分の思い通りに戦えないことに、苛立ちを覚えているのだろう。


 そんな時、不意に豚の親玉の剣が鈍い光を放ち始めて。


「やば——っ!」


 乱暴ながら正確な一振りが、エンを身体ごと奥の壁まで吹き飛ばす。


「エン!?」


 嘘、でしょ……?


「だ、大丈夫……」


 エンが打ち付けられて砕けた壁から、手を上げて左右に振る。


「良かった……」


 でもあれじゃあもうエンは、戦えない。


 豚の親玉は、戦意を喪失した私を見て絶望を植え付ける様に、ゆっくりと迫ってくる。


 私たちはみんな、このまま…………死ぬ?


 そんなこと……。


 そんなの……。


 ……嫌だ。


『抗うのだ。お前の目の前に立ちはだかる、死の運命から』


 いつかおじいちゃん言われた言葉が甦った。


 ……そうだ。私は新島桃華。


 新島の剣を継ぐ者。


 私たちの剣は、戦場の理不尽に抗う殺人剣であり、生きるために振るう活人剣。


『戦場において生死とは理不尽たるもの』

『我々の剣は、その理不尽に抗う』

『生と死、その真理に抗うべからず』

『剣となりて、ただ結果にのみ抗いたまへ』


 今目の前にある、死という結果に抗うために。


 私自身を、みんなを、エンを守るために。


 そのための力が、剣が、私にはあるはずだ。


「……来なさい、クロキバ」


 なにもない虚空に呟く。


 お前に本当に意思があるというのなら、私の呼びかけに応えなさい。

 お前が使い手を選ぶというのなら、私がその使い手になる。

 お前が私を認めていないというのなら、私がふさわしいと認めさせてあげる。


 左足を引いて、右足を出して、重心を落とす。


 それは剣道で試合に臨む際の構えではなく、真剣を抜くための構え。

抜刀、居合のための構え。


 腰に据えた左手に、やがてずっしりとした重さが伝わってくる。


 ゆっくりと右手で、柄を握り締める。


「ん……」


 これなら……。


 ふと、視界が暗くなる。


 見なくても分かる、豚の親玉が自身の剣の間合いに私を捉えたのだろう。


 振り下ろされる大剣。


 それに合わせて私も、剣を鞘から引き抜く————


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