第2話 師匠

「その時にするべきことをしない人間が嫌い」


カナがそう言ったのは、いつだったか。


彼女が愚痴をこぼすことは少なかったが、それは不満がないわけではないと思う。むしろ、言いたいことがたくさんある。でも、口に出して他者が不快にならないように気遣っていた。

つまらないことで俺以外の人間の時間を奪うことが無いように、自分を殺していた。

だから、カナがこういった特定の人種を否定するようなことを言う時は、よっぽどストレスが溜まっていたのだと予想できる。


「できないことは仕方ないけど、簡単にできることをサボる人とは、私は長時間一緒にいるのに苦痛を感じる」


その時の俺は、どんなツラで聞いていただろうか。

仕事で疲れていて、面倒くさそうな表情を容易に浮かべることができる。


過去の自分に伝えてやりたい。

これは、ちゃんと話を聞け。

カナの味方はお前しかいないんだぞ。


あ、あと、ついでにこれも伝えておこうか。

そういう態度の積み重ねで、お前は殺されることになる、と。

\



……知らない天井だ。


なんてね。

死んだと思ったら目を覚めたという不気味な事態も2度目になると、エヴァごっこをする余裕が出てくる。


初回と違うのは、しっかりと布団で寝ていたらしいということ。

薄い布だが、地面に横たわっているより、やはり安心感が違う。


雨風の凌げる和室には、鏡もあり、己の首に手術痕があった。


「‥‥‥カナ」


もう一度、会える可能性はあるだろうか。


ギシギシ。

年代物の床を歩く足音が聞こえる。

おそらくは人間の足音。

蛇ではないことに安堵はしたが、人間だからといって敵ではない確証なんてない。


歯が無くなっているので、辺りに武器になるようなものはないか探る。

平井堅の『大きなノッポの古時計』みたいな馬鹿でかい時計があったので、長針を無理矢理外して構える。


足音が徐々に大きくなり、止まる。

ドアが開く。

先手必勝。

相手は人間の女だった。

眼球目掛けて攻撃したが、気がついたら俺は床に横たわっていた。


何か起こったのかすら分からない。


「うん。やっぱりイカれっぷりだけは上々だな」


女は俺の顔を踏みつけながら、そう評価する。


「お前、私の弟子になれ」


返事をさせるためだろうか。足をどける。


赤髪、ピアス、タトゥーと、ヤンチャな見た目をとにかく追求したような容姿の女は、何が面白いのか満面の笑みを浮かべていた。


俺は、笑顔にトラウマがある。

あいつらの下品な笑い声を思い出すから。

でも、この女の笑みはあの愚かな連中のものとは違うことは分かった。


だからというわけではないが、うっかり答えてしまった。


「‥‥‥はい」


まあ、あの蛇を殺す手段くらいは、教えてもらっておこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る