山寺の岩 第15話

 和尚はしばらく泥蓮の様子を眺めていて、ひとつ不思議なことに気が付きました。泥蓮はいつも岩を彫る時、両の足でしっかりと地面を踏みしめてノミを打っていたのに、今日の泥蓮は座ったまま岩を掘っているのです。洞穴は泥蓮の背丈に不自由なほど低いわけではありません。和尚は泥蓮にどうかしたのか、足を怪我したかと訊きました。すると泥蓮は彫り手をピタリと止め、その両足を和尚の方へ放り出して見せました。和尚が行灯を近づけて足をよく見てみると、泥蓮の足、くるぶしから指の先までが黒く変色していました。泥蓮が足を触ってみろというのでそうしてみますと、その肌は固くなり、ゴツゴツと岩のように腫れ物ができていました。そのために、泥蓮は足を思うように動かせなくなっていたのです。

 泥蓮の足は男を殺した時から日に日に岩になっていきました。泥蓮はその理由が何となくわかっていたので、これも業かね、と和尚に訊ねました。和尚はまた、うんと一言だけ発しました。


 和尚は新月の日になると、その度に必ず山に入りました。現代と違って夜の明かりは月だけですから、新月の晩は本当に暗闇です。お若い方はご存知ないかもしれませんが、いつか私の小さな頃、電力逼迫だとかの理由で計画停電をやりました。この地域が停電になったその日は実際新月でして、二階の窓から外を見るとどこまでも真っ暗闇が広がっていて、とてつもなく恐ろしく感じたことを覚えています。そんな夜に山道を登ったり降りたりするわけですから、和尚はなかなかタフだったのかもしれませんね。

 泥蓮はとめどなく岩を掘り続けるので和尚が彼の元を訪れる度、石像の数が増えて行きました。そしてその数に応じるかのように、泥蓮の肌はどんどん黒く、固くなっていきました。つま先の方から段々とそれは進んできて、脚の動きを止め、腰にまでそれが到達すると泥蓮はまともに身動きをとることができなくなりました。それでも彼は両腕で体を引きずって、雨粒が滴り落ちる場所で岩を彫り続けました。そのうち腹や胸、腕までも岩のようになり、ノミを持つことができなくなりました。ノミをじっと睨みつけて動かずにいる泥蓮は、和尚がやってくるとノミを取ってくれるよう頼み、和尚はノミを泥蓮に咥えさせました。泥蓮は、まるで岩に頭を打ち付けるように、首を思い切り振って岩を彫り続けました。和尚は何も言わず、その鬼気迫る様を両目に焼き付けようと、じっと泥蓮を見つめていました。

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