山寺の岩 第12話

 泥蓮は男の頭の上の方に、こぶし大の石が転がっているのを見つけました。泥蓮にためらいはありませんでした。泥蓮はその石を掴むと、何度も男の顔を殴りつけました。何度も何度も何度も、男が動かなくなるまで泥蓮は殴り続けました。そして、ついに泥蓮は男を殺してしまいました。

 当然ですが、残念ながら人を殺す心持ちというのは私にはわかりません。なにせ人を殺したことなどありませんから、仕方のないことです。ただ、殺したいとまで思う激情。これは平凡な怒りの延長線上にあって、誰しも一度は持ったことのあるものです。これを恥ずかしいとか恥だと思うことはないんです、人とはそういうものなわけですから。どうか泥蓮を阿呆だとか憎たらしい知恵遅れだとか乱暴者だと割り切らず、少し彼の気持ちを考えてみてほしいと思います。

 泥蓮はそれからはっと我に返り、俺はなんて恐ろしいことをしてしまったのだと思いました。そしてそのまま、しばらくそのむくろの側で動けずにじっとしていました。泥蓮の後悔を思いますと、大変哀れに思い、涙がこぼれます。境内の、あの林の前で座り込んで、冷たい風を受けながら泥蓮は何を思ったのだろう。それはひどく悲しくて、虚しくて、やるせない気持ちだったに違いありません。


 すっかり暗くなり、あまりに泥蓮の帰りが遅いので、和尚は泥蓮が時間も忘れて彫り物に夢中になっているのではないかと心配して様子を見にやってきました。そして、倒れ込んでいるあの村人の男と、泥蓮の汚れた着物を見て全てを悟りました。和尚はなんてことをしてしまったんだ、お前には才能があったのにもう戻れない、と泥蓮を叱りつけました。ひどく悲しい気持ちだったでしょう。それでいて、泥蓮の中にある憎しみや怒り、そして何よりその才を見出していたのにもかかわらず、この事態を止めることができなかった自らを和尚は恥じました。


 和尚は、この寺に彼が訪れた事は家族が知っているだろう。明日になっても彼が帰らなければ村人達は彼を探しにここへやってくる。そうすればお前は必ず彼らに殺される。だから今のうちに山へ入りなさい。そうしてもう二度とここへ戻ってきてはいけない、と泥蓮に言いつけました。泥蓮は涙を流したまま小さくうなずくと、右足を引きずって林の奥へと進んでいきました。和尚にはその姿が、矢は当たったが仕留められきれず、森の中へと逃げていく鹿のように見えて、哀れで仕方がありませんでした。

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