第2話:お金を求めて

 あれから二時間ほど歩いて俺が辿り着いた場所は、国境都市『ランドクリフ』。

 かつて『帝都』と呼ばれ、『帝国』の数ある街の一つとして最も栄えた街だ。

 今となってはその面影すらなく、活気はあるもののかつてのような華やかさはどこにもなかった。


 この街がここまで落ちぶれた理由。

 その理由はやはり、民衆の革命によるものだろう。

 まず革命により、この国を治めていた皇帝の立場が危ういことに。


 そこを付け入るように、隣国が革命軍に対し支援、そして貴族制度の崩壊と皇帝の崩御により、この国は大混乱へと陥ることに。

 一時期は革命軍の首領が国のトップに収まるかどうかという話になったが、何があったか追放されて結局トップは決まらず。

 で、そこを狙ったかのように隣国は介入、掌握。


 結局のところ、身分差は無くなったものの、帝国という国は消滅。

 そしてこの帝都の規模は縮小され、貴族街は消滅して田んぼに。

 何も残らなかったわけだ。


 多分、最初から隣国が一枚噛んでたのだろうな。

 首領が追放されたのも、それ関係だと思う。


「って、言っても……数年前見た時と、変わんないなぁ」


 田んぼの方に戻ってきたのはさっきが初めてだったが、この街に来るのは初めてではない。

 傭兵団の仕事で何度か来たことがある。


「……」


 歩きながら街並みに視線を向けると、浮浪児が何人か見える。

 いや……奥の方に視線を向ければ、もっと数がいる。

 それこそ数で言うなら百は越すほどの数だ。


 ……数年前、ここに来た時はそれほど酷くなかった。

 やはり、あの時の戦いが響いているようだ。

 でもあれは、あれは……『私』が、生きる意味を取り戻すための、戦いだったから。

 それを否定することだけはできない。


「……すまない」


 そして助けることも、できない。

 俺一人の力など、たかが知れている。

 だから、誰も聞いていない謝罪だけを残して、俺はその場を立ち去る。


 向かう先は街の施設の一つ。

『隣国』の介入によって、できた施設だ。


 過去……と言うか、前世で見たことのある異世界モノだと、定番と言えるものだが。

 この世界では数十年前、一人のによって設立された組織。


 身分、性別、年齢問わず。

 なんなら名前すら不要の、その身を以て金を稼ぐための施設。

『ギルド』だ。


 ギルドとは言ってはいるが、結局のところ登録制の何でも屋だ。

 その施設が存在している場所の民たちが、ギルドに向けて依頼を出す。


 そこに報酬金をギルドの組員とともに取り決め、依頼を張り出す。

 そしてその依頼を、ギルドに登録している人間たちが受け、その依頼通りに事を成し報酬金を受け取る。

 ちなみに報酬金の5%は仲介料で持っていかれるが。


 傭兵団から抜け、過去を捨てた俺が唯一お金を稼げる施設だ。


「……?」


 ふと、ギルドに向かう途中に、周囲の視線が俺に向けられていることに気づいた。

 それははっきりとしたものではなく、横目で警戒を向けるような視線だ。


 少し考えたのち、ああ……と納得して、布を巻いて覆っている右目辺りを触る。

 俺には左目がない。

 これは『捧げた』ものだから、無くて当然なのだ。


 視線の刺さる右目辺りをさすりながら、先へと進む。

 すると一際大きな建物、大々的に『ギルド=ランドクリフ支部=』と書かれた建物が見えてきた。

 建物の前には設立者の像、そしてその名前と言葉が刻まれている。


 曰く、その男は『若者よ。大志を抱け』と。

 どこかで聞いたことがある言葉でしかない。

 その上、名前はダイゴ・イイジマ……と、この世界じゃあり得ることのない、日本人の名前だ。

 だから俺は転移者だと思っている。


 真実はどうか、と言ったところだが。


 それはともかく。

 ギルドの入り口はかなりの盛り上がりを見せている。

 それこそ通るのに多少苦労しそうだが……この光景自体は別に普通だ。

 仕事は早い者勝ちだから仕方がない。


 サーベル片手に人混みを分けて、中へと入って行く。

 なんとか潜り抜けて入ると、中もまた賑わいを見せていた。

 一般的な酒場との併設型ギルド。

 装備のない人たちもいるところを見るに、一般人も結構な数いそうだ。


 更に激しくなった人混みを掻き分け、なんとか奥地にたどり着く。

 そこはもはや奪い合いの戦地、依頼用掲示板だ。


 依頼は全てこの掲示板に張り出される。

 そしてその依頼用紙を取って、受付に行くことで依頼を受けられる。

 特例がない限り、三日間過ぎることで強制的に打ち切りで、別の方に依頼が回るのだが。


「……これでいいか」


 適当な依頼を見繕って剥ぎ取る。

 内容は町の外にある田んぼを荒らす、小さな魔物たちの討伐依頼。


 魔物……この世の理から外れたバケモノ、と言うことだけ。

 それ以外、何もわかっていないが一応倒せるため、それ以上の追求は滅多にされない。

 そもそもが危険すぎるためだろう。

 まぁ、一応研究は進んでいるらしいが。


 で、何故荒れ果てている田んぼを守るような依頼が出されているか、だが。

 まぁ、復旧するためにも、一先ず安全確保が先決なんだろう。

 多分ね。


「すみません。これの受注をお願いできますか?」


 再度人混みを掻き分け、なんとか受付に。

 ピンク色の髪をした受付嬢に、俺の持ってきた依頼の書かれた紙を渡す。


「はーい! それではライセンスの提示をお願いしまーす!」


 俺は懐から一枚のカードのようなものを取り出して受付嬢に渡した。

 だが、ライセンスを見た彼女の顔が曇る。


「あー……これ、切れてますね」

「え?」

「ライセンス切れです。しばらく来てなかったんじゃないですか?」

「……あー……!」


 そう言えば。

 一年前、ちょっとしたことで大金が入ったことで、お金稼ぎをしないでよくなったから……。


 ライセンス切れ……それはギルドで依頼を一年間受けなかったら、登録を抹消されてしまうのだ。

 こうなってしまうと、ランクなどの積み上げてきたものが全て無に帰す。

 だからたまに依頼を受けに来るか、別の方法で期限を延長しなければならない。


 しかしライセンス切れ、か。

 少しめんどくさいことになったな。


「どうしますか? 一応百万ヘリル払ってもらえれば、期限延長でなんとかなるんですけど……」

「……」


 今、お金がないんだよな。

 だからここに来たわけだし。


 ……と、なると。


「復帰依頼の方で、お願いできますか?」

「え!? ……あ、はい。わかりました!」


 復帰依頼、それはライセンス切れを起こした人間が唯一のライセンスを取り戻す方法。

 それはギルドが定めた難易度の高い依頼を受注し、クリアすることでライセンスを取り戻すというものだ。

 ただこれが本当に難易度が高く、それを受けるくらいなら初めからやり直したほうがいい、という人もいるくらい。


「えっと……さん。ですね? ランクの方は"A"ですので……こちらになります!」

「……これは。本当にランクA向けのもの?」

「その……緊急性が高い上に、飢餓個体ですので……」


 依頼の内容。

 それは竜、それも飢餓で飢えている暴走する危険のある奴を討伐せよ、というもの。

 Aランクというのはそれなりに高いのだが、竜と戦うには些か低い。

 はっきり言おう、Aランクには無理な依頼だ。


「……わかった。討伐、してくるよ」


 とは言っても……昔一度だけ、一人で相手をしたことがある。

 その時は未熟だったこともあり、かなりギリギリだったが勝利している。

 ちゃんと準備さえしていけば、なんとかなるはずだ。


「応援してます! 絶対に、生きて帰ってきてくださいね!」


 俺は手をひらひらと振って、その場を離れる。

 取り敢えず依頼のために準備をしに行かないと。


 まずはポーションの類を揃えて、移動用の馬を借りて……出費が痛いなぁ。

 でもまぁ、ライセンスを取り戻すためにも、頑張らねば。


「なんだとぉッ!!」

「うるせぇんだよ!! このクソガキッ!!」


 ふと、ギルド内で一際大きな喧騒が聞こえた。


「ん……?」


 そっちの方に視線を向けると、たくさんの人が囲ってなにやら喚き立てている。

 ギルドでは日常茶飯事の喧嘩のようだ。

 ああなると、ギルドの組員の誰かが止めに入るが……来る様子がないな。

 ……少し気になる。


 俺は準備を後回しに、喧騒が気になってその囲いに加わるのだった。

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