そこは泥土かあるいは海か

正しさとは泥に似ている。
実体はなく、その中で足掻けば足掻くほどその重さに塗れることになる。
信従とは海に似ている。
身を委ねれば心地よく、しかし盲従の深みへと沈む恐れをはらんでいる。
この物語に出て来る二人の青年は、泥と海の合間で人や正しさを信じ、あるいは疑い、一人は海へ、もう一人は泥へとそれぞれ落ちていくことになる。
朝廷を描きながらも、華美を感じさせず、むしろその機構の非人間性を際立たせる水のように冷たく硬質な文章にくわえて、「霊的な義肉を補填することによって、不死を獲得する代わりに人間性を失う」という架空の霊的医療技術「霊芝」の設定の二つが、一切の無駄なく物語を駆動させる。
テーマと文体、会話の全てが物語に還元され、引き算をしたら後には何も残らない端正な名作だと感じた。

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