第26話 相合い傘!? 後編


 部長と相合い傘をしながら歩いていると、前方の喫茶店のひさしの下に、見知った顔があった。


「あれ、朝倉あさくら先輩?」


 鞄を胸に抱きながら不安そうに空を見つめているのは、間違いなく朝倉先輩だった。


「ここ、バスルートからも離れてるよね?」

「そうですね……ちょっと声をかけてみます」


 心配顔の部長と一緒に彼女のもとへ近づき、声をかけてみる。


「先輩、どうしてこんなところにいるんです?」

「あら、内川君……恥ずかしいところを見られちゃったわね」


 そう言って苦笑する彼女は、その薄藍色の髪から雨水を滴らせていた。白を基調とした制服も、肌の色が透けるほどに濡れている。


「てっきり、汐見さんや翔也とバスで帰ったものかと」

「私の家、桜乃町さくらのちょうのほうにあるの。循環バスのルートから外れているから、別のバス停を使う必要があって」

「桜乃町って、高級住宅街がある場所だよ? まさか、さっちゃんはお嬢様!?」


 部長が驚きの声を上げる中、先輩は浮かない顔をしていた。この話題には触れないほうがいいかもしれない。


「じゃあ、別のバス停に行く途中で雨に打たれてしまったんですね」

「そうなの。降り出す前に行けると思ったんだけどね」


 先輩は息を吐いて、胸元の鞄を強く抱きしめた。

 その鞄の意図に気づいた時、俺は慌てて視線をそらす。


「よーし、まもるくん、ここは新入部員のさっちゃんを助けてあげるべきだよ!」


 どうしたものかと悩んでいると、部長は高らかに叫んで傘の外に出てしまう。

 先輩が目の前にいるので、部長と直接会話するわけにもいかず、俺は目線だけを向ける。


「さっちゃんを無事に送り届けるんだぞ! 私は護くんの家の前で待ってる! それじゃ!」


 続いてまくしたてるように言うと、彼女は雨の中を走り去っていった。

 部長なりに気を使ってくれたようだけど、どのみち彼女は雨の影響を受けないのだし、一緒についてきてくれてよかったのに……なんて思うも、もはや後の祭りだった。


「……朝倉先輩、近くのバス停まで送りますよ。傘、入ってください」


 だからと言って、せっかくの部長の好意を無下にはできない。そう思った俺は、先輩に傘を差し出した。



 ……その後、朝倉先輩と一緒にバス停までの道のりを歩く。

 相変わらず雨は降り続いているけど、心なしか雨脚が弱くなってきた気がする。


「ごめんなさいね。送ってもらっちゃって」

「気にしないでください。あの状況じゃ放っておけませんから」

「ありがとう。部長代理さんは優しいのね」


 急に“部長代理”と呼ばれて、なんとも言えない気恥ずかしさを感じてしまう。


「あ、あくまで代理ですから」


 照れ隠しのようにそう口にすると、朝倉先輩は何か考えるような仕草をする。


「できたら本物の部長さんにも会って挨拶をしたいところだけど、それは無理なのよね?」

「あー、それは……色々と複雑な事情がありまして。すみません」


 本物の部長は幽霊なので無理です……なんて言えるわけもなく、俺は平謝りをする。


「謝らなくていいわよ。その代わり、部長さんについて教えてもらえないかしら」

「え?」

「せっかく同じ同好会に所属したのだし、どんな人か知りたいの」

「そ、そうですね……俺にわかることなら」


 少し悩んで、俺は彼女の願いを聞き入れることにした。

 たぶん、部長なら嬉々として答えるだろう……そう思ったからだ。

 とはいえ、どこまで話したものか。幽霊だということはもちろん話せないし。


「イラスト同好会の部長さんだから、その人も当然絵は描くんでしょう?」

「はい。さすがに上手ですよ。部室に彼女の描いたポスターがあるので、今度見せます」

「それは楽しみね。そうだ。私は料理部だから、お菓子の差し入れとかしたいのだけど、部長さんの好きなお菓子とか知ってる?」

「あー、彼女、ドーナッツが好きです」

「ああ……部室にあるドーナちゃん人形、あれも部長さんの好みなのかしら」

「そうです。あとは恋愛小説が好きで、俺の部屋に入り浸って読んでます」

「い、入り浸ってる……? 部長さん、女性よね?」

「あ」


 つい正直に答えてしまったけど、よく考えればかなり危ない発言だった。

 決して間違ったことは言ってないんだけど、部長の行動が破天荒すぎるのだ。


「べ、別に変なことしてるわけじゃないですよ。本当に、恋愛小説を読みに来ているだけです」

「じゃあ、内川君も恋愛小説が好きなの?」

「そういうわけではないですが……ああ、この話は止めましょう。別の質問をお願いします」

「そ、そうね。誰でもプライベートはあるもの」


 なんだか話が変な方向に向かい始めてしまったので、無理やり話を打ち切る。

 朝倉先輩も顔を赤くしているし、変な想像をしていないといいけど。

 ……その後、なんとか話を軌道修正し、再び先輩からの質問に答えていく。

 中には説明に困るものもあったけど、部長のことを知ってもらういい機会だと思い、俺はできる限り回答していった。


「そうそう、一つだけ、大事なことを聞いていなかったわ」

「え、大事なことってなんですか?」

「部長さんの名前よ。名字だけでもいいから教えてもらえない?」

「名字ですか? 雨宮あまみやさんですけど」

「雨宮……?」


 何気なく答えるも、朝倉先輩は首を傾げていた。


「……その人、三年生なのよね?」

「ええ、まあ」


 本人から学年の話は聞いたことないけど、交流があるのに学年すら知らないというのは妙だし、そういうことにしておいた。


「うーん、雨宮……どこかで聞いたことがあるような。どこだったかしら」


 何か気になる部分があるのか、朝倉先輩は首をひねっていた。

 それこそ、先輩のクラスに同じ名字の人がいるのかもしれない。

 彼女はしばらく考えていたけど、答えは出ないようだった。



 それから5分程歩くと、朝倉先輩が普段使っているというバス停に到着した。

 話の種もなくなってきたので、ちょうどいいタイミングだった。


「ありがとう。楽しい相合い傘だったわ」

「なっ……」


 その別れ際、含み笑いを浮かべる先輩からそんな言葉を投げられた。

 今の今まで、気にしないように必死だったのに。まさか本人から言われてしまうとは思わなかった。


「部長さんを差し置いてこんなことをするなんて、私たち、噂になっちゃうかもね」


 続いてクスクスと笑う。冗談だとわかっていても、俺は自分の顔がみるみる熱くなっていくのがわかった。


「バ、バス降りても雨は止んでないかもしれませんし、この傘、使ってください!」


 俺は一刻も早くこの場を離れたい一心で、朝倉先輩に押し付けるように傘を渡す。


「え? でもそれだと、内川君が雨に濡れ……」

「大丈夫です! それじゃ!」


 困惑する先輩の言葉を遮って、俺は雨の中を自宅に向けて駆け出した。


 ◇


「……うーわ、護くん、なんでずぶ濡れなの!?」

「い、色々ありまして。すぐにシャワー浴びますんで」

「私と違って風邪ひくんだから、気をつけてよ! 看病できないんだからね!」


 そして家に帰り着くも、雨の中を傘も差さずに走り抜けた俺は全身ずぶ濡れ。アパートの前で待っていた雨宮部長にこっぴどく叱られたのだった。


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