第16話 中間テストと図書室


 長いようで短かったゴールデンウィークが終わると、すぐに中間テストが始まった。

 一週間に渡るテスト期間中は部活も休みで、学生の本分である勉強に集中する。

 学業でいい成績を残してこそ、部活に専念できるのだよ――そう言ったのは、誰でもない雨宮あまみや部長だった。

 ……その部長は現在、俺の目の前にいる。

 ちなみに今は数学のテストの真っ最中だったりするのだけど、彼女にとっては関係ないようだ。


「ほうほう。ふむふむ」


 俺の解答用紙を見ては意味深に頷き、席を離れる。次に汐見しおみさんや翔也しょうやの席に近づくと、同じように解答用紙を覗き込んでいた。

 テスト中だというのに扉を開けっ放しにしている教師もどうかと思うけど、そこにやってくる部長も部長だ。集中できない。


「部員たちよ、テスト頑張れー」


 全力で気づかないふりをしていると、部長はにこやかに手を振りながら教室を出ていく。

 誰にも気づかれてはいないだろうけど、俺は謎の安心感とともに、大きなため息をついたのだった。


 ◇


 そんなテスト期間も三日目となると、どこか中だるみしてくる。

 それを見計らったかのように一部のテストが返ってきて、学生たちを絶望の淵に突き落とすのだ。


「ぎゃー! この選択問題、全滅してるー! 登校する前に神頼みしたのに……!」


 帰りのホームルームが終わってすぐ、隣の席の汐見さんが机に突っ伏しながら叫んでいた。

 神社の娘さんなのに、神様は味方してくれなかったらしい。


「はぁ……内川君は英語、どんな感じ?」

「えっと、まあ、それなりだと思うけど」


 顔だけをこちらに向けてくる彼女に、俺は自分の解答用紙を見せる。


「89点……すご。絵だけじゃなく、勉強もできるんだ」

「やるねぇ。ほのかとは大違いだ」


 汐見さんが驚きの表情を見せた直後、翔也もやってきた。


「うっさい。追試がなければそれでいいの」


 気だるげに体を起こしたあと、汐見さんは帰り支度を始める。


「そうだ。ほのかと俺はこれから図書室で勉強するんだが、まもるも一緒にどうだ?」


 俺も帰ろうかな……なんて考えていると、翔也がそう誘ってくれた。

 一人でやるより勉強も捗りそうなので、俺は二つ返事でOKした。



 この学校の図書室は三階の端にあって、美術科がある関係上、絵画や美術に関する本が多い。

 その保管場所を確保するため、必然的に閲覧スペースが狭くなっていて、テスト期間中でも利用する人はほとんどいないそうだ。

 現に、今図書室にいるのは俺たちと受付の先生、そして部長の五人だけだった。


「えーっと、明日は日本史と化学だっけ……どっちも自信ないなぁ」


 俺の向かいに座った汐見さんが、生気のない顔で教科書を引っ張り出す。


「お前はどれも自信ないだろ。ところで、今日は英語だけじゃなく現国も返ってきたが、結果はどうだった?」


 そんな彼女の隣に座る翔也がわざとらしい笑みを浮かべながら問う。


「……平均点に近かったとだけ言っておこう」


 そんな彼と目線を合わせることなく言って、汐見さんはノートを広げた。いつもより心なしか声が低い気がする。


「そういう翔也はどうだった? ずいぶん余裕そうだけど」

「こいつ、瞬間記憶できるかんね。ほとんど勉強しなくていいの」


 なんとなく尋ねてみると、ジト目の汐見さんがそう教えてくれた。


「楽できるのは暗記ものだけだぞ。それ以外はしっかり勉強してるし、瞬間記憶も全部が全部覚えていられるわけじゃない」

「それでも明日の二科目は楽勝でしょーが! このこの!」

「ぐわっ、ちょっ、やめろやめろ!」


 怒りが頂点に達したのか、汐見さんが翔也の脇腹をくすぐる。そこが弱いのか、翔也は奇妙な声を上げていた。


「君たちー、勉強するのは構わないけど、図書室では静かにねー」

「す、すみません」


 すると受付から声が飛んできて、やんわりと注意されてしまった。

 カウンターの奥にいるのは茶色のセミロングヘアと眼鏡が特徴的な先生で、名前はわからない。授業で見たことがないので、別の学年を担当しているのかもしれない。


「内川くん、ちょいちょい」


 それから大人しく勉強をしていると、ふいに部長から手招きされた。

 彼女は俺たちと一緒に図書室に来てから、ずっと書架の周囲をウロウロしていた。何か用事だろうか。


「あー、ちょっと資料探してくるよ」


 目の前の友人二人にそう伝え、ノートと筆記用具を手に立ち上がる。そのまま部長を追いかけ、本棚の間に身を隠す。


『部長、どうしたんですか?』


 図書室で堂々と話をするわけにもいかないので、持ってきたノートに文字を記す。


「この本、あとで借りてきてくれない?」


 そんな部長の手には、イラストの教本があった。


『美術関係のお硬い本ばかりじゃなく、こんなのもあるんですね』


 少し古いもののようだけど、さすがイラスト部(仮)の部長。学びに余念がないようだ。


「言っておくけど、これは内川くん用だからね。あと、これもお願い」


 感心した矢先に彼女は言い、一冊の文庫本を差し出してくる。


『これって、恋愛小説じゃないですか?』


 実際に読んだことはないけど、かなり長く続いているシリーズで、タイトルには見覚えがある。感動的なストーリーで、何年か前に話題になったやつだ。


「そうなの。最近ようやく入ったみたいで、見つけた瞬間は思わずガッツポーズしちゃった」


 本当に嬉しそうに言ったあと、「というわけで、よろしく」と、俺に本を手渡してきた。


『わざわざ借りなくても、こっそり読んだらいいじゃないですか』

「それはよくないよ。本のページが勝手にめくれていくのを目撃したら、怖いでしょ?」

『まあ、怖いですね。学校の怪談レベルですけど』

「私、集中したら周りが見えなくなる自信あるし、絶対噂になるよ。図書室の幽霊だって」

『わかりましたよ。どっちも部室に置いておきますから、好きな時に読んでくださいね』

「やったー、ありがとう!」


 至って真剣な表情で言う部長がどこか微笑ましくて、俺は彼女の代わりに本を借りてあげることにした。


「……あれ? それって有名な恋愛小説だよね?」


 そのまま席に戻ると、俺の手にある本を見た汐見さんが首をかしげる。


「おい護、イラスト教本はわかるが、そっちは何の資料なんだよ」


 続いて、翔也が苦笑しながら訊いてくる。

 ……しまった。二人には資料を探してくるって言ったんだっけ。


「内川君って、実は乙女チック……?」

「いや、この本はその、以前から興味があって」


 二人からの奇異の目に晒されながらも、俺はなんだかんだと理由をつけて、その場をやり過ごしたのだった。

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