第22話

 舞は僕の人生を狂ったと表現したけどそれは違う。


 壊れてもいないし狂ってもいない。

 

 むしろ僕の方は、舞には感謝しているんだ。

 

 拝島舞、君は僕に『きっかけ』をくれたんだ。背中を押してくれた。

 

 あの時――舞を助けるまでプロチームのユースの練習を見学してした。

 

 その練習風景を見て、一緒に見学していたチームメイトは、やる気に満ち溢れていたみたいだった。けど、自分はプロを目指そうとは思えなかった。もっと言えば、お金をもらってサッカーをしたいとは思えなかった。

 

 それに――自分の限界というのが何となくわかった。

 

 能力的にも精神的にも。

 

 もちろん覚悟というか、信念というか、そういう精神的な部分が一番足りなかったのが一番の問題だった。


 それを気が付かせてくれて選択を押し付けてくれたのがあの日だった。

 

 いや正確にはその練習を見学する前――都の選抜に選ばれた時なのだけど……。

 

 今振り返れば、僕はいわゆる挫折というものをしたのだと思う。

 

 まあ、あの時、自覚はなかったが。


 何のためにボールを蹴っているのか分からなくなった。そして、サッカーを続けたいという気持ちが薄れていた。

 

 サッカーに対する集中力が切れたのかもしれない。

 

 どうでもよくなった。それこそ、なにもかもが。

 

 だから、いっそのことサッカーから離れようと思った。辞めようと思った。

 

 そうしたら、世界が違って見えるのかもしれない。

 

 また夢中になれる何かを見つけられるかもしれないと思った。

 

 けれど、いざ決心したものの、急に何を目指せばいいのか分からなくなった。

 

 不安になった。なぜか無性に自分に腹立たしくなったんだ。

 

 そんな時に不審者を見つけた。そして、女の子――舞が襲われるところに遭遇した。

 

 正直、あの時――僕は、どこにも行き場のない感情を発散したかった。ただそれができればよかった。だから、積極的に故意に、確信犯的に犯人へと近づいた。

 

 今にして思えば、無意識かもしれない。いや都合の良い言い訳かもしれない。

 

 舞を助けることよりも、自分のストレス発散を目的にしていた。

 

 最低だろう?


  だから、頭を下げないでくれ。


『それでも、感謝している』などと言わないでくれ。

 お願いだから、申し訳なさそうにしないでくれ。

 やめてくれ。


『ありがとう』などという言葉を聞きたくない。


 …………これを聞いても、まだ感謝を述べるられるか?


 あの時、僕は、大義名分、正当防衛を念頭に置いていた。


 そして案の定、犯人が挑発に乗ってくれた。

 

 僕はあの時――舞を助けることよりも、舞を気に掛けることよりも、犯人を殴ることに夢中になっていた。

 

 肩の痛みや手の痛みなどが気にならなかった。

 いや気が付いてすらいなかった。

 それくらい夢中になって殴っていた。

 

 初めて人を殴ったのに何も感じなかった。

 

 脳震盪を起こしている犯人を見て何も心が動かなかった。

 

 それに気が付いた瞬間、妙に怖くなった。

 ぞっとした。

 

 そして女の子――舞の姿を見てホッとした。

 

 ああ、僕はこの娘のために行動したんだ。

 そう言い聞かせることが出来からよかったと思った。安心した。

 

 ほんとダサいよな。

 

 病室で目を覚まして未成年者の法律のこと示談のことを聞いた。


 その時、初めて法律に興味を持った。そしてこれを極めたいと思った。いや、正確には『なぜ』という疑問が次々に湧いてきた。それをすべて解決したいと思った。


 その時に、サッカーの代わりになるものを見つけた。


 目標。目的。根拠。理由。


 そして――サッカーを辞めるための『きっかけ』。


 それらすべてを与えてくれたのは――舞。

 これらすべてに気が付かせてくれたのは――舞。


 だから感謝しているんだ。


 ありがとう。


 もしも舞に会わなければ、僕は無意味に無感動に日々を消費していたと思う。

 それこそ怪我を負ってサッカーを続けることもできなくなったわけだから、無気力な人間になっていたのかもしれない。


 そう考えただけで怖くなる。


 怪我は僕の自業自得だ。

 故意に犯人に近づいて憂さ晴らしをするために殴って負った代償だ。

 信賞必罰だ。因果応報だ。


 僕は報いを受けただけのこと。

 

 舞が悪いことは何一つもない。

 

 だから、舞が謝る必要はない。

 だから、舞が泣く必要はない。

 だから、舞には笑ってほしい。

 

 謝るのは、僕の方なのだから。

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