銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれることになりました~

川上 とむ

第1話 銀狼の花嫁に選ばれました!


「コルネリア、お前には銀狼ぎんろうの花嫁になってもらう」


 二十歳の誕生日に長老さまから呼び出され、突然そう告げられました。


 銀狼の花嫁とはこの村の習わしで、村の周囲を囲む『銀狼の森』の主である銀狼に生贄として若い娘を捧げるというものです。


 私も話には聞いていましたが、まさか自分が選ばれるとは思ってもいませんでした。


「わしも心苦しいが、村の皆で決めたことだ。受け入れてくれ」


 そう言って長老さまは頭を下げるも、明らかに気持ちがこもっていません。


 そんな! 私が何をしたっていうんですか! 習わしにかこつけた追放ですし、絶対に出て行きませんからね!


 ……そう叫びたくてたまりませんでしたが、叫んだところで村の決定を覆すことはできません。


 正直なところ、この習わしは口減らしの意味もあるのです。


 つまり、私はこの村にとっていらない人間だと判断されたようです。


 それに気づいた私はただうなだれ、長老さまの屋敷をあとにするしかありませんでした。


「コルネリア、銀狼の花嫁に選ばれたんだって? おめでとう」


「おめでとう。コルネリア」


 自宅へと続く道を歩いていると、すれ違う村人たちが口々に祝福してくれます。


「ありがとうございます。光栄です」


 愛想笑いを返しますが、私には村人たちが笑顔の仮面を被っているようにしか見えませんでした。


 うちの娘でなくてよかった……なんて心の声が、今にも聞こえてきそうです。


 この村は周囲を森と山に囲まれ、村人たちは自然の恵みに頼って生きています。


 狭い土地では作物も十分に実らず、いつもギリギリの生活です。


 ……その食い扶持が減るのですから、さぞ喜んでいることでしょう。


  ◇


 村を北に向かって歩いていると、一軒の小屋が見えてきました。


 そこが私――コルネリア・ヘンドリックの家です。


 獣医をしていた母が亡くなってからは、私もそのあとを継ぎ、動物たちの世話をしながら一人で暮らしていました。


「話は聞いたよ。コルネリア、大丈夫なの?」


「生贄って、人間でもなることがあるんだねぇ」


 扉に手をかけたとき、庭にいた牛とニワトリがそう声をかけてくれました。


「全然大丈夫じゃないです。それとニワトリさん、生贄って言葉はストレートすぎるので使わないように。一応、花嫁なんですから」


 私は振り返って、自然と動物たちと会話をします。


 ……何を隠そう、私は生まれつき動物たちの言葉がわかるのです。


 母もそうだったので、この能力は血筋なのだと思います。


 そんな不思議な力もあって、私にとって獣医は天職だったのですが、村の皆は動物と話す私を気味悪がり、変人扱いしていました。


 それが結果的に、今回の花嫁選定に繋がったと言っても過言ではありません。


「あーもー、どうしてこんなことに……!」


 扉を閉めるやいなや、私は思わず頭を抱えます。


 部屋の鏡には、死んだ魚の目をした自分の姿が映っていました。


 腰ほどまである黒髪は母親譲りですが、日頃あまり手入れをしていないせいか、ところどころ飛び跳ねてしまっています。


「はぁ」


 次に大きなため息をついて、ベッドに倒れ込みます。


 なんにしても、銀狼の花嫁に選ばれたということは、村からの追放は確定事項です。


 銀狼は非常に足が速く、一夜で千里を駆けるという噂ですから、まず逃げられません。


 もし森の中で出会ってしまえば、間違いなく食べられてしまうでしょう。


 万が一銀狼の目を欺けたとしても、隣の村に行くには険しい山を越える必要があります。


 それ以前に、クマやイノシシのような危険な動物もいるので、森から抜け出すこと自体が困難です。


「何か、何かいい方法がないでしょうか……!」


 ベッドの上を転がりながら、私は必死に考えを巡らせます。


「コル姉さん、どうしたのかねぇ」


「よくわからないけど、クルミをかじれば嫌なことなんて忘れられるよ?」


 そんな私の姿を、リスの親子がテーブルの上から心配そうに見つめていたのでした。


  ◇


 それから数日後、私が銀狼の花嫁として森に送り出される日がやってきました。


 私は用意された純白の花嫁衣装に身を包み、髪を大きな三つ編みに結って、早朝から村の中を引き回され……いえ、練り歩きます。


「コルネリア、お幸せに!」


「元気でね!」


 村の皆がお祝いの言葉を口にしてくれますが、私の心には一切響きません。


 なんとか打開策を見出そうと、ここ数日村の習わしについて調べてみましたが、わかったのはこれまで花嫁として差し出された女性は誰一人として戻ってきていないという事実だけでした。


「ミナサン、オセワニナリマシタ」


 最後に抑揚のない声で皆に感謝の意を伝えると、村長さまや数人の男性たちとともに、私は銀狼の森へと向かうのでした。


 ……無言で歩く彼らに連れられて、次第に森の奥へ奥へと進んでいきます。


 目隠しをされている上、かなり長い時間歩いたことで、自分が森のどこにいるのかもわからなくなっていました。


「……よし。この辺りでいいだろう」


 やがて長老さまの声がして、目隠しが取り払われます。


 続いて彼らは、わずかな食料と荷物が入ったバスケットを私に手渡すと、一礼して去っていきました。


「はぁ……とうとう、追い出されてしまいました」


 大きくて頑丈なバスケットを椅子代わりにして、私はその場に座り込みます。


 なんとなく見上げてみると、巨木の枝がいくつも伸びていて、空を覆い尽くしていました。


 その光景に圧倒されていると、どこからか鳥たちの声が聞こえます。


「人間が来たよ」


「変わった恰好をしてる。狩人じゃない」


「あれは銀狼さまの花嫁じゃない? 報告しないと!」


「いやいや、報告しないでいいですから!」


 どこの鳥さんとも分からぬ相手に向け、私は声を張り上げます。バサバサと羽音が聞こえ、数羽の鳥が枝から飛び立ちました。


 直後に言い知れぬ恐怖を感じた私は、すぐに視線を戻して立ち上がり、置いたばかりのバスケットを手にします。


 その拍子に、土の中に半分埋もれた白い布が目に留まりました。


 それが私と同じような衣装を着た白骨だと気づくのに、時間はかかりませんでした。


「うわぁお」


 私はこれまで出したことのないような声を出しながら後退し、体を反転させて急いでその場を離れます。


「ど、どこか安全な場所に身を隠しましょう。荷物の中に食料もあるし、しばらくは大丈夫……!」


 そう考えながら、慣れない森の中をひた走ります。


 そしていくつかの茂みを抜けた時、突然巨大な銀色の壁が目の前に現れました。


 全速力で走っていた私は、それを避けきれずに正面衝突。謎の弾力によって弾き返され、腰を木の根にしこたま打ちつけます。


「あいたたた……こ、この壁はいったい?」


 腰をさすりながら前を見ると、その銀色の壁がのっそりと向きを変えました。


「……誰かと思えば人間ではないか。こんな場所に何用だ」


 木漏れ日に照らされた銀色の毛並み、それは紛れもなく、この森の主である銀狼でした。


 自分の倍近い背丈の獣を見上げながら、私は悟りました。


 ……終わった、と。

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