第34話:連戦!炎のリザードマン

灼熱の洞窟の中、俺とリザードマンは幾度も刃を交える。奴の爪と陰翳がぶつかるたび、火花が散り、荒々しい金属音が響いた。


力は当然奴の方が上。まともに受ければ即壁に激突。それだけで俺は死ぬ。ひたすらに奴の猛攻を流して捌いて避け続ける。


奴が右手を振り上げた瞬間に、脇下を潜り抜ける。燃える背中目掛けて振り下ろそうとしたとき、俺の直感は回避を選んだ。


地面を全力で蹴り、大きくバックステップ。刹那、炎の槍が俺目掛けて飛び出した。着地、反転、全力ダッシュ。背中から熱が迫ってくるのを感じる。


もう一度振り向き、即座に逆袈裟。追ってきていた熱をまとめて薙ぎ払う。


視界を埋める、炎の波。奴のブレスが炎の槍を弾き飛ばす勢いで放たれた。槍はダミーだったのかよ!


地面を蹴り、出来るだけ高く飛ぶ。靴の先が少し蒸発した。


着地、即座に受け流し。奴の両腕が洞窟の壁を抉る。破片が頬を掠め、少し切れた。


「あっははは!」


笑顔が溢れる。やっぱり魔物モンスターはいい。魔法みたいに不思議で、メイスのように力強くて、剣のように鋭くて、かっこいい!


笑いながら、俺は踊る。灼熱の洞窟の中、炎の蜥蜴人リザードマンと踊り狂う。


銀閃が舞い、燐火が爆ぜる。洞窟の壁も地面も抉って削って壊して、二体の魔物おれたちは跳ね回る。


炎が掠り、腕が少し焼ける。爪に捕らえられ、肉が少し切れる。でも痛みは全く感じない。暑さもない。ただ俺は、溢れ出す歓喜と幸福に身を任せて、ひたすら陰翳を振い続けた。


だが楽しい時間は、不意に終わりを迎えた。腕がくるくると宙を舞い、奴の後ろへと落ちた。奴の顔が驚愕に歪む。刹那、俺は奴の胸を貫いた。


「俺の…勝ち」


奴の背中から鮮血が飛び散る。俺は陰翳を引き抜くと、二度振るって納刀した。


奴が膝から崩れ落ち、地面に血溜まりが広がった。奴の背中の炎が弱まっていく。ゆらゆらと揺れて、ふっと消えた。


目線を上げると、別のリザードマンがいた。今度は三匹だ。


「くっくっあはははははは!おかわりだぁ!!」


もう一度陰翳を抜刀。奴らとの距離を一気に詰める。走りながら首目掛けて一文字斬りを放った。二匹は避けられた。一匹は切断まではいかないけど、かなりの深傷は負わせた。硬直している深傷野郎に横、袈裟、横の三閃。さらに腹を突き刺し、奴の炎を消し去る。


一匹目から陰翳を抜いたら、二匹目と三匹目がブレスを構えていた。奴らの口にある火球をまとめて斬る。火球が爆発し、奴らの顎が吹き飛んだ。


体勢を崩した二匹を蹴り飛ばし、二匹目に刃を突き立てる。二匹目の背中の炎も消えた。これでラスト一匹。


三匹目に刃を向けた瞬間、マグマが奴を飲み込んだ。俺は巻き込まれないように距離を取る。


動くマグマに、二つの目が現れた。ぎょろぎょろとバラバラに動く両目が、ピタっと俺の方を見て止まった。


陰翳の切先をその目に向ける。腰を落とし、飛び込もうとした瞬間、動くマグマは尻尾を巻いて逃げた。そこには、中途半端に溶けたリザードマンの死体が残っていた。


「逃げた…」


あまりにも華麗な逃げっぷりに、俺は少しの間放心していた。



(あ、リュック)



そういえば最初に置いてきたリュックを回収するのを忘れてた。慌てて戻れば、炎のブレスに巻き込まれたはずなのに、綺麗な状態のままのリュックがあった。



「いや、どんな素材だよ!靴蒸発したんだぞ!?」



あまりの衝撃に、俺は思わず叫ぶ。俺の一人ツッコミは、洞窟に虚しく反響した。


何はともあれ、荷物は無事だった。俺はリュックを背負って、再び奥へ進む。


歩いていると、喉が渇いたので水筒を出した。それを一気に呷ったが、一滴の雫が滴るだけだった。


マグマまみれの世界で、水がなくなった。そんな時はーー



「水よ・集い流れよーー」


突き出した右手の先に、青い魔法陣が現れる。そこに左手に持った水筒を添え、ネスティを調整。凪いだ水面を、より狭くより浅く思い浮かべる。すると、俺のイメージに合わせて魔法陣が小さくなっていった。


「ーー《ワーテル》」



鍵言葉を言えば、魔法陣からジャーッと水が出た。小川の途中にある、小さな滝みたいな感じ。


すっかり満タンになった水筒を一気に呷って喉を癒す。うん、美味しい。


実はラフィと過ごした十日間で、かなり魔法のトレーニングをしていた。といっても、未だまともに使えるのは水魔法だけだ。しかも初歩の初歩、《ワーテル》だけだけど。


別に《ワーテル》しか使えないわけじゃない。詠唱すれば他の魔法だって発動させれる。ただかなり練習しても直らない、癖のようなものが俺にはあった。それは魔法が俺に向かって発動するということだ。


正面に飛ぶイメージをしても、相手をホーミングするイメージをしても、俺自身をイメージから除外してもダメ。


他の冒険者やキュルケーに聞いてみたら、そもそも自分に向けて魔法を発動する方が難しいと言われた。それができるのは、自身に加護、つまりバフを掛ける魔法や回復をする魔法くらいだって。


でも、ヒントになりそうなことも聞けた。曰く、イメージだけが先走って、ネスティがそれに合ってない状態で魔法を発動してるんじゃないかって。


結局、出来るようになったのは出力の調整だけ。しかもあんまり細かくコントロール出来ない。たくさん水を出すか、さっきみたいに少しずつ出すかくらいだ。



(もっと練習頑張ろ)



そんなことを考えていると、最初のリザードマンを倒したところまで戻ってきていた。戦いの跡は残っているが、死体は消えている。たぶん、さっきの動くマグマが持っていったんだろう。



(片付けありがと)



素材を持ち帰りたいが、リュックの中に入れる余裕はない。とはいえそのまま置いていくのも嫌なので、処理してくれたのは非常に助かった。


先へ進めば、案の定他のリザードマンの死体も消えていた。


それからは、特に何かと出会うわけでもなく、ひたすら歩いた。不自然なほど真っ直ぐな洞窟だった。そしてその不自然さをさらに強調するものが現れた。


それは大きな扉だった。たぶん材質は洞窟と同じ石。鎧を着た大きなリザードマンが描かれていた。手には長槍を持っている。



(これはもうダンジョンと呼んでいいのでは!?)



真っ直ぐな洞窟は通路で、扉はボス部屋のやつ。もうそれにしか見えなくなった。こうなったら俺がすることはただ一つ。前へ進む!そしてボスを拝む!



(たぶん扉絵のリザードマンがボスだな。今回は槍使いランサーなわけだ)



さっきのリザードマンたちも炎の槍を出してたし、それの上位互換だろう。凄く楽しみ。


一歩踏み出した瞬間、岩と岩の衝突音が激しく響いた。遅れて風が服を靡かせる。見れば扉が開き、その先に奴がいた。右手が前、左手が後ろの前傾姿勢。奴は何かを投擲したのだ。


状況を理解した瞬間、リュックを投げ捨てて陰翳を抜刀した。


奴が強く踏み込み、地面が割れる。即座に回避を選択。なりふり構わず右へ飛び込んだ。


足元を巨大砲弾がよぎる。その風圧に巻き込まれ、俺は地面を転がった。


頭上に影が落ちる。立ち上がる間もない追撃。奴のドロップキックを転がり避け、大きく距離を取った。とはいえ、ここも奴の間合いの中。案の定、大振りの両拳が唸りを上げて迫ってきた。


さっきよりも遅い。距離を取ることは出来るけど、おそらくそれは罠だ。


奴の殴打をスレスレで回避し、懐に飛び込む。さらに身を捩って回転。腹に一条の赤を刻み付ける。


奴はそれを意にも返さず蹴りを放った。陰翳を盾に受け、体を回して衝撃を散らす。水平に回った勢いそのまま、ひざ蹴りを横っ面にぶち込む。硬い感触が膝を襲った。


「かはっ!」


肺から空気が飛び出す。一瞬で地に叩きつけられた。頭から逝かなかっただけマシ。


横に転がり、二撃目を回避。石の破片が飛び散った。


跳ね起き、即座に受け流し。三、四とんで十五、六。まだ追いつける。一撃を放つたびに加速していく拳の嵐。気がつけば五の拳を一で流して弾いていた。


破裂音が響き渡り、陰翳が宙を舞った。クルクルと回る相棒が、やけに遅く見える。外した。流し損ねた。この代償は、俺の死地で返却かな。


右斜、半身を切って踏み込み。腹、顔、腕ーー全身の一寸前を拳が捉える。


奴の視線が、正面から俺の方に移る。左脚を軸に、右大振りの蹴りが飛んだ。中段を狙って放たれたそれは、しゃがんだ俺の頭上を掠めて空を切る。


その瞬間、落ちてきた陰翳が背中を斬り裂いた。傷の深さ故に、奴は血の背びれを生やした。いいじゃん、スピノサウルスとお揃いだよ。


奴が金切り声を上げ、思いっきりのけ反る。その隙に地面に刺さった陰翳を抜きはなった。


奴は痛みに喘ぎ、苦しみ悶えている。これは千載一遇のチャンス。


陰翳を両手で持ち、右肩よりも高く構える。膝の力を抜き、両足を前後に開く。息を目一杯吸って、一瞬の瞑想。


一の太刀疑わず…二の太刀要らず…ただ敵を潰すのみ!


示現流じげんりゅう 蜻蛉とんぼの構えーー


「チェストォォォォ!!」


全力で、全体重をかけて振り下ろす。陰翳の刃が奴の頭を捉え、鱗を斬り裂き、肉を分かち、骨を砕き、命を削る。甲高い断末魔が鼓膜を叩く。飛び散る血で赤く染まる。


切先が、空を切った。数瞬の間が開き、真っ二つに裂けた奴が地に伏した。誰であろうと勝利を確信するであろうこの瞬間、俺の勘は警戒の鐘をけたたましく鳴らしていた。数歩下がり、正眼に構える。


突如、奴の体から火柱が立ち昇った。マグマの数倍の輝きが洞窟を照らす。あまりの熱気に、俺はさらに数歩下がった。


火柱が消え、奴が姿を現す。先ほどとは違い、煮えたぎるマグマと黒岩の鎧を着けていた。さらにその手には、俺の三倍はある炎の長槍。高温のあまり、白い光を放っている。


奴が地面を一突きした。ジュワッという音と共に、槍の周囲の石が消える。


違う、消えたんじゃない。蒸発したんだ。それだけの熱を、あれは持ってる。


どこぞの炎と氷の魔人よりも、圧倒的に上の火力。ざっと見積もっても二千度は超えてる気がする。これは近づくだけでもゲームオーバー。


いいじゃん!最高じゃねぇか!!クッッソかっけぇよ!!!


口角がさらに上がる。心臓の鼓動が速くなる。頭がぐっちゃぐちゃになる。


おれが望むままに、奴との距離を詰める。奴の間合いに入った瞬間、白い光が真横を駆けた。一番近かった頬の皮膚が消えて無くなった。


奴が槍を引く前に刃の少し下、逆輪さかわを弾く。蒸発音はしない。陰翳は溶けないみたい。これなら戦える…まだ足掻ける…まだ遊べる!


視界を埋め尽くす白光の雨礫。弾いて躱して弾いて躱して、じりじりと間合いを詰めていく。


陰翳の間合いに入った瞬間、奴が笑ったように見えた。反射的に地に伏せる。頭上ギリギリを熱線が焼き尽くし、熱風が俺を吹き飛ばした。何度も地面を跳ね、背中から壁に激突した。


笑う膝を叩き、無理矢理立ち上がる。見れば右太腿が抉れていた。


「あっはははははは!!!やっばぁ!!!」


笑いながら、右脚を思いっきり踏み込む。右半身に電撃が奔る。でもまだ動く…動けるよなぁ!?みぎあしぃ!


ネスティの昂りと共に、発破。愚直に、真っ向から距離を詰める。再び飛んでくる数百の白光を、弾いて弾いて弾きまくる。


ビキッ…


「は…」


嫌な音が鳴った。右の手首だ。遠心力が掛かった陰翳が、手から離れていった。


飛んでいった先には、奴の首。貫く瞬間がやたら鮮明に見えた。


それでも奴は動く。振り絞られた死力が生み出すのは、一条の光。太陽と並ぶ輝きを放つそれは、無慈悲にも俺を捉えることはない。


既に蹴りの間合いに入った。


地面を強く蹴り、宙を舞う。体を丸めて回転。陰翳に全力の踵落としを決めた。


鎧も骨も腑も、全てを斬り裂き赤に染める。溢れ出す血が、劈く叫びが、奴の生の終わりを示す。ベシャリッという音と共に、奴は地面に崩れ落ちた。


陰翳を拾い、血を払って納刀。肺に詰まった息を、まとめて吐き出した。


奴の方に向かって、礼。



(最高の時間を、ありがと)



見た目、槍術、魔法。あらゆる点において素晴らしかった。


赤い粒子が、奴の体から現れた。それに合わせて、鎧と槍が消えていく。ふわふわと飛んでいく粒子が魅せる景色は、戦いの幕引きとして完璧なものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る