第6話 朝はくる

「やっちまった……」


「あはは、やらかしたねー!」


「なんでアラームをかけるって発想が出なかったんだ……」


「まさか昼過ぎまで爆睡するとは思わなかったねー!」


「あと6時間程度しかねえぞ……」


「あっはっは! ただのバカだねー!」


「なんでお前、そんなに楽しそうなんだよ」


 いつ寝たのかも定かではない。どうしようもない心地よさに抱かれながら、俺達は睡眠を貪ったのだろう。

 そして、気づいた時には既に遅し。目をこすりながら携帯を見ると、時刻は一時を回っていた。


「……とりあえず、腹減ったな」


「なんか作ろうか? 何食べたい?」


「目玉焼きとお味噌汁とご飯」


「牛乳は?」


「飲む」


「ほら、やっぱり昨日買い物しに行っといて良かったじゃん」


「……不思議と、特別なもの食いたいとは思わないもんだな」


「じゃあ、私おーち戻って作ってるね。コウくんは顔洗って歯磨いて、シャンとしてから来てくださいな」


 小春はバタバタと寝室から出て行く。どこか切なさを感じながらも、不思議と気持ちは落ち着いていた。


「とても、世界の終わりがもうすぐ来るとは思えねえな。いまだに、現実味がわかねえ……」


 頭をガシガシとかきながら立ち上がる。時間がもったいないという感覚もなく、ゆったりと

身支度をする。


 ダラダラと携帯をさわりながら小春の家に向かうと、一つの異変に気づいた。


「あら、いらっしゃいませー彼氏さま。もうすぐご飯できますよー」


「彼女さま、ネットが繋がらねえ」


「あー、昨日までは使えてたのにね。いよいよ、世界にも異変が起きてるかあ」


「これじゃ、施設のやつらとか世話になった人に連絡とれねーな」


「私、昨日のうちに連絡しといたよ。コウくんと仲良くやってるから心配しないでーって」


「いつの間に……」


「薄情なコウくんとは違うのですよ。さあ、出来たよー。食べようか」


 いつもの、小春が作る朝食。

 ベーコンと一緒に焼かれた目玉焼きに豆腐とわかめのお味噌汁。分厚く切られた沢庵と白米が並ぶ。


「……めちゃくちゃ美味い」


「私もそう思いますね。これ以上の食事はありませんな」


 二人で黙々と食事を進める。何も変わらない普段の食事風景だが、いつもと違うのは、映らないTVと時間に追われていないこと。

 本数の少ないバスに乗り遅れるのは仕事の遅刻へと直結する為、普段であればこんなにゆっくりと味わうことはない。


「……よく考えると、バス出てねえよな」


「指輪買いに行けないねー」


「市役所もやってねえよな」


「婚姻届出せないねー」


「……何するか」


「ふっふっふ、任せなさい! 最期の日さえもリードできないポンコツコウくんのために考えてあるのですよ!」


「お前、内心俺のことバカにしてるだろ?」


 小春は食器を片付け、代わりにテーブルにA4サイズの白紙の紙を広げる。

 そこにニコニコとしながら、ボールペンで何かを書き始めた。


「……何書いてんだ?」


「手作り婚姻届!」


「何とも可愛らしいことやっていらっしゃるが、それどこに出すんだよ?」


「神様に出すよー。今さら人間に受理されるより、よっぽどいいでしょ?」


「おまえ……頭大丈夫か?」


「いいから、コウくんは印鑑持ってきて。実印ね! 本気でいくよっ!」


 狂ってしまったのかと若干心配になりつつ、真剣に取り組む小春の姿を横目に印鑑を取りに行く。


「持ってきたぞ」


「よしっ! じゃあ、この夫になる人ってとこに名前書いて印鑑押して!」


「……妻になる人と夫になる人って欄しかないけど、これ大丈夫か?」


「大丈夫、大丈夫! 神様なら多少アバウトでも許してくれるよ!」


「アバウトすぎるだろ。……まあ、いっか」


 小春に言われるがままに、自分の名前を記入し印鑑を押す。


「……こんな婚姻届でも、わりと緊張するもんだな」


「こんなとか言わないの! 私の力作だよ!」


「3分で作ったものを力作とは言わねえんだよ」


「さてさて、ウダウダ言ってる暇なんかないよ」


 小春は立ち上がり、婚姻届をファイルに入れていつものトートバッグに大切そうにしまう。


「ほら、コウくん準備してー」


「……何するんだよ?」


  少し間をあけたあと、どこか寂しそうに笑いながら小春は答えた。


「私達の最後のお出かけ」


ーーーー

世界滅亡まであと5時間

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