13 ルミナス

   13 ルミナス


 画面に膨大な検索結果が並んだ。

 力の使い方を知り、制御し、成長させるためには、自分が戦場で得た体感だけでは十分とは言えない。射撃だって正しい銃の構え方を教わらなければ効率よく上達しないだろう。

 時間がないから予め考えておいた優先順位で調べた。まず、Luminousルミナスとはそもそも何なのか。

 かつての私は、この力を神から与えられたものだと思っていた。同じように考える者は多いようで、些細な違いはあっても大体似たような主張が多かった。しかしルミナスを使えると主張した者には、とても神から力を授けられるとは思えないような悪人だっていたはずだが、彼らはそのことにどう折り合いを付けているのだろう。

 単純明快なのは、この力は人間が本来持っている生命力、或いは魂の力の具現化であるという考えだ。この説によると、実はあらゆる人間がその魂の力を無意識に使っているという。だが常人はその力が弱いため、並外れて魂の力が強い者だけがそれを使えているように見えるという。つまり力の有無ではなく強弱によって普通の人間か否かが分けられるということらしい。

 似て非なる説としては、生命ではなく精神、意志の力の具現化であるという説があった。確かに人間や生物が石ころよりも強いルミナスを発しているのは私にとっては歴然とした事実で、更に言えば岩石よりも土塊つちくれが、土塊よりも草木が、草木よりも獣や鳥が多くのルミナスを有している。動物が植物や微生物より強いルミナスを持っているのは、動物には思考、つまり精神があるからというのは筋が通る。だが人間は、同じくらいの大きさの獣と比べて、特に多くのルミナスを持っているわけではなかった。精神の力に応じてルミナスの量が決まるなら、自由意思を持った人間のルミナスが一番強いはずではないか? それがこの説の信奉者たちの間で終わらない議論になっているそうだ。生憎もう長いこと獣以下の精神性の人間たちに囲まれて過ごしてきた身としては、連中のルミナスが犬にも劣る量でも何ら不思議には思わないが。

 そして現在多くの支持を集めているらしいのが、ルミナスとは人類が見ることのできない極小さな世界の物質であるという説だ(類似の説として「暗黒物質ダークマター説」というのがあるようだったがこちらは一読してもよくわからなかった)。十二歳で学校に通えなくなった私でも、この世のあらゆる物体が原子という小さな小さな粒の集まりで出来ていることくらいは知っている。その原子は更に小さな電子やら何やらで出来ているのだが、その電子よりもずっと小さくて人間には観測できない何かが、それらの隙間に存在しているという説らしい。つまりルミナスとは神秘的なものではなく、人間が見つけられていないだけの物質に過ぎないという考えだ。信心を捨てた私にはこちらの方が飲み込みやすかった。ただこの説では、極わずかな人間が自らの意志によってこの極小の物質を力に変えられる理由はわからなかった。脳内の化学物質の移動や脳波の影響がどうとかいう考察もあるようだが、義務教育さえ終えていない私には到底理解できそうにない。

 この説を更に胡乱にした、「極小世界の住人説」というのもあるらしい。妖精説と揶揄されることもあるこの考え方は、例えば原子を地球サイズに換算したときに人間くらいの大きさになるような、意志を持った何者か――極小世界に無数に存在する一種の生物のようなもの――が、人間の意志に反応して力を貸しているという。ここまで途方もない与太話になると手に負えない。私はそこで読むのをやめた。

 結局は確かなことは何もわかっていない、ということだけがわかった。だが重要なのは本質よりも利用方だ。

 最も有名なルミナスの使い手であるクリストファー――昔ドキュメンタリーで見た傭兵集団の創設者――は、仲間と共にその力を研究してまとめた。私が今見ている情報も、その研究に基づいている。

 ルミナスの主な効力は五つ。身体や身に着けた物体を頑丈にする。筋力の増強。神経伝達速度の向上。治癒力の強化。そしてルミナスを感知する感覚。

 Reinforceリーンフォース

 Mightマイト

 Nerveナーヴ

 Architectアーキテクト

 Senseセンス

 これら五つを統べる呼称、それがRMⅰNASルミナス

 使う者に優れた能力を発揮させるが、多くの者は常人の域を出ない力。

 五つの力はそれまで私が実感して使い、鍛えてきたものと間違いなく一致していた。

 身体の頑強さ。建物の三階相当の樹上から落下したことがあるが、途中で枝にぶつかりながら落ちたときもそうでないときも、ほとんど無傷で着地できた。骨も筋肉も皮膚も、明らかに周りの人間より強靭に補強リーンフォースされていた。

 膂力。十三歳になる頃には二人分の装備を携行して行軍できたし、腕力マイトは屈強な男たちに引けを取らなかった。山も平地も誰よりも速く駆け、猿のように樹の枝から枝へ飛び移れるほど身軽になっていた。

 反射神経と思考の早さ。死に直面した人間は周囲の景色がスローモーションのように見えるという話は聞いたことがあるが、銃撃戦や格闘の最中に時折それに近い状態を体験した。神経ナーヴ伝達が速くなることにより、思考も冴え渡り、目前の相手が銃を持ち上げこちらを狙う間に、そいつを無力化するための動作を時には十パターン近くシミュレートすることができた。

 治癒力。ジャングルでの訓練や実戦では、敵の攻撃以前に生傷が絶えない。葉や枝で顔を切ったり虫に刺されたりすることはしょっちゅうだが、そうしたときも私は他の人間より明らかに傷の治りが早く、しかもろくな薬や医療品がなくても跡形もなく元どおりに、設計図のとおりに建築家アーキテクトが建物を修復するように治ることがほとんどだった。

 ルミナスの感知。もはや殊更意識しなくても、息を潜めた人間の隠れている場所が手に取るようにわかったし、銃を撃つ直前の殺気がどの方向から来たものかはほぼ間違いなく察知できた。どころか対人地雷を仕掛けた際の残留殺気とでも言うべきものまで、この感覚センスで知覚できるようになっていた。

 ルミナスの正体に関する様々な説と同様、RMⅰNASのこともその日初めて体系立てて知ることができた。それまで知らずとも使いこなせていたそれが、錯覚でも思い違いでもないことがわかっただけでも大きな収穫だった。

 欲しい情報はあと二つ。ルミナスはどうすれば強くなるのか。RMⅰNASをより使いこなすことは可能か。

 この二年間で自分のルミナスの総量は大きく増えた。ではその成長はどういうときに起きているか。これも諸説あったが、私が実感として正しいと思えたのは、命を危険に晒すとルミナスが成長しやすいというものだ。数週間の訓練と一度の実戦が同じ程度――もっともわずかな量の増加に過ぎないが――だろうか。

 RMⅰNASに関しては単純明快だった。使えば使うほど効率よく使いこなせるようになる。自分の体験とも一致する。

 これでルミナスに関して最低限必要な情報は得られたが、まだ他の隊からは連絡が来ない。まだ時間に猶予がありそうだった。調べたかったことはもう一つある。

 ライヴリー夫妻が外国で殺害され、一人娘が行方不明になった事件に関する記事。

 ――実業家としても篤志家としても知られるライヴリー夫妻が慈善活動で赴いたこの地で、首都から七十キロ離れた集落で遺体となって発見された事件は、当時イギリスのみならず世界中で大きく報道されていた。夫妻が滞在中に集落が反政府ゲリラに襲撃されたことは間違いなかったが、一人娘のロゼリアの遺体は発見されなかった。現地の住民にも生存者はいなかったが、幼い子供の遺体が一つもなかったことから、現地の子供と共に誘拐されたと考えるのが妥当だった。イギリス人の十二歳の少女が、凶悪な武装集団に誘拐されたという報道は世界中に衝撃を与えた。だが犯行グループから身代金の要求等はなく、単に少女の遺体が野生動物に持ち去られた可能性もあった。現地の軍と警察による捜索は広範囲に及んだが、結局手がかりは見つからず仕舞いだった。

 それきり続報はなかった。そしてこの二年間、反政府ゲリラの戦闘員に白人の少女が混じっていたという目撃情報もないようだった。

 おかしな話だ。交戦した敵を毎回皆殺しにするなど不可能だ。政府軍の兵士の中には白人の少女兵の情報を持ち帰った者がいくらでもいたはずだ。だがそれはニュースになっていなかった。

 つまり意図的に隠蔽しているということだ。政府軍は何人も仲間を殺した私の存在をイギリスに報告して、救出させる気はさらさらないようだった。是が非でも自分たちの手で始末をつけたいのだろう。

 これではっきりした。故郷の誰も、もう私を探してはいない。

 爆発物を仕掛け制御室を出ると、部下たちが怪訝そうな目で見てきた。

「レッド、大丈夫?」

 救助を呼ぶ気はなかったし、むしろ復讐の邪魔だと思っていた。しかし自分を救い出そうとしている人間が誰もいないという事実は、表情に出る程度には私を落胆させた。

「何でもない。……少し昔のことを思い出してた」



 発電所を出て衣類をどこで物色しようかと町を車で流していたところ、〈断頭〉が警察署を掌握したという連絡が入った。ボスもとうにラジオ局を占拠したらしい。

 一際目立つ大きな屋敷の前に、レッド隊のもう一台の車が止まっていた。

 扉を開けると水音と嬌声が聞こえた。

「はしゃぐ前に連絡を入れなよ」

 シャワールームの扉を開けると、〈猛牛〉と〈水鏡〉がまるでばつの悪そうな様子もなく笑い声を上げていた。

「悪かったよ。それよりこれ、ちょっと気持ちよすぎるんだけど。あんたも入る?」

「三人はさすがに狭すぎるって。後でいいよ」

 だが熱いシャワーがあまりに魅力的なのは間違いなかった。普段は濡らした布で身体を拭ったり、冷たい川で水浴びするくらいしかできないのだ。

 先に二階へ上がり各部屋を見て回る。〈猛牛〉たちが襲撃した店も後で物色するが、店にある衣料品より、こういう金持ちらしい家で探した方が作りのいい服が手に入りそうだ。どうせすぐ汚れるから古着なのは構わない。住人の多い家だったのも幸いし、メイドが使っているらしき簡素な部屋からサイズの合う下着も見つかった。

 家主の寝室に、大きな金庫が置いてあった。試しに持ち上げてみるが、これは他の者には一人で運べないだろう。ダイヤルを回す古めかしいタイプで、総当たりを試せば一日で開けられそうだが、私には他に試したい開け方があった。後で戻ってこよう。

 階下でシャワーから二人が飛び出してきた気配を感じて、すぐに私もシャワールームに飛び込んだ。

 頭から熱い湯を浴びると、溜め込んだ全ての汚れが洗い流されていくようだった。こんな素晴らしいものを毎日それと気づかず使っていたとは。手に取ったシャンプーのかぐわしい香りは、この世の芳香を全て詰め込んで凝縮したようだった。汗と砂ぼこりにまみれた自分の蓬髪を振り乱したときにこれが香ったらどんなに素敵だろう。

 至福の時間をたっぷり味わってからリビングに戻ると、〈荒縄〉が丸めた赤い塊を手渡してきた。

「隊長に似合うと思って。レッドってこんな色なんでしょ」

 広げたドレスは大人の女がパーティーに着ていくような、背中の大きく開いた形の派手なもので、色も厳密には赤とは違うような気がした。

「いや、これはレッドというより……それにこんな派手なドレス着れないって」

 返そうと伸ばした手を、濃い口紅とアイシャドーの黄色いドレスの女が横から掴み、ドレスを押し付けてきた。下手すぎる化粧で一瞬わからなかったが〈猛牛〉だった。

「おいおい、先に目を付けてたのはあたしなのに、〈荒縄〉が『絶対レッドに似合うから』って奪い取ったドレスだよ? それにみんなが着飾って勝利を祝ってるんだ。隊長が付き合ってくれないと士気が上がらないよ」

「そうそう、うちで二番目にきれいなレッドがお洒落しないなんてもったいないじゃない」

 リビングに入ってきた〈水鏡〉はターコイズブルーのドレスを身にまとい、化粧こそあまり上手くないものの、反政府ゲリラの兵士にはとても見えない美しさだった。彼女がうちで一番きれいなのは誰だと思っているのかは明白だった。

「二番だって? 馬鹿言え。私がナンバーワンだ」

 ここまで言われたら突き返すわけにはいかない。それにいつまでもバスタオル一枚で突っ立っていたくない。ドレスを受け取り、二階の鏡がある部屋に上がった。

 こんな肌の露出が多いドレス、もしイギリスで両親と暮らしていたら、大人になってもることはなかったかもしれない。だが鏡に映る姿は悪くない、というかはっきり言ってかなり上等だ。まだどこかに残った住民と会敵する可能性がゼロではないから武骨な軍用ブーツを履いていたが、それを差し引いても絵になる格好だ。

 ドライヤーまで置いてあったので、乾かした髪をアップにする。化粧台から比較的ナチュラルな色の口紅を選んで引けば、このままダンスパーティーに出かけられそうな令嬢の完成だ。――足下と手に持ったアサルトライフルに目を瞑れば。

 階下に降りると、騒いでいた部下たちが一斉に振り返り歓声を上げた。

「すごいよ。映画から出てきたみたい。ハリウッドだっけ? レッドの国の、映画の街に住んでる女優みたい」

「あれはアメリカだよ。私の国はイギリス」

 腕を組んだ〈水鏡〉が、私の目の前に立って品定めした。

「ふうん、まあ同率一位ってことにしてあげてもいいわ」

「そういうことにしといてやるよ」

 外に出るといつの間に、私が運転してきた車の荷台に服や雑貨や食料が山と積まれている。たった今略奪してきたらしい。

「せめて服はゴミ袋に詰めときなよ。いつずらかることになるかわからないんだから」

 荷台でせっせと袋に衣類を詰める部下たちを載せて、町の中心部まで車を走らせた。皆一様に気分を高揚させていて、この子たち全員がこんなに幸せそうなのが、夢を見ているみたいだった。

 合流地点に着くと、ボスは目を見張って私のドレス姿を眺めた。

「ほう、これはこれは……」

「どう? 惚れ直した?」

「今度からそれで戦えよ」

「市街戦ならいいけどね。どうせ私に弾は当たらないし。でも森じゃせっかくのいい服がボロボロになるよ」

「それもセクシーでいいな。お前らにいいものを持ってきてやったぞ」

 ボスが運んで来させたのは、よく冷えたコーラの瓶だった。レッド隊の全員に行き渡る数がある。シャワーの後にこれはありがたい。荷台に積んだ飲み物はもうぬるくなっていたから尚更だ。

 男たちが酒を寄越してくることならよくあったが、少年兵たちの味覚には甘い飲み物の方が当然嬉しい。戦意高揚にハリウッド映画を使うボスのやり方には、打倒白人を掲げながら都合のいいときだけ欧米の文化を利用するなと思ったものだが、こういうアメリカ文化の提供は大歓迎だった。

「栓抜きを忘れちまったらしいが、必要か?」

「ううん、大丈夫」

 栓抜きで開けるタイプのキャップには馴染みがなかったが、私は金属の栓を指で掴んで、力任せに引き剥がした。部下の分も入れて二十七本を次々とこじ開ける。ロンドンで普通の少女として育っていたらこんなこともできなかっただろうか。部下や男たちが歓声を上げる。その隙間から耳に届く、炭酸の弾ける音が心地いい。

 ラッパ飲みで喉に流し込んだコーラは、間違いなく人生で一番美味しく爽やかに喉を流れ落ちる飲み物だった。

 ネットを使い、熱いシャワーを浴びて、シャンプーの香りをまとった身体をきれいなドレスで包み、冷えたコーラを飲む。

 何だか文明人に戻ったような気分だった。

 この国に足を踏み入れてからの歳月で、このときが一番幸福を感じた瞬間だったかもしれない。この思い出だけは、偽りなく輝かしいものとして記憶に刻み込まれている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る