地道な調査は行き止まり

 翌朝、食堂に下りていくと、そこには満面の笑みで手を振るゾリューがいた。こうやって笑っている時は、私と同じくらいの年と言われても納得できる。普段は、もう少しお兄さんに見える。


「おはよう、僕もこの宿に泊まることにしたんだ!」


 ゾリューは私たちと行動を共にする事に決めたようだ。朝食に下りてきた先生は、仲良くおしゃべりするゾリューと私を見ても驚かなかった。


「やっぱり来ると思った。ゾリュー、俺たちは依頼を受けているから地道に魔獣被害を調べるだけだ。面白い事はないぞ」


 先生が呆れたように言うと、ゾリューはにっこり笑った。


「先生とフレイナを見ているだけで面白いですよ。僕は魔獣以上にあなた達に興味があります。もちろん、ヒヨさんもね。邪魔しないので、ご一緒させて下さい」


 ヒヨさんはゾリューが苦手なのか、首の後ろに周って三つ編みに嚙みついている。


「俺たちが面白い? まあフレイナは言動が変わってるから見てて飽きないけど、俺は至って普通だろう」


 先生は私と一緒にされたことが不満らしい。でも、特に反対する理由は無いらしく『好きにしろ』と朝食を食べ始めた。私は初めて出来た友達が、まだ一緒にいてくれるので嬉しい。


 私たちは、朝食後に今後の調査の予定を立てた。


 判明している魔獣被害者の泊まっていた宿に改めて聞き込みをする。そして、そこからそれぞれの被害者が見つかった所までの足取りを追ってみる。被害者は12人もいるので、根気強く作業をしなければならない。


 依頼者にもらった一覧のうち、発見された日が新しい人から始める事にした。宿の人たちの記憶が新しいうちに聞いた方が良いのではないかという先生の判断だ。一覧にはゾリューが持っていた情報も書き加えてある。


 数人が終わったところで、先生がゾリューに聞いた。


「ゾリューは、魔獣の仕業だと思っているか?」


 ゾリューは首をかしげる。


「というと、魔獣以外の可能性も考えているのですか」

「どうしても、この辺りに人の魔力を吸い尽くすほどの魔獣がいるとは思えないんだ」


 まだ被害者のうち数人についてしか調べられていないけれど、発見された場所は全てウリオンの山から徒歩で行動できる範囲だ。山の向こうの魔獣が一時的にやって来たと考えるには、距離も遠く、2年という期間に渡っての被害は長すぎる。誇り高いウリオンと折り合いをつけて定住するような魔獣がいるとは考えにくいというのが先生の考えだ。


「被害者には全く傷がない。成人男性だから小さな魔獣なら、魔力を吸い尽くされる前に気が付いて抵抗するだろうし、中型の魔獣の場合は格闘になって傷がつくだろう。相手がウリオンなら一撃で嚙み殺されるだろう? こんな事をする魔獣の心当たりが無いんだ」


 医者によると、被害者の身体には山の斜面を落ちるときに付いたと思われる傷しか無いそうだ。争った跡も噛みつかれた跡もない。


「寝てる間に、魔獣に吸われちゃったとかですか?」


 先生は笑わなかった。


「それは、あり得る。しかし宿を取っているのに外で眠らないだろう。宿で眠った所を襲われて魔力を吸われたとしても、町中を山の方まで人目につかずに運べるか?」


 被害者の中には、かなり体格の良い人もいた。発見場所は山の斜面など、山の道から転げ落ちたと思われるような場所が多く、魔獣といえども、運ぶのは困難だと思われる。


「人間の仕業。先生は、例えば毒のようなものを考えていると?」


 ゾリューの言葉に先生はうなずいた。


「どこかで毒を摂取して昏倒した所を発見されている可能性を考えている」

「でも、動機が分かりませんね。金品も荷物も無事でしょう」


 話に付いていけなくなった。


「魔獣が人間に毒を飲ませるんですか?」

「違う、人間が、被害者に毒を飲ませたんじゃないかと疑っている」

「でも、人間も魔力吸うんですか?」


 先生は首を横に振る。


「被害者が魔力を抜かれている、というのは医者の推測にすぎないんだ。俺たち人間には、自分や他人の魔力がどのくらいあるかなんて分からない。いや、魔術師とか専門の訓練を受けた一部の人間には分かるが、そんな貴重な人材はこの辺りにはいない。医者が症状から魔力が尽きたと推測しただけだ」

「意識が戻らなかったり、正気を手放す事になってしまうような毒、ですか」


 ゾリューさんにも心当たりは無いようだ。私たちは医者に話を聞きに行ったけれど、残念ながら空振りに終わった。医者でも、そんな毒は聞いた事が無いそうだ。


「私は昔、小型の魔獣に魔力を吸い尽くされた人を何人も見たことがあるんだ」


 年老いた医者は、辛い記憶を呼び起こすように言った。


「その時は、噛み跡があったから今回の事件とは違うけれど、体力はあるのに魔力だけ尽きている状態というのは知っている。今回の被害者たちは、みんなそうだ。毒なんかじゃない」


 話が振り出しに戻ってしまった。やはり、何かしらの魔獣ということだ。


「俺たちがウリオンじゃないと考えるのは、ウリオンの怒りを買ったら一撃で嚙み殺されるという前提があるからだ。そこを見直してみるか」

「もう一度、ウリオン見に行きましょう!」

「見れたから何か分かるものでもないけどな」


 私の提案に、先生もゾリューさんも同意してくれた。多分全員、ただウリオンを見たいだけだ。


「あんたたち、ウリオンに会ったのか!」


 年老いた医者が驚いたように言う。


「あの山のウリオンは、滅多に姿を見せないんだ。あんたたち幸運だったな」

「ジュリエッタさんが祝詞をあげたら来てくれたんですよ」

「祝詞?」


 医者が不思議そうにするので、私は歌ってあげた。


『かのみを たかみかしこみ

あまたのわざわいも いきはばかり

このちの しずめともぬしともたからとも――』


 ジュリエッタさんのように上手くは歌えないけれど近い感じでは歌えたと思う。歌い終わると、先生もゾリューさんも驚いたような顔で私を見ている。


「あれ? 間違っちゃいましたかね?」

「お前、それ覚えたのか!」

「はい、昨日聞いたじゃないですか」


 医者が私の手をぎゅっと握った。


「素晴らしいよ、お嬢さん。石祠まで行かずに祝詞を聴くことが出来るなんて夢のようだ。あそこには恐ろしくて近寄れない。祝詞の話は聞いたことがあったけれど、本物を聞いた事はなかった」

「知らない言葉なので、ちょっと覚えにくかったです。本物とは違うかもしれませんよ?」


 医者が教えてくれた。祝詞は古の言葉を連ねたもので、この地を守るウリオンに敬意と感謝を伝える意味があるそうだ。他にも何種類かの祝詞があるらしい。


「私の祖母から聞いた話だが、どれも美しい旋律で伝えられるそうだ」


 医者は昔を懐かしむように遠くを見ていた。


 今日の調査は切り上げて、私たちはウリオンの山に向かう事にした。連日、ジュリエッタさんを煩わせるのは申し訳ないので、昨日と同じくらいの時刻にそっと行って山を眺めることにした。


「お前、あの歌を昨日初めて聞いたんだよな?」


 先生が不思議そうに聞いてきた。


「そうですよ。初めて聞きましたよ。心まで届く素敵な歌でした」

「そうか、いつもおかしな鼻歌を歌っているだけだと思っていたが、お前は音楽の素養があるのかもしれないな」


(ソヨー? 能力ってことかな?)


 あまり考えた事が無かった。でも先生が驚いたように、難しい言葉や勉強を覚えるのは苦手だけど、歌の言葉や音階を覚えるのは得意かもしれない。


(そういえば、地図の領地名を覚えなさい、って言われていた気がする)


 突然、宿題が記憶の向こうからやってきたけれど、押し戻しておくことにする。


 私たちは山の下で祝詞を待った。見上げても広場は目に入らないけれど、音なら聞こえそうだし、昨日ウリオンが立った足場は遠目でも良く見える。


 やがて風に乗って祝詞の旋律が届く。でもウリオンは現れなかった。

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