第30話 招いたのは

 魚市場は、今日もこんな早朝とは思えない活気に満ちている。


 たくさんの人、買った魚を運ぶ運搬車。忙しそうな活気ある店々。

 そんな中で、シャッターが閉まっているお店が、一つ。石崎さんのお店だ。


「さぁ! 官兵衛! 頼んだわよ!」


 私は、トートバッグの中の官兵衛に声をかかる。

 はぁぁあ、と官兵衛が大きなため息をつく。


「報酬はもう払ったじゃない!」

「仕方ないの。では……」


 官兵衛が大きく息をすう。


「千客万来!!」


 官兵衛が、能力を使う。


 官兵衛が招いてくれた。

 なら、きっと解決するはずだ


「うまくいかなくても我のアイデアではないぞ! 幽子のアイデアだ」

「うまくいくかもしれないじゃない」


 官兵衛と私が揉めているのを、修平君が楽しそうに見ている。


「あれ? あれは?」


 修平君の指した方に、来客が一人。

 フラフラとやってきたおじさんが、シャッターの閉まった店を見てため息をつく。

 

 官兵衛が招いた客、一人目だ。


「悲しくなるから……ここには来ないつもりだったんだがな」


 おじさんが呟く。


「常連さんだったのですか?」


 修平君が尋ねれば、おじさんは、首を静かに縦に振る。


「もう何年も。それこそ、先代のオヤジさんの頃からここで仕入れていたんだ」

「そうなんですか」

「だからよぉ。残念でならねぇんだ。ババアの怒鳴り声聞こえねぇのが」


 おじさんは、愛おしそうにシャッターを撫でる。

 お金を払ってお魚を買うだけの関係ではない。つながりみたいな物があったんだろうな。

 おじさんの表情からは、そんなものが垣間見える。


 一人、また一人と、市場で買い物中の常連さんがシャッターの前に集まってくる。

 当然、閉まったシャッターは開かないが、シャッターの前には、人だかりが出来ている。


「なんだろうな。なんで来ちまったのか」

「お前もか? 店は閉まっているって、分かっているのになぁ」

「分からんねえ。つい、足が向いたんだよ」


 不思議そうに首をひねりながらも、ワイワイ楽しそうに話す常連客達。


「幽子さん、常連客を呼んでも、店が閉まって石崎さんがいなければ、何にもならないのではないですか?」

「大丈夫よ。修平君! 私が官兵衛に頼んだ条件に合う人物、当然、絶対に石崎さんも入っているから!」


 まだ来ていないのは、ここから距離のあるところにいるからだろう。

 できれば、このたくさんの常連さんのいる間に来てほしい。


「あのババア、どうしても欲しい魚があるって頼んだら、ここと取引のある漁港以外にも声かけてさ」「ああ、覚えている! あの大騒ぎだろう? ほら、漁港の組合長と喧嘩してさ!」「そうそう、もう無茶苦茶でさ!」


 昔話に楽しそうに笑う常連客達。

 この雰囲気を、石崎さんにも見てもらいたい。みれば、きっと、諦めずに頑張ろうと思ってくれるはずだ。


 しかし、私の祈りは、あらぬ方向に神に届いたのだ。


「坊? 坊じゃねぇか!!」

「本当だ! 石崎のババアの倅だ!」


 常連さんがざわつく。

 え、嘘。

 この人は、絶対に来ないと思っていたのに!


 フラフラとした足取りで現れたのは、スーツ姿の男。

 眼鏡をした大人しそうな中年男性だ。


 まさか、この人が招かれるとは思ってもみなかった。

 だって、私が官兵衛に招いて欲しいって頼んだのは、『石崎さんのお店を愛している人』だ。


 店を閉めさせた張本人が、どうして招かれたの??

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