第5話 浦島太郎 後編

「ふぅ~、これはいい湯だ。」

 外洋の海を見上げながら浸かる露天風呂…不可思議な光景も、湯の塩梅あんばいで、すっかりどうでも良くなってしまった浦島さん。

「失礼…します。」

 消え入りそんな女性の声…そちらに視線を向ける浦島さん。

 声の主は乙姫。


「ご一緒しても、よろしいでしょうか。」

 手拭い一枚で身体を隠し、恥ずかしそうにしている乙姫を見ると、慌てて立ち上がる浦島さん。

「ド、ド、ドーゾ!」

 ほのかに紅みを帯びた肌、切れ長の紅い瞳に桜色の頬…乙姫の色華にすっかり動転している浦島さん。

 クスクス笑いながら乙姫は湯船に浸かり、誘われるように浦島さんも湯船に浸かる。


「湯治はいいですね、心も身体もとき解れ、おおらかな気持ちになれます。」

 しんみりと語る乙姫の言葉に、浦島さんはすっかり不安なことを忘れてしまい、乙姫以外はアウトオブ眼中になっています。


 露天風呂からあがると…食事もそこそこに逢瀬を始めてしまう浦島さんと乙姫。

 理性のタガが外れてしまったのでしょうか、湯治と食事と逢瀬のヘビーローテーションの浦島さんと乙姫。

 そんな生活がひと月も続けば…

「やや子が出来ました。」

 満面の笑みで乙姫は浦島さんを見上げてきます。


 さて、子供が出来たという事実を聞いて、急に冷静になる浦島さん。

(乙姫を母親に引き合わせ、結婚の話も進めなければならない。)


「ああ、ここに居たのですね…太郎さま。」

 声の方へ顔を向ける浦島、そこには乙姫が清楚な出で立ちで佇んでいます。

 浦島の傍に座る乙姫。

「考え事ですか?」

「ええ、実は…。」


 浦島さんは、正直に自分の気持ちを伝えました…。

「私は、あなた様さえ居てくだされば、それだけで充分なんです。」

 乙姫の声も虚しく、浦島さんは一月半ぶりに浜辺に戻る決意をします。


 乙姫から賜った漆作りの玉手箱を持ってウミガメに乗った浦島さん。

「玉手箱を開ける時は注意して下さい。」

 乙姫の言葉に一抹の不安を感じながら、浜辺についた浦島さん。


 その景色を見た瞬間、玉手箱を砂浜に落とし、膝から崩れ落ちる浦島さん。

 彼が薪を取りに入っていたハゲ山は、緑豊かなモノに変わり、手前側には石垣のようなものが見えている。

 ハゲ山の麓にあった集落は無く、色とりどりの四角い箱車が、三々五々走っていく。

 さらに、浜辺に降りた所、浦島さんの住まいが有ったところには、三軒の東屋が立ち並び「氷」や「たこ焼き」「いか焼き」「焼きそば」といったノボリがはためいている。

 行き交う人々は、申し訳程度の布を巻き、楽しそうに語り合っている若い男女連ればかり…。


 そうなんです、浦島さんが帰ってきた砂浜は、真夏のビーチに様変わりしていたのです。

 そして、この日を最後に、誰も浦島さんに会うことはありませんでした。


 同じ頃の『龍宮城』。

 乙姫と供回りの侍女たち全員が、幸せそうな笑顔で下腹部をさすっています。

「太郎さま…。

 私たちは、あなた様さえ居てくだされば、それだけで充分だったんですよ。」

 口元を歪ませる乙姫と供回りの侍女たちでした。


 後日談

 さて、このビーチでちょっとした奇妙な事件が発生しました。


 その日、地元の老人が犬の散歩をしていたとき、砂浜で人の骨を発見!

 慌てた老人は一目散に交番へ駆け込みました。

 発見された人骨は男女六名分と思われ、歯型から地元でも有名なヤンキー達だという事がわかったのですが…。

 彼らの死亡推定時刻が1200~1300年前という、とんでもない数字が飛び出したのです。

 そして、彼らの足下に転がっていたのはボロボロに崩れた漆作りの玉手箱でした。


 結局、この事件の真相は有耶無耶となり、都市伝説にのみ語られることとなりました。

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