紫煙と銃鉄と少女

「標的はこいつよ」


紫煙を吐きながら、一人の少女が端的に写真を突き出す。

黒いドレスに身を包んだ少女は、静かに微笑している。


「ゴルバトス……死の商人で財産を築いた男か。家族はなし」


写真を一瞥して、付属の資料に目を通すとスーツ姿の青年が答える。


この二人がいる場所は、人通りの多い繁華街の路地裏。


「屋敷には数十人の私兵がいるらしいわ。機関銃も積んでるとか」


タバコをくわえたまま話す彼女を見る。


艶やかな長い黒髪に、白い肌。

そして、意思の強そうな赤い瞳が特徴的な美少女だった。


少女は、その可愛らしい容姿とは裏腹に、どこか大人びた妖艶な雰囲気を纏っている。


「……聞いてるの?」

「ああ」


それなりに長い付き合いではあるが、仕事以外の話をしたことはない。

そもそも、互いの素性すらよく知らないのだ。


二人は組織に属していた。

しかし、所属している組織の事を詳しくは知らない。


多額の報酬と引き換えに依頼された仕事をこなすだけ。

それが、この少女と青年の共通する関係だった。


「なら、いいわ」


青年は、少女から渡された写真に視線を落とす。

写真の中のゴルバトスの屋敷。


「行ってくる」

「あら?煙草の一本くらい吸っていかないの?」

「俺はやらないんでな」

「つまらない人ね」


少女は、肩をすくめる青年に笑いかけると、歩き出す。

青年は、逆方向の闇へと消えた。


数刻後。


屋敷を見下ろす高台に青年は立っていた。

黒いスーツに身を包み、腰には二丁の拳銃を携えている。


スコープを覗き込み、標的を確認する。

そこには、屋敷の二階にある部屋。

豪奢なベッドで眠る、標的の姿があった。


「……防弾ガラスか」


横に置いたライフルを一瞥する。


「……」


そして、白い仮面を被ると音もなく、その場から姿を消した。


——敵襲!!


銃声が響き、硝煙が立ち込める。

屋敷にいた私兵は、慌てて一階へ集まる。


侵入者の姿はない。

屋敷の周りには、数人の見張りを配置していたはずだが、その叫び声を残しただけで姿が見えなかった。


「ボス、ここは危険です!早く、奥へ!」


屋敷に銃声が鳴り響く中、部下の一人がゴルバトスへ叫ぶ。


「わかっている。お前は、裏口を固めろ!それと、他の奴らにも指示を出せ!」

「わかりました!」


指示を出すと、ゴルバトスは銃を片手に本棚の裏に隠された秘密の通路を開ける。


バァンッ!!


だが、


銃声と共に部下の眉間に弾丸が撃ち込まれる。

ゴルバストは、目を見開く。


「なっ!?どこから!?」


白い仮面を被った男は気配もなく、背後に立っていた。

ゴルバストは、とっさに振り返り銃を構える。


ダダンッ!!


だが、弾道が見えてるかのように避けた男に、逆に銃撃される。

至近距離からの発砲。


ゴルバストは、避ける間もなく被弾した。


崩れ落ちるように、膝をつく。


男が近づいて来るのが、視界に入る。


「楽な仕事だったな……」


青年はゴルバトスの眉間に銃口を向けると、引き鉄にかけた指に力を込める。


ダァァンッ!!


銃弾は、額を貫き脳髄を破壊する。

男は銃を下ろすと、周囲を見渡した。


私兵は全て処理したせいか、先程までの銃撃戦が嘘のように静まり返っている。

青年は、踵を返して歩き出す。


「……パパ?」


ふと、廊下の奥から声が聞こえて、青年は足を止めた。

そこにはパジャマ姿の金髪の少女が佇んでいた。


寝ぼけているのか、眠そうに目を擦っている。

先程の騒動には気付かなかったようだ。


白い仮面は、反射的に引き鉄に指をかける。


そして……。



紫煙が立ち込める。

薄暗いバーの一角。


黒いスーツ姿の青年は、静かにグラスを傾けていた。

琥珀色の液体が入ったグラスをテーブルに置くと、横に座る黒いドレスの少女に視線を送る。


黒髪の少女は、グラスに注がれたカクテルを口に含んで、満足そうに微笑んだ。


「珍しいじゃない?あんたがプライベートで誘うなんてさ」

「先日の仕事の話だ」

「……珍しいわね」


少女は嫌な予感を感じながら、青年の話に耳を傾ける。

青年が終わった仕事について語る事はこれまでなかったのだ。


「標的の娘を処理できず、手元に置いている」

「……は?」


予想外の話に、思わず間抜けな声が出てしまう。

少女の反応を見て、青年は鼻を鳴らす。


その仕草が妙に癇に障ったので、少女は軽く蹴りを入れた。

少女はグラスを一気に傾けると、立ち上がる。


「……娘がいたなんて資料になかったわ」

「だから、困っている」


青年はやれやれと言った様子で肩を竦める。

どうやら、本当らしい。


「なんで、そんな面倒な事に……」


溜息混じりに呟いて、少女はバーテンダーを呼ぶと追加の注文をする。

そして、グラスに口をつけながら青年を睨みつける。


「まずは下着が必要らしい。着いてきてくれ」

「あははは」


乾いた笑いが込み上げてくる。

冷酷無比と呼ばれる組織の暗殺者が、小娘の面倒を見ているのだ。


そんな馬鹿な話があるだろうか?

少女にとって、それはあまりにも滑稽な出来事だった。


そして、三人の物語は始まったのだった。


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