第13話 54ページの三行目からです。

 学校に到着すると、すぐに教室に向かい、ホームルームが始まるまで自分の席で狸寝入りをするのが、これまでの日課だった。


 しかし、最近は少し変わってきた。


 昇降口で上履きに履き替えると、二年生の教室がある2階には向わず、僕は長い廊下を進み、図書室に向かうようになっていた。


「おはようございます、結城くん」

「うん、おはよう、影野さん」


 あの日、影野さんと友達になってからというもの、僕たちは毎朝図書室で顔を合わせていた。

 もちろん、朝から二人で何かいけないことをしているわけではない。僕と影野さんはまだそういう関係ではない。

 将来的にはそれもありだと思っているけれど、何事にも順序というものがある。


「今度アニメのオーディションがあるんです」

「ホント!? そのオーディション、影野さんも受けるの?」

「一応ヒロインやヒロインの友人役などを受ける予定なんです。だから今日は結城くんに手伝ってほしいんです」

「もちろんだよ。練習に付き合うって約束したんだから、僕にできることがあるならなんだって言ってよ」

「ありがとうございます。結城くんならきっとそう言ってくれると思っていました。では、こちらをどうぞ」


 そう言って渡されたのは、とあるライトノベル小説だった。


「ひょっとして………これのオーディション?」

「そうです!」


 数年前から空前のラノベブームが続いているのは知っている。なろうやカクヨムといったWEB小説投稿サイトから書籍化、アニメ化される作品も増えている。

 しかし、このタイトルは如何なものか……。


「H×H×H! すけべボーナスポイントで俺は最強になる! ……す、すごいタイトルだね」

「今とても人気のライトノベル作品なんです」

「まあ……アニメ化するくらいだから、そうなんだろうね」


 エロ系の作品に対して偏見を持っているわけではない。もちろん僕だって男の子だ。この手の作品を読むこともあるし、観ることだってある。

 ただ問題は……。


「54ページの三行目からお願いしてもいいですか?」

「……あ、え……と、う、うん」


 やりたくない。

 エロい台詞は読みたくない……とはさすがに言えなかった。

 それは声優としての誇りを持つ彼女にとって冒涜的な言葉かもしれない。どんなことがあっても、それを口に出すわけにはいかなかった。


「え……と、では――」


 ゴホンと咳払いをして、僕は覚悟を決めた。


「そうやって強がっていられるのも今のうちさ」

「なんですって!」

「事実だろ? このままだとお前は時期にゲームオーバー。お前が助かる道はひとつ、俺とエッチなことをしてパートナーポイントを手に入れ、ステータスを強化することだ」

「だっ、だからってなんで私があなたと――」

「クラスで目立たない俺とエッチするのは嫌か? それとも今更純情ぶってるのか? 本当はかなりのヤリマンなんだろ?」

「だ、誰がヤリマンよ!」

「俺はこの才能を手に入れた時に決めたんだ。俺が気に入った女だけを集めてハーレムを作りあげるってな。ヤリマンだろうと構わない。お前は記念すべき第一号ってわけさ」

「教室では女の子に興味なさそうな振りしてたくせにっ……」

「人は変わる。……で、どうする? 俺は無理やり犯す趣味はない。お前が決めろ」

「……っ」


 うわぁー、唾を飲み込む演技とか、すごく艶めかしいな。本当にその雰囲気が出ていて、プロの声優って本当にすごいなと、思わず感心してしまう。


 それに比べて、自分はちゃんとできているのかな?  影野さんの練習相手として役立っているといいんだけど……。


「わ、わかった――「――――だめぇえええええええええええッ!!」

「え……」

「へ……」


 突然、図書室の扉が爆発したかのように開かれた。

 開かれた扉の向こうには元カノの綾瀬瑠璃華が、ものすごい形相で立っていた。


「あ、あああんた何考えてんのよっ! 変態っ! 信じらんない! というか影野さんも影野さんよ! なんでこいつのハーレムに加わろうとしてるのよ! 頭おかしいんじゃないの!」

「え……いや、え、えええええええええええええッ!?」


 真っ赤な顔であたふたする影野さん。彼女のリアクションは正しい。

 なんたってあの演技を聞かれていたのだ。

 僕だって自然発火してしまいそうなくらいには、恥ずかしかった。


「ちょっ、お、落ち着け瑠璃華!」

「落ち着いていられるわけないでしょ! 元彼が犯罪まがいのことしてんのよ! 何が気に入った女だけでハーレムを作るよ! あんたイカれてんじゃないの!」


 怒り狂った闘牛のような瑠璃華に、冷静に落ち着くよう声をかけたが、彼女は一切耳を貸さず突進してきた。そして、胸ぐらをグイッと掴まれてしまった。


「こ、これっ!」

「は? 何よそれ……?」


 いつかの神室のように僕が殴られると思ったのだろう。影野さんがライトノベルを瑠璃華に突き出していた。

 瑠璃華は不思議そうな表情で本の表紙とタイトルを見つめて、「だから……なによ?」と言った。非常に真っ当な反応だと思う。

 僕が瑠璃華でも同じようなリアクションをしていただろう。


「あの、ココ」

「ん……どこ?」

「54ページの、その……三行目からです」


 開かれたページに目を落とした瑠璃華がさっと流し見る。

 その結果、彼女は顔からボッ! と火を噴いた。

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