第11話 恋の上書き修正!?

「なっ、どうして美空音とテンテンが仲良く腕を組んでいるのよ!」


 あたしを超えるほどの人気コスプレイヤーが、なぜあたしの元彼(冴えない男)とあんなにイチャラブしながら腕を組んでいるのか、まったく理解ができなかった。

 それも積極的に絡んでいっているのはテンテンのほうで、あたしの元彼はあきらかに動揺していた。


「……くっ、いつまでべったりくっついてるのよ」


 やっと離れると思ったら、今度は手をつないでエスカレーターに乗っていった。

 前後で手をつなぐなんて、もうちょっとマシな方法ないのかしら!

 危ないじゃない!


 エスカレーターを降りるとまた腕を組む二人に、あたしのイライラはピークに達しようとしていた。


「人の元彼に、なんであんなに馴れ馴れしいのよ」


 たとえ相手が憧れのコスプレイヤーであったとしても、人の元彼にあんなにベタベタするのはどうかと思う。彼も彼で鼻の下を伸ばしすぎだ。今すぐに出ていって後頭部を張っ倒してやりたい。


「ここはあたしとの思いでの場所じゃない!」


 よりにもよって二人の聖地とも呼ぶべき店に、他のコスプレイヤーとやって来るとか、頭おかしいんじゃないの。

 彼のデリカシーの無さに、あたしのストレスレベルがMAXになりそうだった。


「あんたならもっとカッコいいアイドルや俳優だって狙えるでしょ! なんでわざわざ一人しかいないあたしの元彼なのよ! ふざけんじゃないわよ!」


 まさかとは思うけどあの女、あたしとの思い出を上書き修正してるんじゃないでしょうね。

 あたしがそう思いたくなるのも無理はない。


「……っ」


 なぜなら次に向かった店は、あたしと彼が初めてデートに行った喫茶店だったのだ。


「まさか初デートの内容をあの女に話したんじゃないでしょうね!」


 あたしの中で憧れだったコスプレイヤーは、あっという間に憎き女へと変貌を遂げていた。


 あたしは二人を追いかけて、初デートの思い出がつまった喫茶店に入った。


「とりあえずホットで」


 店員の案内で席に着く。適当な注文をして、二人の会話に耳を傾ける――しかし、


「この位置じゃ全然聞こえないじゃない!」


 気が利かない店員だなと思いながら、運ばれてきたコーヒーに口をつける。


「熱ッ!?」


 猫舌なのに、間違って熱いのを頼んでしまった。これも全部美空音のせいだ。


「……なにを渡しているのかしら? ……って、あれ自分の写真集じゃない!?」


 一体なぜ、超人気コスプレイヤーのテンテンが、美空音に自分の写真集を手渡しているのだろう。まったく理解ができない。


 それに、さっきからどうしてテンテンは菩薩のような微笑みを浮かべながら美空音を見つめているのよ。

 あれじゃまるで……恋する乙女みたいじゃない!


 そんなの絶っっ対にありえない!

 相手はテレビにも出るような超売れっ子コスプレイヤーなのよ。一方の彼は地味な男子高校生。しかも人に誇れるような才能なんてない。


 テンテンが美空音を好きになるなんて絶対にありえない。あっていいはずがない。

 あんなのを好きになるのは、地球上であたしくらいなんだからっ。


「えっ!? ちょっ――――」


 嘘でしょ!

 あのばか、まさかここで写真集を見るつもりじゃないでしょうね。

 いくらなんでもそんなことしたら、嫌われるに決まってる。

 目の前で写真集を見られるなんて、あたしだったら死んでも嫌(写真集出したことないけど)。そんなのまるで拷問じゃない。

 と、考えていたのだけど……。


「なんで、あんなに嬉しそうなのよ……?」


 理解不能。

 意味不明。

 テンテンはにこにこと頬杖をつき、眼前で写真集と本人を見比べる変態を見つめていた。


 あいつにあんな変態みたいな趣味があったなんて……。


 まさかとは思うけど、あたしの時もコスプレ画像を使って同じようなことをしていたんじゃないでしょうね。いや、あの変態のことだ、やられていたに決まってる。


 まぁ……あのときは彼氏だったから大目にみてあげるけど、あんたはちゃんと怒りなさいよ。

 もう、赤面するくらいに恥ずかしいのなら、一言ちゃんと言いなさいよ、あたしの前で見るのはやめてって。

 そもそもなんで写真集なんて持ってきたのよ。


 ああー、もうっ、イライラするわ。

 あんなにデレデレしている元彼なんて見たくなかった。


 その後、二人は予想通りゲームセンターに向かった。ゲームの才能も、UFOキャッチャーの才能もない彼に、あの女は「あのぬいぐるみ欲しい」と、まるで二年前のあたしのように振る舞っていた。


 正直気味が悪い。


「――――!?」


 これはあたしの気のせいかもしれないのだけど、時折彼女がこちらに向かって笑っているように思えた。

 彼女がこちらに振り向くたび、あたしは慌てて筐体に隠れるようにしていた。


「なんであたしがコソコソしなくちゃいけないのよ」


 これも全部、美空音があんな女とデートっぽいことをしているせいだ。


「美空音のくせに……生意気なのよ」



 陽が傾きかけて、ようやく二人はショッピングモールをあとにして、それから駅前で別れた。


「ったく、せっかくの日曜日が台無しじゃない」


 あたしもそろそろ帰ろうかと身を翻したその瞬間、


「さっきからコソコソつけ回してるみたいだけど、何か用?」

「――――!?」


 思わず声の方に振り返ると、そこにはかつてあたしが憧れていたコスプレイヤー、昇龍天満が立っていた。


「……昇龍天満」

「あら、わたしのことを知ってくれているの? ひょっとして君ってあたしのファン?」

「……ファンなんかじゃないわよ」

「……?」

「同業者だから知ってるだけよっ!」

「そうなんだ。その割にはいつも【いいね】や【リツイート】をしてくれていたみたいだから、ついただのファンかと思っちゃった。フォローもしてくれているみたいだし。あっ、こっちはフォローしてないけど」


 彼女がスマホを差し出して、あたしのSNSが表示されている画面を見せてくる。


「ここに【フォローされています】って書いてあるわ」

「……っ」


 この女、あたしのこと知ってて……なんて嫌な女なのよ。

 こんな嫌な女のファンだったなんて、タイムマシンで過去に戻って、過去の自分をぶん殴ってやりたい。


「感謝の言葉を言った方がよかったかしら? ――――あ……」

「気にしないで。解除しておいたから」

「ちっ」


 こいつ、今あたしに舌打ちした!?

 最低のくそ女確定じゃん。

 美空音のやつは才能もなければ、女のセンスも最悪じゃない。


「まさか超人気コスプレイヤーのテンテンともあろう人が、あんな地味で冴えなくて、何一つ才能のない、ただの高校生と付き合っているんですか? ちょっとセンス無さすぎてウケるんだけど」

「そうね……まだ付き合ってはいないけど、これから付き合って彼の子を身籠るつもり」

「――――!? 身籠るって、あんた何言ってんのよ! 美空音はまだ高二なのよ! あんただって高三でしょ!」

「だから……?」

「だからって……」


 イカれてんじゃないの、この女。

 そんなこと許されるわけないじゃない。


「あ、あたしのお下がりでいいわけっ! 天下のテンテンともあろうコスプレイヤーが随分安いじゃん」

「お下がりって……あはっ」

「何がおかしいのよ!」

「彼童貞だし、君も処女でしょ。ってことはまだ新品だよね?」

「新古品だって言ってんのよ!」

「そんなのみんなそうじゃない。ひょっとして、君って潔癖症か何か? だとしたら色々と大変だよね、これから」

「あんたに心配してもらう必要ないから。というかマジで男のセンス悪すぎて笑える」

「そう? あんなに才能のある人そうそういないと思うけど?」

「は? 美空音に才能……? ばっかじゃないの。あいつに才能なんてあるわけないじゃない」

「……」


 え……なんで黙るの。

 何よ、その勝ち誇った笑みは……。


「そっか。知らないんだ」

「え……」


 知らないって……何が……?


「あはっ♡ まぁー君が彼のこと何も知らないことくらい知ってるんだけどね。もう君はライバルですらないわけだし。君よりあの絵描きちゃんのほうがよっぽどめんどうかな」

「は? 絵描き……?」


 一体何のこと……?


「君って本当に人を見る目ないよね? 同業者に自慢されて、アイドルお猿さんからDM送られてきただけで、簡単に舞い上がって消えてくれるんだもん」

「は? 何のことよ!」

「ううん、気にしないで。こっちの話だから。あっ、それとね、一応君には感謝してるから」

「感謝……?」

「彼の才能がさらに開花したのは、間違いなく君のおかげだと思うし。そこは素直に評価してるよ。じゃあね。狭い業界だから、いつかどこかで会うこともあるかもね、ルリルリ」

「え、あっ、ちょっと――」


 彼女はそれだけ言うと、駅のホームへと消えていった。


「マジで、何なのよ……」

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